第174話 それぞれの思い・神薙の巫女

文字数 2,675文字

 やっと自分の部屋に戻れた・・・。
そう思うと同時に、膝が震えだしその場にしゃがみ込む。

 神薙(かんなぎ)巫女(みこ)は自分自身を両手で抱きしめる。

 「義父(おとう)様・・・・。」

 そう呟くと涙があふれ出し止まらなくなる。
嗚咽が部屋から漏れないように、袖で口を塞ぐ。

 神薙の巫女は、思い出したくないのに小泉神官に襲われた情景を思い出していた。

 まさか自分が小泉神官に(おそ)われるとは思わなかった。
襲われて初めて自分が非力な女であることに気がつかされたのだ。
小泉神官に()()かられ、そこから逃れようと何をしても無駄だった。
力の限り足掻(あが)いたが、やがて直ぐに力つきた。
当然だ。
巫女は武芸や力仕事などしない。
祈りと神への奉納舞をする程度である。
そんな自分が、神官だとはいえ男である小泉神官に敵う(かなう)はずがない。

 どう足掻いても小泉神官から逃れられないと感じたその時・・絶望が(おそ)った。
これから自分の体が小泉神官のいいようにされるという恐怖と絶望が。
絶望に()らわれた時、神薙(かんなぎ)の巫女に自己防衛本能が働いた。
自分の心を閉ざしたのだ。

 聞こえていた自分の荒い呼吸と激しい心臓の鼓動、そして小泉神官の自分をあざける声が小さくなっていき、やがて音全てが消えた。
それと同時に目の前に映るものは、自分が見ているのではないように思えた。
そしてはやくこの地獄が終わって欲しいと思うだけの存在になった。
それ以外、何も考えられなくなった。

 そんな状況が数分だけ、いや無限に続いたとも思える時間に自分がいたとき、誰かが優しく声をかけてきた。

 誰?
 私は今、貴方のような優しい声が聞こえる場所にはいないのよ?
 私は今、地獄のような世界にいるの・・・。

 そう思いながら、かけられた声が何を言っているのかと考える。

 「痛いところは無いですか?」

 そうだ、その声はそう言ったのだ。
一体誰?
私は今、小泉神官に(けが)されようとしているというのに・・。
まるで私を小泉神官から解放し、(いたわ)っているいるかのようではないか?
そう思い顔をゆっくりと声のする方にむけた。
そこには、ぼやけて見える顔があった。

 貴方は誰?
目の焦点を、ぼやけて見える顔にあわそうと努力する。
すると少しずつではあるが、焦点が合いはじめた。
やがてハッキリと見えたその顔は・・

 助左(すけざ)?・・。
そうか、助けを求めた心が助左の幻影を見させているのね。

 でも、夢でもいい、助左が見えている間だけでも心の救いとなる。
そう思い、その幻影に(すが)る。

 お願い! 幻よ消えないで!!

 そう思った瞬間、現実における違和感を感じた。

 体が軽くなっている!
私に馬乗りになっていた小泉神官がいないのだ。
自分を拘束していた者から解き放されている。

 わ、私・・・助かったの?

 そう思い周りを見回す。
小泉神官はどこにもいない。
驚きと安堵に目を見開いた。

 そうだ、助左は!?
あれは幻?

 あわてて助左の幻を探す。
だが、探すまでもなかった。
直ぐ横に助左はいた。

 助左!
幻ではない!

