第247話 緋の国・白龍 その9

文字数 2,748文字

 神命霧草(しんめいぎりそう)・・・。

 この草は急峻(きゅうしゅん)(がけ)()え、可憐(かれん)な小さな白い花を咲かせる高山植物だ。
もし取ろうとするなら、崖から命がけで採取することになる。

 草の(たけ)は20cmにも満たない。
素朴で地味すぎるため観賞用にはならず、崖に数多く群集している。
そして薬草でも毒草でもなく、野生の草食動物でさえ食べない草なのだ。
つまり人からすれば貴重な品種ではなく、見る価値も取る価値もない野草なのである。
そのため知名度は低く、欲しいなどという人は余程の物好きと言われても仕方が無い。

 ただ、昔は別の名前で呼ばれていた時期がある。
神命斬草(しんめいきりぐさ)
この名前がいつしか神命霧草と呼ばれるようになったのである。
神の命を斬るなどと怖れ多い事と、霧の多い崖に生息することから神命霧草と呼ばれるようになったようだ。

 そして名前が意味するような神に対しての毒はない。
普通に考えれば当たり前といえば当たり前な事である。
この世を創り管理している神々が自分の命を絶つような植物など存在させる訳が無いのである。

 だが例外がある。
つまり全く的外れな名前ではないのである。
それは神の眷属(けんぞく)、聖獣には有効な毒を持つ草花なのだ。

 この地上に使わされる眷属や聖獣はこの世と神とに密接に関連している。
つまり眷属と聖獣は、この世の物と関連づけられているのである。

 つまり白眉(はくび)には、この毒は()くのである。
それも神経性の猛毒だ。
人でいうフグ毒、テトロドトキシンに相当するものである。
薄めて使用すれば、一時的に麻痺(まひ)をさせる毒として使用する事もできる。

 この草をバリスが手にいれた事を知り、白眉は眉間(みけん)(しわ)を寄せていた。

 「やれやれ厄介(やっかい)なものをバリスは手に入れたものだ・・。」

 そう白眉は(つぶや)いた。

 このような情報を白眉はバリスの邸宅の門番から聞き出そうとしたわけではない。
暇そうにしていた門番を見て、軽い気持ちで話しかけただけである。
それが有用な情報が次々と簡単に手に入り、聞き出した白眉自信が驚く有様である。

 世間話が好きな門番が、これほどの情報を持っているとは思わなかったのだ。
知りたい情報のほぼすべてが手に入ったのである。

 「ほんに人とは面白い。」

 白眉は心からそう思った。
天上の眷属からすれば、(あるじ)である神について例えどのような事であろうとも口外することはない。
それは天界にて神に仕えるもの全てに言える事である。
そして仕える主は一柱(ひとはしら)の神だけである。

 だが人間社会というものは違う。
全ての人がそういうわけではないだろうが、主が褒められると嬉しくてついつい別の事まで話してしまう。
または真逆に主をよく思っていないと悪意を込め、あるいは恨みを込めて主の事を話す。
それが興味深くもあり、抜けていて可愛いとも感じるのである。
本当に人の心とは捕らえようがない生き物だと白眉は思うのである。

 白眉が門番から得た情報は以下の4点となる。
○ バリスという者がこの屋敷の主であること。
臭いがこの館からする事から、十中八九目的の人物である。

○ その者は宰相(さいしょう)という地位にある者の右腕である事。
○ 神命霧草を用意している事。
○ 白眉を対象にした罠を仕掛けて待ち構えていること。
そしてその罠はバリスの寝所に向かう通路や天井にある事。
つまり白眉が他の者を巻き込まずに、深夜に潜入して来ると読んでいるのだ。
もし、この情報がなければバリスの計画通りに罠にはまっていた確率は非常に高い。
なんとも狡猾な男である。

 白眉はそれにしても、と、思う。
神命霧草など、学者や草花の好事家以外知っているとは思えない。
そのような草を知っているだけでなく入手しているのである。
そしてそのような草を仕入れる理由とは・・。
その草が白眉にとっては毒になるという事を知っているとしか思えないのだ。

 では、何故バリスはそれを知っているのだろう?

 そのような文献や知識が人にある(はず)が無いのである。
バリスの一族が例え地上にいる眷属の末裔だとしてもだ。

 あの一族には昔に麒麟が関わり、天からの指示を伝えたことがあるだけである。
麒麟はこの一族に伝えることを伝え直ぐに天に戻ったのだ。
通常はこのように地上にいる眷属の末裔達に指示を出し、直ぐに天に戻るのである。
聖獣の生態など分かるはずがないのである。

 もし聖獣と深い接点があり生態を知っているとしたならば・・
ある一族しか考えられないのである。

 そう思い白眉は昔を思い出す。

 そう・・、あの一族、眷白(けんぱく)と名乗る陰の国の神社の末裔である。
一度だけ白眉が地上に降りたときに世話になったことがある。
一度だけといっても100年くらい世話になったのだ。

 つまり例外的に100年間、この一族だけが白眉に接することになった。
白眉は天からの命により、地上に滞在し歴史がどう変わっていくか動向を探っていたのだ。
それは神にとって意図した通りの変化なのかを見極めるためである。

 世話になったその一族は白眉が好むことを事ある毎に聞き、白眉が居心地がいいように細心の注意を払った。
よく白眉に尽くした一族である。

 白眉は天界に戻るときに、この一族に自分の名前から(はく)の一文字をこの一族に与えたのである。
それからこの一族は眷白と名乗ったのである。
白眉に認められた眷属という事からそのように名乗ったようである。

 だが、この一族は白龍が再び地上に降りたときには居なかった。
戦争に巻き込まれたか、なんらかの災害に巻き込まれたのであろうと思っていた。

 聖獣は自分に仕えた地上の眷属が、戦争や疫病など人為的、自然に発生する事に巻き込まれても関与しない。
関与するのは自分達の命令の遂行時に、神に仇なすような輩がこの一族を危機に陥れた時だけである。
そして天界にいる間は、聖獣は地上での出来事を知ることができない。

 そのため地上に降りた時、眷白一族がいなくなっていた事は残念であったが、それ以上に思うことはなかったのである。

 あの一族は別の地上にいる眷属により滅ぼされたのではなかろうか?

 そういう疑問がわいてきたのである。
地上に使わされる聖獣仲間から共有した情報を、白眉は記憶からたぐり寄せる。
その情報からも、聖獣の生態を知りうる一族は、眷白の一族しかいない。

 つまり眷白の一族の情報を手に入れ、バリスが神命霧草を購入したのだ。
あの忠義の眷白一族が、一族以外に自分の情報を流すなどあり得ない。
バリスの一族は、眷白一族を滅ぼし儂の情報を手に入れたと考える以外に思いつかない。

 だとしたら由々しき自体だ。
白眉の生態だけでなく、行動をバリスが知っている可能性がある。
バリスを侮っては命取りになりかねない。
しかも、今の自分は本来の力が出せない程に弱っている。
彼奴(あやつ)を成敗しようとし、返り討ちにされる可能性があるのだ。

 白眉はバリスとどう向き合うのか考える。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み