第221話 裕紀・密入国をする・・ その3

文字数 3,006文字

 裕紀(ゆうき)亀三(かめぞう)は今、二手に分かれて周辺を探索していた。

 寺社奉行の佐伯(さえき)から素性(すじょう)不明者が襲われたという場所にきたからだ。
とは言っても、佐伯が入手した陽の国の調書に記載されたおおざっぱな地図では正確な場所はわからない。
おおよそこの場所だろうというだけのことである。

 そして、この場所の道は町にある往来のような道ではない。
獣道である。

 山を歩いた人ならわかると思うが、滅多に人が入らないような場所にある道は道らしい道ではない。
なんとなく直線的で、なんとなく人があるいたのではないかと感じるような道なのだ。
何かに気を取られ、足下を見ないで歩いているとすぐに道を見失う。
そんな道なのだ。

 裕紀と亀三は互いが見える範囲に散らばり、人の痕跡を調べていた。
素性不明者が襲われた場所は、その道らしき場所で殺害されたとは限らない。
追っ手に見つかり道を(はず)れて逃げた可能性もある。
とはいえ追っ手も、そんなに逃げ回れる余裕は与えないだろう。
一突きで止めを指す程の腕前なのだから。

 そのため道とその周辺を探しているのである。

 マタギではない者に、山で人の歩いた痕跡を探せといっても無理な話しである。
裕紀がいくら洞察力、観察力があるとはいえ簡単に見つけられるものではない。
そのため亀三は裕紀に痕跡とはどういうものかレクチャーをした。

 下草が踏まれ僅かに倒れた形跡、木々の枝の折れた痕跡、落ち葉が踏まれ僅かにずれた様子などを。

 裕紀は亀三からのレクチャーを聴き、唖然とするしかなかった。
マタギも真っ青な知識である。
裕紀は亀三に敬意を感じられずにはいられなかった。

 亀三はというと、裕紀が山で人の痕跡を探せるなどと思ってもいなかった。
自分の少し後方を歩かせ、痕跡を裕紀が踏み荒らさないようにし、自分だけで探すつもりであった。

 ところが・・。
ただ自分の後ろを付いてくるだけでは退屈だろうと、裕紀に人の歩いた痕跡について軽い気持ちで教えたのだ。
裕紀はそれを聞くやいなや、すぐに知識を吸収し、自分でかみ砕いて洞察と観察を始めた。
そして瞬く間に、痕跡を見つけられるようになったのだ。

 これに亀三はあきれた。
たしかに裕紀は子供の頃に神社の裏手の林で遊び山に詳しいかもしれない。
だが、自然への観察、洞察力が備わるかというとそういうものではない。

 裕紀の養父である宮司様も洞察力、観察力は天才的であった。
そうでなければ、あれほどの武芸者になどなれない。
裕紀は血はつながらなくとも、育ての親を見て知らぬ間に身につけたものなのかもしれぬ。
そう亀三は思った。

 しばらくして、亀三は、最近、草が踏みしめられた後を発見した。
だが、これは寺社奉行・佐伯が伝えてきた事件発生の時より新しいものだ。

 自分達以外が来た痕跡に、亀三は嫌な予感がした。
それも10人以上の者が踏み荒らした後のように思える。
それも一列に整然として歩いたのではなかろうか?

 亀三はその痕跡を追っていく。
すると木々の間を通り抜けると、見通しのよい場所に出た。

 亀三は周辺をつぶさに観察する。
木々を抜け出た場所から少し離れた場所で血痕を見つけた。
どうやらここが事件現場のようである。
だが遺体はない。

 何者かが埋葬したか、遺体を持ち去ったようだ。
調書には置き去りにしたとあったので、新しい足跡は素性不明者の知り合いだったのではないだろうか。

 亀三は裕紀を呼び寄せた。
そして無言で地面を指す。

 「血痕ですか?」
 「そうだ。おそらく此処(ここ)に素性不明者の遺体があったのだろう。
だが、放置されてはいない。
何者かが後日、埋葬したか持ち帰ったのであろう。
それもつい最近のことだ。」

