第200話 亀三の過去 その3

文字数 2,756文字

 神一郎(しんいちろう)がその場を離れようとした時だ。
亀三(かめぞう)は、慌てて神一郎を呼び止める。

 「待て! (わし)を殺さぬのか!!」
 「え? 何で殺さないといけないの?」
 「儂はお前を殺しにきたのだぞ!」

 神一郎はきょとんとした。

 「貴方は私に私怨(しえん)があるのですか?」
 「無い。」
 「私も無いのに、なんで殺す必要があるの?
それに今のは試合でしょ?」

 神一郎の言葉に亀三は押し黙った。

 「ほかに何かありますか?」
 「・・・。」
 「無いようなら、行きますよ?
あ、そうだ!
強くなったら、また試合を申し込んでくれないかな?
まぁ、その前に怪我を治さないといけないね。
お大事に。」

 そういって神一郎は去って行った。

 その後ろ姿を見ながら、亀三は自分の未熟さを恥じた。
里では自分が一番の使い手であった。
そして仕事で国内を廻ったが自分に勝てる相手はいなかったのだ。
それに胡坐(あぐら)をかいて慢心(まんしん)していたのだ、と。

 だが、すぐにその考えをやめた。
・・・慢心などしていなかった。
たえず自分を見つめ磨いていたではないか、と。

 それなのに、彼奴(あやつ)には勝てなかった。
何故だ?

 理由など・・・とうに分かっている。
彼奴は天才だ。
そして儂は凡才だったというだけの事だ。
儂など努力しても彼奴の領域には入れまい。
彼奴に絶対に敵わぬ。

 そう思ったら笑いがこみ上げてきた。

 「はははははは・・。」

 乾いた笑いだ。
亀三は夕焼けが終わりかけている空を(なが)めた。

 「任務失敗か・・・。」

 もう里には戻れぬな。
いくら契約外の仕事とはいえ、引き受けた仕事に失敗したのだ。
まあ、家老も儂が失敗するとは思っていなかったのだろうな。
失敗したときの制約をつけなかったのだから。

 そもそも、この仕事は里に報告し了承を得た仕事ではない。
里では里に報告された仕事のみが、仕事とされる。
つまり家老から突然言われ、契約外の仕事として任された仕事は里では仕事とみない。
アルバイトのようなものだ。
このような事は許されている。
要するに、この仕事は失敗しようがしまいが里では関与しない。

 だから里に帰ろうが問題はないのだ。
そして陽の国の家老からも失敗したからといって攻められるいわれはない。
まぁ、戻れば制約付きで再度彼奴を葬れといわれる可能性が高いのだが・・。

 ちょうどよいかもしれぬな・・。
もう里には戻らぬ。
それに家老と交わした情報収集などの仕事の契約は半月前に切れている。
儂は継続して家老に尽くす義務も義理もない。
今回、彼奴の始末の仕事を受けたのは暇をもてあましていたからだ。

 これからは自分のやりたいことをしよう・・。
自分を鍛え、どこまで強くなるのか見極めてみたい。
たとえ彼奴に敵わぬまでも、強さを極めたい。
儂には武芸しかないのだ・・・。

 だが、どうやって修行をする?

 亀三は修行の方法を考えた。
そして・・

 「・・・考えても無駄だ、教えを請うのは彼奴しかおらん・・。」

 亀三は神一郎の弟子になることを決意した。

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 亀三は怪我が癒えると神一郎を追いかけた。
そして、弟子入りを懇願する。
だが、断られた。

 「あのさ、俺は道場主でもなければ、有名な武芸者でもないの。
だから弟子とかはとらないし、とる気もない。
それに俺自身が武者修行中なの。」

 そういって亀三を全く相手にしななかった。
しかし亀三は諦めきれなかった。
そこで亀三は妥協案を神一郎に出す。

 「わかりました。
弟子入りは諦めます。
ですが、(それがし)が貴方様の後に付いていく事はお許しを。」

 「え~?! やだ。」

 神一郎はそう言っていやそうな顔をした。
だが、それを無視して亀三が黙って付いて行くと、別に何もいわれなかった。

 そして神一郎の道場破り・・、いや、他流試合を見て、亀三は徐々に神一郎の技を理解するようになった。
それは、神一郎の技は神業でまねできるものではないということだ。
亀三は神一郎に惚れ込んだ。
一生付いて行こうと心に誓ったのだ。


ーーーーー

 兵衛は亀三の生い立ちと、神一郎の出会いを聞いて頷いた。

 「なるほどな、宮司様についてきた経緯はわかった。
だが、裕紀に陽の国に行く手立てがあるような事を言っていたが・・?」

 「はい。」
 「あるのか?」

 その問いに亀三は淡々と話し始めた。
それは以下のようなものであった。

 亀三は忍びの世界で生きてきた。
だから他国に正規の手続きでも、国抜けであろうともたやすい事であった。
実際神一郎に国抜けの方法を教えて、一緒に付いていき国境を越えているのだ。

 それもあって神一郎も亀三が側にいて当たり前の生活となり、武者修行の間は四六時中一緒に行動を共にしたのである。

 そして亀三が神社で仕事をするようになった経緯は以下であった。

 神一郎は主立った(おもだった)国の主立った道場はすべて周り、試合相手がいなくなった。
新一郎より強い相手が見込めなくなったのだ。
そのため武者修行をやめて、実家である神社に戻り家業を継ぐことにした。

 亀三は神一郎に、その神社で使ってくれと懇願した。
神一郎は(いな)とはいわなかった。

 「うちに来たければ来ればいいさ。
けど、武者修行で一緒だったことや、他国に密入国していたことは内緒だからね。
それと神社では縁故採用はしないから、実力で入ってもらうしかないけど?
それでもよければどうぞ。」

 そう言われたのだ。
そして今、亀三は神社にいる。

ーーーーー

 兵衛は亀三に聞く。

 「ところで、今、宮司様が陽の国に行った理由は知っているのか?」
 「ええ、聞いています。」
 「どのような理由だ?」
 「それは口止めされているので言えませぬ。」
 「・・・・。」
 「ですが宮司様から祐紀様の護衛を言いつかっております。
ですので祐紀(ゆうき)様が陽の国に行きたいというなら、私が連れて参ります。
先ほど話したように、密入国など私が一緒にいけば簡単です。
陽の国内でも裕紀様の素性がばれないように立ち回りもできます。」

 「そうか・・・。」

 兵衛はそういうと(しば)し考え込んだ。
亀三はその様子を見て、なにやら覚悟を決めた顔で兵衛に話しかける。

 「兵衛様、私を首になさいますか?」
 「ん? なぜ神社を首にせねばならぬ?」
 「この神社の採用にあたり、私は素性を隠し神に仕えたいと嘘を申しました。」
 「そんなことか・・。
宮司様と亀三は何らかの(えにし)で結ばれておる。
これも神の御導き(おみちびき)ぞ。
嘘を言って雇用されたのは問題はあるが、それよりも神のお導きの方が重い。
それに亀三を首にしたら、神社の人員が不足する。
これ以上、儂は仕事は増やしたくないからのう。」

 そう言って兵衛は笑った。

 「では?このままで(よろ)しいのですか?」
 「ああ、今まで通りでよい。」
 「ありがとうございます。」

 「それより亀三・・、寺社奉行・佐伯(さえき)様より情報を得たなら、祐紀を頼んだぞ。」
 「はい、承りました。」

 ふたりは互いに深く会釈をした。
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