第254話 姫御子へ その3

文字数 2,508文字

 姫御子(ひめみこ)に戻りたくないような言葉を、神薙(かんなぎ)巫女(みこ)から聞いた最高司祭は唖然(あぜん)とした。

 「お前・・・、いったいどうしたというのだ?」
 「その・・、私、普通の巫女でいたいと・・。」
 「なぜだ?」
 「・・・・・。」

 「黙っていてはわからぬ、言いなさい。」

 「私は・・・。」

 そう言って神薙の巫女は(うつむ)いた。

 「・・・・。」

 沈黙が神父の部屋を(おお)う。
空気が重い。

 どのくらいの時間が()ったのであろうか・・。
神薙の巫女は、(おもむろ)に顔をあげ最高司祭の目を見つめる。

 「私は・・、霊能力者としてではなく、普通の巫女にはなれないでしょうか?」

 最高司祭は目を見開く。
神父は大声を上げた。

 「な、なんていう事を!
あなたのような霊能力を有した者が、姫御子にならずにどうするのですか!
そもそも、普通の巫女になどなれるわけがない!
よいですか、何か勘違いをされていませんか?!
確かに今は神薙の巫女様と名乗られて一般の巫女と同じ扱いをされてはいます。
ですが、それは貴方様を罪人扱いするためのものですよ?
神薙の巫女は霊能力を持った罪人であり、普通の巫女ではないのです。
今後、神薙の巫女として過ごされたとしても、霊能力を有した巫女であり罪人なのです。
普通の巫女ではないのですぞ!
それをお忘れですか?」

 「・・・わかっております。
そのような事は。
言ってみただけです。
すみません・・。」

 最高司祭はジッと神薙の巫女を見つめた。
神薙の巫女はまた俯き、ギュッと両手を握る。

 最高司祭は落ち着いた柔らかい声で、神薙の巫女に話しかける。

 「お前の気持ちはわかる・・・。
霊能力さえなければ、お前は普通の女子(おなご)として幸せに暮らせたであろう。
だが・・。」

 「・・・分かっております、養父様。」

 「うむ・・、そうか・・。
では、ここだけの話しをしよう。
ここだけの話しだから、何を話してもよい。
だから話してみなさい。
だれか好きな()の子でもできたのか?」

 「・・・・・。」

 「(とが)めはせぬ、ここだけの話しにするから話してみなさい。
無責任な事を話してよい。
よいか、お前は姫御子にはならねばならぬのだ。
それは揺るぎない事実なのだ。
これには(あがら)えぬ。
残酷ではあるがな・・。
(わし)は思うのだ。
ここで自分の気持ちを人に話す事で、お前は多少とも楽になれると。
人に言わず心にためたままでは(つら)い。
そうは思わぬか?
儂はそう思う・・・。
よいか、中央神殿に戻ればもうこのような話しはできなくなる。
だから話しなさい。」

 「・・・・。」

 沈黙の(とき)が流れる。
神薙の巫女は口を()けては閉じ、(まぶた)をきつく閉じては薄目(うすめ)を開ける。

 最高司祭は何も言わずに、神薙の巫女が話すのを待つ。
神父はもう何も言わず、ただ神薙の巫女を見つめた。

 やがて・・・。

 「私は・・・」

 神薙の巫女はきつく一度目を(つむ)り、話し始めた。

 「好きな()の子がおります。
できれば、その方以外と結婚したくありませぬ。
他の者に、この身をゆだねたくありませぬ。
ですから一生(ひと)り身を通したいと・・・。」

 「そうか・・。なるほどな。
罪人の巫女ならば独り身を通せたかもしれぬな。
だが、姫御子になると国が選んだ霊能力者と婚儀をし、霊能力のある稚児(ややこ)をもうけねばならぬ・・・。」

 その言葉に神薙の巫女は再び俯く。

 「お前が好きな男の子は、霊能力者か?」
 「・・・はい。」
 「ならば儂がその男の子との婚儀を国に申し立て・」
 「無理で御座います。」
 「何? なぜだ?」
 「・・・・。」

 「ま、まさか・・罪人か、お前が好きになった者は?!」
 「違います。」

 「ならば・・、なぜ無理だという?
儂では力不足だとでも・」

 「そのような事は思っておりませぬ。」
 「・・・・。」

 最高司祭は訳が分からず沈黙した。
やがて何かに気がついたのか、声を荒げた。

 「まさか!」
 「・・・・。」
 「他国の者か!! そうなのか!!」
 「っ!・・・・。」

 最高司祭は険しい顔になり、怒りからか()()()()と手を(ふる)わせた。
だが、しばらくすると何故か最高司祭の体から力が抜けた。
ストンと・・・。

 何か思い立ち、それが()に落ちたかのように見える。
それと同時に、憐憫(れんびん)の眼差しで神薙の巫女を見つめた。

 「まさかとは思うが・・、裕紀(ゆうき)殿か?」
 「!・・・・。」
 「そうか、そうであったか・・・。」
 「・・・・。」

 「なるほどのう・・・。
彼奴(あやつ)の息子となると(うなず)ける。
そうか、そうであったか・・・。」

 「養父様! 違います!
今回の騒動は裕紀様は関係御座いませぬ!」

 「慌てるでない、分かっておる、そのような事は。
勘違いするでない。
裕紀という人物に会ったことはないが、彼奴の息子だ。
お前をそそのかして陰の国に連れて行こうとなどせん事はな。
それにもし彼奴が息子のために動いたなら、今回のような騒動にはならぬ。」

 「え?」

 「よいか助左、いや裕紀の養父はな、頭が切れる上に人脈がある奴だ。
彼奴が本気でお前を陰の国に連れて行こうとしたならば、誰も気がつかずに連れ去る事ができる。
彼奴はそれほど恐ろしい奴なのだ。」

 「そう・・なのですか?
私には腕が立ち、優しい方に思われますが?」

 「ああそうだ。
彼奴は優しい。
特に弱い者や、(しいた)げられている人にはな。
儂が言っているのはそう言うことではないのだ。
彼奴にかかれば我が国の殿など造作も無く暗殺され、誰も彼奴がやったことに気がつかぬ。
そういう意味で恐ろしいという事を言っておるのだ。
だからお前なぞ、陰の国につれていくのも造作無い事だと言っておるのだ。」

 「そう・・なのですか?・・。
でも、あの方は私を陰の国に連れて行ってくれませんでした。」

 「お前・・・。」

 「いえ、誤解しないでくださいませ。
私はあの方に一言も連れて行って下さいと言っておりませぬ。」

 「そうか・・、そうであろうな。」
 「はい。」
 「辛かったであろう。よく我慢をしたな・・。」
 「養父様!・・・。」

 最高司祭は父としての顔で、(いつく)しみと(あわ)れみの眼差しを娘に向けた。
そしてその優しい声に、神薙の巫女は俯き両手を顔にあてる。
嗚咽(おえつ)を堪え、泣き始めたのである。

 最高司祭は娘の頭を優しくなで、無言であった。
 神父は顔を(そむ)け、何も言わずに奥歯を噛みしめた。
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