第62話 寺社奉行・佐伯 : 殿への説得 1
文字数 2,413文字
寺社奉行の佐伯 は、密 かに城中で殿に面会を求めた。
通常、奉行では殿と二人での面会などはできない。
佐伯だからできたことである。
「久しぶりじゃのう。」
「はい、殿におかれましては・。」
「ええい、形式張った 挨拶などいらんわ。」
「御意・・。」
殿は佐伯が家臣としての礼を取ろうとしたのを遮った。
このやりとりは恒例とも言える。
幼少期、佐伯は殿の遊び相手兼、学友としてお側に仕えていた。
そのため、殿は二人きりのときは、友として接しようとするのだった。
「で、今回は如何 致した?」
「殿は祐紀 なるものを知っておいででしょうか?」
「ああ、知っておる。
彼奴 の養子であろう?」
「はい、その通りで御座います。」
殿は祐紀の話しを聞いて、祐紀の養父のことを思い出していた。
目尻が下がり、懐かしそうな顔をする。
祐紀の養父とは佐伯を介して知り合った間柄である。
「彼奴 は健在か?」
「はい。宮司 を真面目に務めているようです。」
「そうか・・、懐かしいよのう・・。」
「そうですな・・、若かりし頃は殿とよく悪さをしておりましたな。」
「ふふふふふ、そうじゃな・・。」
しばし殿と佐伯は遠い目をして頬 を緩 めた。
「殿は祐紀について何かお聞きですか?」
「ふむ・・。
祐紀は確か優れた霊能力者だったと聞いておる。
自然災害から民を救ったということもな。」
「そうですか、お耳に入っておりましたか。」
「うむ。」
「ところで、殿は御神託 を信頼なさいますか?」
「信頼?」
「はい。」
殿はしばし佐伯と目を合わせた。
「信頼はしておらん。」
「・・・。」
「ただし、祐紀の御神託ならば個人として信頼をしておる。」
佐伯は苦笑いをした。
いかにも殿らしい回答だ。
「何を苦笑いをしておる?」
「いえ、余りにも予想通りのお言葉ですので。」
「ふん! 仕方あるまい、立場というものがある。」
「分かっておりまする。」
「で、なんぞ祐紀の御神託で儂に用事か?」
「御意 。」
「申してみよ。」
「大川 が氾濫 をするそうです。」
「・・・ほう・・?」
「単なる氾濫だけでは済まないようです。」
「どういう意味じゃ?」
「殿は古文書が好きでしたね?」
「ああ・・今は古文書など読む時間もないがな・・。」
「そうですか、真面目に政務に励んでいるようですな。」
「ふん、早く引退し楽隠居を目指しておるわ」
「無理でしょうね、当面は寝る間 も惜 しんで働いて頂きましょう。」
「ひどい家臣だな、お前は。」
「おや、家臣を牛馬 の如 くこき使う殿のいうことですかね?」
「ほう?俸禄 (※1)を頂いておいて働かない家臣などいらんわ。」
「まあ、確かに・・、これは、やられましたな。」
「ふふふふ、降参か?」
「御意。」
「で、古文書がどうした?」
「閻魔堂 の伝説をご存じでございましょうか?」
「?」
「地龍 といえば分かりますか?」
「ああ、あの伝説か。」
「それが伝説ではないようです。」
「!」
殿はその言葉に目を見開き、食い入るように佐伯を見た。
「祐紀によると大川が氾濫をし、閻魔堂が流されるようです。」
「閻魔堂がか?」
「御意。」
「閻魔堂が流されると、地龍が現れるのか?」
「そのように祐紀が申しております。」
「あの、災いの地龍が・・現れる・・のか・・。」
殿は呆然とした。
しかし、すぐに冷静に戻る。
為政者 のなせる業 とでも言うべきであろうか?
「本当に、祐紀が、そのような御神託を授かったのか?」
「御意。」
「で、御神託ではどうせよと?」
「祐紀によると神はこれから起こることを告げるだけだそうです。」
「?」
「お告げを聞いて、どうするかは人しだいだそうです。」
「そういうものなのか、御神託とは・・。」
「はい、そのようです。」
「・・・。」
「いかがなされますか、殿?」
佐伯はあえて自分の考えを言わず、殿の意見を求めた。
不敬といえば不敬になるが、これから話すことを考えれば殿の考えも知っておきたい。
「閻魔堂の移転は可能か?」
「無理でございましょうな。」
「何故だ?」
「閻魔堂は地龍を閉じ込める結界だそうです。」
「?」
「要は閻魔堂があの位置にあることが重要なのです。」
「そういうことか・・。」
「はい。」
「ならば大川の護岸 工事しかあるまいが・・。
人が川を制御するなど限度がある。
費用の捻出も難しい。
民も御神託だからと税を使うのは許さないであろう・・。」
「はい、その通りかと。」
「・・・。」
殿は佐伯をジッと見つめた。
佐伯は有能な男だ。
儂に報告をする時は、必ず何らかの解決策を携えてくる。
なのに今回の報告は、やけに回りくどい。
此奴 、何を考えておる?