 右目から涙が(にじ)み出てきて、やがて一滴(ひとしずく)ポツリと落ちた。
そして両目から止めどなく涙が(こぼ)れ始め、嗚咽(おえつ)が漏れ始める。
私は思わず助左に(すが)り付いた。

 助左が気遣いながら声を賭けてきた。

 「よく頑張りましたね。
怖い思いをさせてしまいましたね。
もう大丈夫ですよ。」

 その言葉に自分があらためて助けられたと実感し、私は心の底から安心した。

 それから教会に帰るまで助左に甘え、いろいろと話しを助左とした。
話しながら、拉致され乱暴されそうになった恐怖心を胸の底に押し込める努力をしていた。
教会にいる人々は私が拉致されたことで、心配しているに違いない。
そのような人々に恐怖に怯えた顔を見せ、さらなる心配をかけさせたくない。
そのため、自分に ”しっかりなさい!” そう言い聞かせようと思ったのだ。
だが、そう自分に言い聞かせるまでもなかった。

 助左の気遣いと、人柄が滲み出る言葉が私を優しく包んでくれた。
その優しさがぶり返そうとする恐怖を霧散させ、私を心穏やかにしてくれたのだ。

 だが、教会に戻り自分の部屋で一人になると、先ほどの恐怖が頭をもたげてくる。
自分を両手で抱きながら(うずくま)って震えた。
だがその時、何故かあの人の笑顔がふと思い浮かんだ。
あの()()()()とした笑顔が・・

 「祐紀(ゆうき)様・・・。」

 そう呟くと、不思議と恐怖が少しづつ(やわ)らぎ、やがて消えた。

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 神薙(かんなぎ)の巫女が拉致された頃、陰の国では地龍が地上に出始めていた。

 祐紀は寺社奉行(ぶぎょう)佐伯(さえき)から家で大人しくしているように命じられ、いてもたってもいられない気持ちを抑えながら佐伯からの連絡を待っていた。

 そんな中、突然、背筋に悪寒が走る。
それと同時に土砂降りの中、雷がしたかと思うと信じられないほど連続して彼方此方(あちこち)に落雷が発生した。

 「うぐっ! ち、地龍が!!」

 祐紀の本能が、霊感が、地上に地龍が姿を現したのを告げる。
祐紀は地龍が閉じ込められた場所へ駆けつけようとした。
だが、その気持ちをグッと(こら)える。
佐伯から許可がまだ下りていないのだ。

 今、ここで自分勝手に動いて佐伯に迷惑や心配をかけるわけにはいかない。
自分は佐伯の保護下にあり、いろいろと世話になっている身である。
自分勝手に動くわけにはいかないと、自分に言い聞かせた。

 そんな時・・突然、女性の悲鳴が聞こえた。

 「えっ!」

 祐紀はあわてて周りを見回す。
部屋には自分以外誰もいない。
屋敷には自分の身の世話をしてくれるお紺さんがいるが、先ほどの悲鳴はお紺さんの声ではない。

 いったい誰の声だ?
そう思った時、ある人の顔が思い浮かんだ。

 「姫巫女(ひめみこ)様?!・・・」

 いや、そんなはずはない。
姫巫女(神薙(かんなぎ)の巫女)は陽の国にいるはずだ。
ここにいるはずはないのだ。

 そう思いながらも、先ほど聞こえた声が姫巫女であると何故か確信している自分がいた。
祐紀は土砂降りが降り注ぐ廊下に出た。
そして陽の国の方角を見て、大声を上げる。

 「姫巫女様! 何かあったのですか!!」

 だが、その声は土砂降りの音でかき消される。
祐紀は姫巫女の(そば)に駆けつけたいが、現実にはできない事に奥歯を噛みしめた。

 ギリッ!

 歯が(きし)みをあげ、少し唇を切る。
鉄臭く、いやな味がした。

 祐紀は、天を仰ぐ。

 顔に激しく雨が当たり目が開けていられない。
祐紀は大声で天に向かって叫んだ。

 「うぉおおおおお!! 姫巫女様、どうぞご無事で!!
私は地龍もおり、ここからは動けませぬ!!!」

 祐紀が大声を上げると同時に、一際大きな雷が近くに落ちた。
耳を劈く(つんざく)轟音が辺りに鳴り響く。
まるで祐紀の声をかき消そうとしたかのようであった。
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