第141話 地龍の目撃者

文字数 2,736文字

 白眉(はくび)(地龍)が御堂(おどう)に張られた結界から抜け出す前のことであった。

 マタギの与兵(よへい)は、獲物(えもの)を求めて山を彷徨(さまよ)っていた。

 その山は

の国境にある険しい山で、与兵の住む里からは幾重にも重なる山の奥にある。そのため、マタギ以外はあまり足を踏み入れない。

 そんな山の中でもマタギでさえあまり足を踏み入れない場所に与兵はいた。
猟の成果がなくここまで足を伸ばしたためだ。
 
 与兵は獲物の痕跡を見逃すまいと地面を舐めるように見つめ、顔を上げては木に爪痕がないか探すことに集中していた。
だが獲物の痕跡が見つからない。

 「なんて日ずら、ここまで来たちゅうのに・・。」

 そう呟き、額の汗を拭おうとして何気なく空を見上げる。
空には不気味な漆黒の黒が渦を巻きながら、異常な速さで都の方から此方に近づいて来る。

 「な、なんだべ、これは!!」

 与兵は息を呑んだ。
生まれてこのかた、このような黒雲は見たことがない。
いやな予感がし、与兵は林から垣間見える岩場に向かって慌てて走った。

 「確か、このあたりに小さな洞窟があったはずだぁ!」

 与兵は無意識に大声を上げながら走って洞窟を探す。
やがて小さな洞窟を見つけ、迷うこと無くそこに飛び込んだ。

 その直後のことであった。

 豪雨が突然降り注ぎ、それを追うかのように落雷があった。
そしてその落雷を機に、所構わずに雷が落ち始める。

 与兵は山の神様に感謝をした。
与兵が洞窟に逃げ込むのを待っていてくれた雷雨に。
そして、その時に自分の近くにあった洞窟へ。

----

 与兵は洞窟で、この異常な雷雨が止むのを待った。
だが、雷雨は一向に止みそうもない。
与兵は暴れまくる雷と豪雨を、洞窟の中から見ているほかはなかった。

 やがて落雷の数が少なくなってきた。
とはいえ通常では有り得ない落雷の数ではあるのだが・・。

 与兵は、それでも()んできたことにホッとした。
その時だ・・

 聞いたこともない轟音が突然響くとともに、地面が揺れた。
与兵は立っていられず倒れ込む。
するとさらに立て続けに同じような轟音と地揺れが起こった。

 「な、なんだべ、こりゃあ!!」

 与兵は恐怖に()られ、思わず洞窟から飛びだそうとした。
洞窟が崩れるのではないかという恐怖心からだ。

 だが、マタギの経験が止めろ!と告げる。
洞窟を出れば雷に打たれる!、と。

 この洞窟はマタギの間では避難場所とされていた。
代々のマタギが経験から安全だと判断された洞窟なのだ。

 「だ、大丈夫だべ! こ、この洞窟は頑丈だぁ・・。」

 そう呟いて自分に言い聞かせる。
与兵は膝をかかえ丸くなった。

 やがてあれほど暴れていた雷が止んだ。
だが雨は()みそうもない。
与兵は洞窟で夜が明けるのを只管(ひたすら)待った。

 やがて待ち焦がれていた夜明けが訪れる。
外が明るくなり始めたのだ。
雨は既に止んでいた。

 与兵は強ばった体を伸ばし、洞窟の外をうかがう。
そして恐る恐る洞窟から出た。

 目の前には何時もと変わらぬ景色があった。

 思わずホッとして溜息が出た。
先ほどまでの恐怖が少しずつ消えていく。
与兵は背伸びをした後、ゆっくりと深呼吸をした。

 「いや~、なんだったんだべ、あの雷さぁ。
こんなぁ、天気に遭遇するとはなぁ~・・。
親爺(おやじ)()っさまからも聞いたこともない天気ずら。
山の神様がお怒りだったんだろうかやぁ?」

 そう言って再び洞窟に戻ろうと(きびす)を返した与兵は硬直した。

 山の後ろの景色が変わっていたのだ。
見えるはずのこの山より高い山の(いただき)が無い・・。
それも一つではない。
三つほどの山頂が無くなっていたのだ。

 与兵はしばし呆然と立ち尽くす。

 やがて与兵はこの異常な景色を受け入れた。
いや、受け入れがたいが実際に自分の目にあるのだ。
否定のしようがない。

 与兵は変わってしまった山を探索する決心をした。
今後の猟のことを考えると見ておいた方がよいと考えたからだ。

 ともかく調査の前にまず腹ごしらえだ。
そう思い、洞窟にもどり朝飯を取ることにした。

---

 与兵は朝食をすませると、近くにある一番高い(いただき)を目指した。
高いところから(なが)め、全体を摑むためだ。
そして、数時間後、目的の山頂に到着した。

 与兵は山頂から眼下に広がる山を見て言葉を失う。
3つの(いただき)(えぐ)られて、すり鉢状になっていた。
おそらく頂上から50メートルほど無くなっているのではなかろうか?
山頂のあった場所は、深さ30メートルくらいあるすり鉢状に変わっていた。

 与兵が目をこらして眺めていると、チカチカと光るものが見えた。
よく見ると一番奥のすり鉢に、陽に照らされ光るものがあった。
すり鉢の底で何かが光っているだ。
与兵はさらに目をこらして見極めようとした。

 この距離から考えるとかなりでかいものだ。
なんだろう?
じっと見ていると(わず)かに動いた。

 「え? 動いた!?
まさか!! 動物か?!
これだけ離れた距離で、あの大きさだと!」

 与兵は嫌な汗をかきながら目をこらし、さらに見続けた。
そして気がつく・・

 「あ、あ、あ、あれは龍ではないか!!!」

 与兵はそう呟くと、恐怖にかられ無我夢中で山を駆け下りた。

---

 白眉は遠くから、与兵の様子を一部始終見ていた。
与兵が山から転げ落ちるように逃げる様を見て、白眉は呟く。

 「ふむ、これで(わし)がここにいたことは知らしめた。
どれどれ、それでは・・。」

 そう言って口から火を噴いて、斜面の岩を溶かす。
それを繰り返し洞窟を掘っていく。
そうして作ったのは龍の(ねぐら)である。
白眉は塒を作り終えると、その塒で丸くなる。

 「うむ、この場所は霊気に満ちておる。
これなら、多少は神力が回復できるかもしれんな・・。」

 そういって眠りについた。
だが、本来の眠りではない。
数日で目覚めるつもりだ。
緋の国に、

を探しにいかなければならない。

 白眉はしばしの微睡みに安らぎを求めた。

----

 山を下りた与兵は里で皆に龍のことを話した。
里の者はパニックとなる。
それというのも龍の居る山はこの里の者が猟や、薪拾いをする山であったからだ。
龍が住み着いたとなると、生計がたたなくなる。
里の者は途方にくれた。

 与兵が知らせるまで里の者が山の異変に気がつかなかったのは、その山が他の山に(さえぎ)られ里からは見えないからだ。
里の者は与兵に感謝した。
もし、この知らせを聞かなければ山に入り龍と遭遇したかもしれないからだ。

 里の者は名主の元に集まり、これからのことを協議した。
協議といっても、人が龍に対抗できるはずもない。
結論は協議するまでもなく、村を捨てて龍の居ない場所を探し住むしかない。

 この里は緋の国と、陰の国の境にあり、里の者の縁者は両国に存在する。
そのため名主は移住の許可を両国に求めた。
これにより、緋の国、陰の国の両国は地龍の存在場所を知ることとなる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み