第52話 宮司の手紙 : 佐伯と庄屋の思い

文字数 2,223文字

 寺社奉行・佐伯(さえき)の元に(ふみ)が届いた。
書いたのは祐紀(ゆうき)の養父からだった。

 文が届いたのは、祐紀が倒れた日の次の日だった。
部下からの報告で、宮司の元に()の国の間者が、神主姿で向ったことを聞いていた。
おそらくそのことの報告だろうと思った。

 佐伯は憮然とした顔で文を受け取り読み始めた。
文を読み進めるにつれ顔が赤くなる。
そして最後まで読み終えると、文を持つ手が震えていた。

 「彼奴(あやつ)め!」

 その佐伯の怒鳴り声を部下が聞いていた。
 「佐伯様、一体、どのような内容なので?」

 その言葉に佐伯は、はっとした。
思わず叫んでいたことに気がついたのだ。

 「うむ、ちと、取り乱した・・。」
 「どのような文だったのですか?」
 「ああ、前に庄屋から祐紀の神社に向った神主装束の報告があったであろう?」
 「はい。 たしか御奉行から放って置けと言われたかと。」
 「そうじゃ、あそこの宮司に任せておけば問題ないからのう。」
 「もしかして、それについて神社からの報告ですか?」
 「そうじゃ。」

 「どのような報告ですか?」
 「そやつ等は、神社に権禰宜(ごんねぎ)見習いとして入り込もうとしたそうじゃ。」
 「え? いったい何のために見習いなどに?」
 「祐紀を()の国へ亡命させるためだ。」
 「はあ?! そんなことを祐紀様がするわけないでしょう!」
 「ああ、だから洗脳をするつもりだったそうだ。」
 「なんと! では早急にその見習いを排除せねば!」
 「いや、もう済んでおる。」
 「へっ?」

 部下がなんともいえぬ間抜けな声を出した。
それはそうであろう。
なぜ手練れ(てだれ)の間者を神社で排除できるなどと誰もが思うまい。
なのに排除されたのだ。 それも二人も。

 「あの、御奉行、誰が排除を?」
 「宮司じゃ。」
 「宮司、お一人で?」
 「彼奴のこと、一人でやったに違いないわ!」
 「・・・宮司が、ですか?」
 「彼奴は手練れぞ、おそらくお主でも叶うまい。」
 「そ、そんな馬鹿な!」

 「武芸者で鎌鼬(かまいたち)という

を聞いたことはないか?」
 「有りますが・・、まさか!」
 「ああ、そうじゃ。」
 「確か、ある時、忽然(こつぜん)と姿を消したと・・。」
 「そうじゃ、宮司になったのだ。」
 「・・なるほど、間者二人など排除できるかもしれませぬな。」
 「其方、そのことは言わずと分るな?」
 「はい。口外はしませぬ。」
 「それでよい。」

 「では、御奉行は何を怒っているのですか?」
 「彼奴(あやつ)はな、その間者を儂が始末したと庄屋に臭わせたのじゃ!」
 「ハハハハハハ! やられましたな御奉行様」
 「笑い事ではないぞ・・。」
 「いや、しかし庄屋が御奉行様を前から狙っているのですから今さらです。」
 「う、ぬ、そうではあるが、いや、そうだな・・。」

 「ところで祐紀様はなぜ()の国に狙われるのでしょう?」
 「緋の国の皇帝が(ほっ)しているのだ。」
 「何故に?」
 「霊能力者だからであろう?」
 「え? なぜに霊能力者を?」
 「知らん。知らんが皇帝が霊能力者を欲している情報がある。」
 「そうですか・・。」
 「祐紀の周辺の警護を頼むぞ。」
 「御意。」

==========

 青木村の庄屋は祐紀の養父からの(ふみ)を見ていた。

 やがて文が震え始める。
そして、ついには文を丸めて壁に投げつけた。

 「如何(いかが)致しましたか頭領?」
 「祐紀の神社に放った二人が消されたわ!」
 「なんですと! しかし、彼奴等(あやつら)手練れ(てだれ)(はず)では?」
 「そうだ、簡単には消されぬわ!」
 「一体誰が!」
 「それは分からぬ。文には放った者が滝行(たきぎょう)(いや)がり逃げ出したとある。」
 「な! 見え透いた(みえすいた)(うそ)を!」
 「そうだ、ヌケヌケと書いてきよったわ!」
 「いや、ですが神社にそのような手練れ(てだれ)は・・。」
 「そうだ。文には権禰宜(ごんねぎ)見習いを受け入れぬよう寺社奉行・佐伯が進言したとある。」
 「それでは!」
 「ああ、おそらく彼奴(あやつ)が神社でしかけたのであろう。」
 「・・・。」
 「しかし、なぜ儂等(わしら)の動きを佐伯は知っておる?」
 「・・・。」
 「儂等が間者だとバレているということか?」
 「まさか、そのような事はないかと。」
 「最近、何か佐伯の動きや、庄屋の周りに動きはあるか?」
 「いえ、特には・・。」
 「・・・。」

 庄屋は腕を組んで考え始めた。
そして頭をゆるく振ると、力なく溜息を吐いた。

 「分からぬ・・、なぜあの二人が気がつかれたのだ?」
 「どういたしますか?」
 「どうもせん・・、へたに動くと駒を無くすことになる。」
 「・・・。」
 「いずれにせよ佐伯が噛んでいることは確かだろう。」
 「はい。」
 「彼奴の排除を考えようぞ。」
 「御意。」

 庄屋はそういうと立ち上がり、縁側へと向う。
そして縁側から田園風景を眺めた。

 「お頭?」

 配下のその声にこたえることなく、無言で(たたず)んでいた。


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