そう殿は考えて右眉を少し上げた。
「其方 には何か対策があって進言しに参ったのであろう?」
「・・・。」
「どうした?」
殿の問いかけに佐伯はだまったままだった。
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参考) 簡略して記載しております。参考程度にして下さい。
※1 : 俸禄 ほうろく
給料のこと。
通常、奉行では殿と二人での面会などはできない。
佐伯だからできたことである。
秘密の間
で殿と佐伯は向かいあっていた。「久しぶりじゃのう。」
「はい、殿におかれましては・。」
「ええい、
「御意・・。」
殿は佐伯が家臣としての礼を取ろうとしたのを遮った。
このやりとりは恒例とも言える。
幼少期、佐伯は殿の遊び相手兼、学友としてお側に仕えていた。
そのため、殿は二人きりのときは、友として接しようとするのだった。
「で、今回は
「殿は
「ああ、知っておる。
「はい、その通りで御座います。」
殿は祐紀の話しを聞いて、祐紀の養父のことを思い出していた。
目尻が下がり、懐かしそうな顔をする。
祐紀の養父とは佐伯を介して知り合った間柄である。
「
「はい。
「そうか・・、懐かしいよのう・・。」
「そうですな・・、若かりし頃は殿とよく悪さをしておりましたな。」
「ふふふふふ、そうじゃな・・。」
しばし殿と佐伯は遠い目をして
「殿は祐紀について何かお聞きですか?」
「ふむ・・。
祐紀は確か優れた霊能力者だったと聞いておる。
自然災害から民を救ったということもな。」
「そうですか、お耳に入っておりましたか。」
「うむ。」
「ところで、殿は
「信頼?」
「はい。」
殿はしばし佐伯と目を合わせた。
「信頼はしておらん。」
「・・・。」
「ただし、祐紀の御神託ならば個人として信頼をしておる。」
佐伯は苦笑いをした。
いかにも殿らしい回答だ。
「何を苦笑いをしておる?」
「いえ、余りにも予想通りのお言葉ですので。」
「ふん! 仕方あるまい、立場というものがある。」
「分かっておりまする。」
「で、なんぞ祐紀の御神託で儂に用事か?」
「
「申してみよ。」
「
「・・・ほう・・?」
「単なる氾濫だけでは済まないようです。」
「どういう意味じゃ?」
「殿は古文書が好きでしたね?」
「ああ・・今は古文書など読む時間もないがな・・。」
「そうですか、真面目に政務に励んでいるようですな。」
「ふん、早く引退し楽隠居を目指しておるわ」
「無理でしょうね、当面は寝る
「ひどい家臣だな、お前は。」
「おや、家臣を
「ほう?
「まあ、確かに・・、これは、やられましたな。」
「ふふふふ、降参か?」
「御意。」
「で、古文書がどうした?」
「
「?」
「
「ああ、あの伝説か。」
「それが伝説ではないようです。」
「!」
殿はその言葉に目を見開き、食い入るように佐伯を見た。
「祐紀によると大川が氾濫をし、閻魔堂が流されるようです。」
「閻魔堂がか?」
「御意。」
「閻魔堂が流されると、地龍が現れるのか?」
「そのように祐紀が申しております。」
「あの、災いの地龍が・・現れる・・のか・・。」
殿は呆然とした。
しかし、すぐに冷静に戻る。
「本当に、祐紀が、そのような御神託を授かったのか?」
「御意。」
「で、御神託ではどうせよと?」
「祐紀によると神はこれから起こることを告げるだけだそうです。」
「?」
「お告げを聞いて、どうするかは人しだいだそうです。」
「そういうものなのか、御神託とは・・。」
「はい、そのようです。」
「・・・。」
「いかがなされますか、殿?」
佐伯はあえて自分の考えを言わず、殿の意見を求めた。
不敬といえば不敬になるが、これから話すことを考えれば殿の考えも知っておきたい。
「閻魔堂の移転は可能か?」
「無理でございましょうな。」
「何故だ?」
「閻魔堂は地龍を閉じ込める結界だそうです。」
「?」
「要は閻魔堂があの位置にあることが重要なのです。」
「そういうことか・・。」
「はい。」
「ならば大川の
人が川を制御するなど限度がある。
費用の捻出も難しい。
民も御神託だからと税を使うのは許さないであろう・・。」
「はい、その通りかと。」
「・・・。」
殿は佐伯をジッと見つめた。
佐伯は有能な男だ。
儂に報告をする時は、必ず何らかの解決策を携えてくる。
なのに今回の報告は、やけに回りくどい。
そう殿は考えて右眉を少し上げた。
「
「・・・。」
「どうした?」
殿の問いかけに佐伯はだまったままだった。
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参考) 簡略して記載しております。参考程度にして下さい。
※1 : 俸禄 ほうろく
給料のこと。