第86話 祐紀 : 困惑の書状 2

文字数 2,380文字

 呼ばれて来たのに、誰も何も話さない状況が続く。

 自分は姫御子(ひめみこ)の関連で呼ばれたのではないのだろうか?
この様子では違うようにも思える。
だとすると、いったい何で呼ばれたのだろう?

 祐紀(ゆうき)は呼ばれた理由を聞こうかどうか躊躇(とまど)った。
寺社奉行(じしゃぶぎょう)である佐伯(さえき)は押し黙ったままだ。
周りの者も誰も話さない状態では聞きづらい。
だが、このままでは呼ばれた理由がわからない。

 意を決して寺社奉行に声をかけた。

 「あの・・佐伯様・・。」

 佐伯は祐紀を見て、小さく(うなず)いた。
問いかけを許してくれたのだろう。
祐紀は呼び出しの訳を問う。

 「私は陽の国から件で呼び出されたのではないでしょうか?」
 「そうじゃ。」
 「では、何故、無言でそのような難しい顔を・・」

 「お前の目論見(もくろみ)(はず)れた。」
 「え?」
 「陽の国がお前の助力を断ってきよった。」
 「え?!」

 祐紀は佐伯の言った事が理解できなかった。

 佐伯様は今何と言った?
助力を断ってきたと聞こえたのだが?
いや、多分聞き間違いだろう。

 (ほう)けている祐紀を、佐伯は()もありなんという顔をする。
そして仕方がないか、という表情になり組んだ腕を外した。
佐伯は、祐紀から視線を外し部下に声をかけた。

 「その方等(ほうら)から何かあるか?」
 「いえ・・。」
 「では、その方ら抜かるなよ。」
 「御意(ぎょい)。」

 佐伯は部下が了解したため、一度(うなず)く。

 そして、目で一人の者に合図をした。
すると、その者は佐伯に書状らしきものを二通渡した。

 佐伯はそれを無言で受け取り、周りの者に手を振る。
それを合図に周りの者は、無言で部屋を出て行った。
出て行ったのは(ふすま)からだ。

 え?!
あれ?
襖から出られるのか?!

 襖の外は薄暗くてよく見えない。
やがて皆が出ると襖は閉められた。

 いったいこの部屋はどういう作りなのだろうか?
あの襖は本当の襖だとは・・。
自分の予想では人が通れるような空間は無いはずだ。
祐紀は唖然(あぜん)とした。

 佐伯は祐紀と二人だけになると祐紀に話しかけた。

 「祐紀、これを見よ。」
 「え?」
 「え、ではない、この書状を見ろといっておるのだ。」

 その言葉に祐紀は我にかえった。
部屋の事は考えないことにした。
ここは寺社奉行所だ。
なんらかの理由があっての部屋なのだろう。
一介の神官が知らないでよい事だ。
そう理解した。

 祐紀は末席を立ち佐伯の側にいった。
そして書状を受け取り末席に戻る。

 当の佐伯であるが・・。
今、この部家には佐伯と祐紀の二人しかいない。
素で接したかった佐伯ではあった。
だが、ここは奉行所だ。
奉行として接しているからにはそうもいかない。
残念に思う佐伯であった。

 末席に祐紀が戻ると、佐伯は書状の説明をした。

 「その二通の書状は陽の国から届いたものだ。
 一通は陽の国の国主から、そして一通は神殿からじゃ。」

 祐紀は手に取った二通の書状を交互に見つめた。

 「まあ、読んでみよ。」

 その言葉に祐紀は、まず国主からの書状を読み始めた。
読むに進むにつれ目を見開く。
さらに読み続けるにつれ、書状を握る手に力が入った。

 書状が小さく

という音を立てた。
祐紀はその音で慌てて手の力を緩める。
そして最後まで書状に目を通した。

 祐紀は佐伯の顔を見た。
しかし佐伯は何も言わない。

 「あの・・。」
 「もう一通を読め。」
 「・・・はい。」

 祐紀は国主からの書状を丁寧に皺を取りたたみ直す。
そして脇に置いた。
神殿からの書状を手に取り読み始める。

 やはり目を見開いた後、苦虫を潰した顔になる。
だが、今度は書状を持つ手に余計な力が入ることはなかった。
一通り読み終えると、書状を丁寧にたたみ脇においた。
そして佐伯を見た。

 暫く二人は目を合わせ無言のままでいた。

 佐伯は祐紀から何か言ってくるだろうと思った。
だが、祐紀からは何も言ってこない。
(まばた)き一つせず目を()らさず見つめるだけだった。

 此奴(こやつ)・・(わし)に先に話させるつもりか?
普通は興奮して詰め寄るものじゃがのう・・。

 最後まで感情を抑えて書状を読めたのは殊勝じゃた。
さすが彼奴(あやつ)の息子よのう・・。
やはり儂の配下に欲しい。
いや、いっそのこと儂の養子にしたいものよのう・・。

 そう思った。
だが、今は書状の件が先だ。

 「内容は把握したか?」
 「はい。」

 国主からの書状は、祐紀が陽の国に来る必要はないというものだ。
姫御子(ひめみこ)御神託(ごしんたく)は個人のもので国に降りたものではない。
国家に関与しないのに、他国の助力など無用というものだった。

 普通、このような国主の素っ気ない回答はあり得ない。
かりにも姫御子へ降りた御神託だ。
いくら姫御子個人へ降りた御神託だとしても無碍(むげ)にはできない。
国主が姫御子の御神託を軽くみるなど有り得ない事だ。
だが、国主がそう書状で寄越したならどうしようもない。

 一方、神殿からの書状であるが・・。
今回の助力の申し出についての感謝が述べてあった。
だが、国主からあったように助力は不要とあった。
そして、姫御子を陰の国に出す事はできないとも。
陰の国の地龍に関しては、貴国の力で解決してもらいたいとあった。

 手助けが不要ならば、そう返されても仕方がないことだ。
祐紀は困惑した。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み