 「え?」
 「儂は、その者達の痕跡をたどり、ここを見つけたのだ。」

 「まさか養父様に害を加えた者達ですか!」

 「落ち着いて下され、裕紀様。
断定するには、あまりにも情報が少なすぎます。
感情的になったり、決めつけはよろしくありませぬ。」

 「・・・そうだな・・、済まぬ。」
 「いえ、それより、この者達の後をつけてみましょう。
もしかしたら、素性不明者の情報が得られるやもしれませぬ。
場合により宮司(ぐうじ)様の元に行った可能性もありますれば・・。」

 「そうか、そうだな・・、そうしよう。」

 亀三と裕紀は、痕跡を追い始めた。
そして数キロ歩いた先で、亀三は立ち止まった。

 「どうした亀三?」

 その言葉に亀三は地面を指す。
そこには大勢の足跡が二手に分かれた痕跡があった。
一つは()の国の方角に、もう一つは陽の国の(みやこ)へと向かっている。

 亀三は緋の国に向かったものは、素性不明者の遺体を運んだのではないかと考えた。
亀三の感は当たる。
長年の間者(かんじゃ)生活で身につけた第六感である。

 おそらく緋の国へ向かった者達は帰国組で、ここに戻ってくることはないであろう。
国へ自分達の見た現在報告をしに行ったと考えるのが自然だ。
ならば素性不明者は緋の国の者なのであろう。
おそらく密偵・・。

 そして問題は、陽の国に向かった者達だ。
その者達の目的が分からない。
密偵が陽の国の隠密に見つかって殺害されたとしたなら、素性がばれて始末されたということだ。
ならば宮司様とはなんら関係はない。

 だが、素性がばれて始末された者がいるのに、陽の国に何故行く?・・・。

 何かをこの山で探しているのか、それとも陽の国に行き素性不明者の事を知っている者達を始末しにいったか・・・。
あるいは全く別件か・・。

 もし、この山で何かを探しているならば再びここに戻ってくる可能性がある。
このまま追跡するのは危険だ。
だが、そのまま陽の国に向かわずに山を操作しているならば、宮司様を何らかの理由で探しているという可能性もある。
山探しかどうかだけは確認せねばならない。

 亀三は思いあぐねたすえ、決めた。
自分の考えを裕紀に話し、裕紀にはこの付近に隠れているように指示をする。
そして陽の国へ向かった足跡を追跡していった。

 裕紀は大人しく亀三の言うとおりにした。
だが、やることがないとついつい色々と考えてしまう。
言うまでもなく養父の事だ。

 「いったい養父様は何をしに陽の国に来たのだろう?
そしてこの山奥で何が起こったというのだろうか?
それに痕跡を残し陽の国に向かった者達は、養父様とつながりがあるのだろうか?
分からないことだらけだ・・。」

 そうポツンと呟いた。

 裕紀はあれこれ考えたが、情報が少なくどうしても悲観的な妄想に(とら)われる。
今、こうしているうちに養父様にさらなる危険が迫っているような気がしてならない。

 そう思いながら、ふと、神薙(かんなぎ)巫女(みこ)の姿が脳裏(のうり)()ぎった。

 「?!・・・。」

 養父の心配をしながら、神薙の巫女の事も心配でならない。
だが、養父をさておき神薙の巫女の心配をした事に呵責(かしゃく)の念が襲う。

 でも・・、どうしても神薙の巫女の事を考えてしまうのだ。

 「養父様の無事を確認したら、神薙の巫女様に会いに行こう・・。」

 裕紀は自分の気持ちに素直になり、そう呟いた。
そして天を仰ぐ。

 「養父様、私はなんて身勝手な息子なのでしょうか・・。
でも、貴方様の次に神薙の巫女様が心配でならないのです。
私の役目は神薙の巫女様の解脱の手助けをする事。
それ以外は差し出がましい行動だとは思います。
ですが、あの方に危険が迫っているなら・・・助けたい。
国抜けをしてでも、危険を冒してでも・・。
養父様、許して下さいますか?」

 裕紀はそう呟き天をしばし仰ぎ見ていた。
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