第199話 亀三の過去 その2

文字数 2,764文字

 神一郎(しんいちろう)は試合が行えるよう旅装束(たびしょうぞく)()く。
そして試合の準備ができた時、神一郎は亀三(かめぞう)に確認をした。

 「貴方はその格好で試合をするのですか?」
 「ああ、問題ない。」
 「そうですか、動きにくくはないですか?」
 「他人に気を遣う(つかう)とは余裕だな?」
 「はぁ・・、まぁ、余裕があるかどうかはわかりませんけどね。」
 「ふん、それが余裕だというんだ。」

 「刀を()いていますが・・。」
 「これでも武家だからな。」
 「それでは試合で刀を使っていただいて良いですよ。」

 その言葉に亀三は驚いた。

 あり得ん!
決闘は儂から申し込んだのだ。
なら此奴(こやつ)は自分に有利な条件をつける権利がある。
此奴は素手を得意とする格闘家だ。

 ならば何故、徒手(としゅ)での試合を要求せん!

 (わし)に刀の使用を許可だと?!
己は徒手で、儂が刀での試合などおかしいであろう?

 素手の者など刀の敵ではないというのに。

 徒手の達人でも、剣術をかじった程度の町人相手に勝つ程度だ。
剣術道場に通った武士を相手に、ましてや免許皆伝の相手に勝てる者などいない。
何故刀の使用を許可する?

 まてよ・・、儂が刀を使わないと勝てないと(あなど)っているのか?

 そう思い立ち、亀三は目を少しつり上げた。
そして脅しを兼ね、神一郎に軽い殺気を放つ。
だが、神一郎はその殺気に反応せず、のほほんとしていた。

 此奴・・、殺気を感じないのか?
いや・・・、そんな訳はない。
此奴はそれなりに使い手だ。
いくら実践経験が無いとはいえ、殺気を感じないはずはない。

 単に間抜けなのか?
何なんだ、此奴はいったい?

 ・・・、いや・・待て・・。
俺はいったい此奴に対し、何が引っかかっているのだ?
実践経験が浅い武芸者だぞ?
考えすぎではないのか?

 そうだ・・、此奴の試合は道場の稽古場だけなのだろう。
野試合などしたことがないに違いない。
だから自分に有利な条件を出せるとは思っていないのだ。
儂に刀を使うのか聞いたにすぎないのであろう。

 このような世間知らずの若者の暗殺を儂は請け負ってしまったのか。
高額の報奨金に気を取られ、相手がこのような若者とは考えもしなかった。

 亀三は軽くため息をついた。
そして

 「おまえの得意とする試合形式でよかろう。」
 「徒手(としゅ)でよろしいのですか?」
 「それでよい。武器など不要だ。」
 「そうですか、まぁ、貴方様さえよろしければ・・。」

 その言葉に亀三は苦笑した。

 『此奴、儂を完全に(あなど)っておるな。それがお前の命取りとなるとも知らずに。』

 そう心の中で(つぶや)いた。
すると神一郎が亀三に確認をしてきた。

 「ええっと、では相手が死ぬか参ったという事で、でよろしいのですね。」
 「・・・参った? だと・・」
 「はい。殺さなくても参ったと相手が言えば勝ち負けは明確じゃないですか。」
 「だめだ、それだと実力を隠し負けた振りをしているだけかも知れぬ。」

 「え? 試合ですよ、そのような(わざ)と負けるような事はしませんが?」
 「口ではなんとでもいえる。」

 「そうですか・・、あくまでも相手を殺す試合を御所望という事ですね?」
 「・・・・。」
 「なるほど、そういうことですか。
まぁ、いいか、では、それで。
あ、でも、私は貴方が参ったというならそれでいいですよ?」

 「儂に勝つつもりか?」
 「当たり前でしょ、死にたくなどないですから。」

 その言葉を聞き亀三はあきれた。
どれほどの自身家なのだ、と。
まぁ、よい。
儂が本気で殺気を放てば身がすくみ動けなくなり、此奴は殺される運命だ。
多少鼻につく若者だが、苦しまないように息の根を止めてやろう。
そう亀三は思った。

 神一郎は亀三と少し離れて向き合い言葉をかける。

 「では、始めますか?」
 「うむ。」

 ふたりはお辞儀をし顔を上げた。

 亀三は神一郎を見て目を見張る。
神一郎からホノボノとした雰囲気が消えたのだ。
だが・・殺気も何もない。
そう・・・自然体なのだ。

 『こ、此奴! 油断なぞできぬ!』

 亀三は神一郎に対する評価を変えた。

 命のやりとりをする試合だ。
なのにこのような自然体で対峙する武芸者に亀三は逢ったことがない。
本能が気をつけろと告げる。

 亀三は神一郎に殺気を放った。
修羅場をくぐってきた亀三である。
今までなら、相手はその殺気に背筋がぞくりとし緊張をした。
だが、神一郎は先ほどと変わらず自然体のままであった。

 「かかって来ぬのか? 腰でも抜けたか?」

 亀三の挑発に神一郎は答える。

 「あれ? 私から行っていいんですか? では。」

 神一郎はそう言うと、すたすたとまるで散歩しているかのように無造作に向かってきた。
殺気は・・まったくない。
亀三は戦闘態勢を取り、殺気を放つ。
だが神一郎は歩みも止めず顔色も変えない。

 『此奴、儂の殺気を感じないのか? いや、感じることができないのか?』

 亀三は理解に苦しんだ。
そしてあと三歩ほどで組み手が取れるというところに神一郎が近づいた時だ。
亀三は目眩(めまい)を起こした。

 『このような時に!』

 そう亀三が思った瞬間である。
天地がひっくり返った。

 「ぐぇっ!!」

 亀三は背中から地面に叩きつけられたのだ。

 亀三は悟った。
目眩を起こしたのではない。
投げ飛ばされ宙を舞った時、目眩だと錯覚したのだ。
そう自覚したのもつかの間、気を失った。

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 「う、うう・・ううう・・・。」

 亀三の意識が暗闇から浮上し始めた。
(まぶた)痙攣(けいれん)させながら、ゆっくりと目を開いた。
仰向け(あおむけ)に寝ていたようだ。
夕焼けが見える。

 ここはどこだ?
儂はいったい何をいていたのだ?

 亀三は起き上がろうとして、背中と腕に激痛を覚える。

 「うぐっ!」

 「あ~っと、急激に起きない方がいいですよ。
もう少し、このまま休んだ方がいいと思いますが?」
 
 その声に亀三は目を見開き、起きるのを止め右横を見た。
そこには神一郎がいた。

 「気がついてよかったですよ。
気絶してからなかなか目を覚まさないので困っていたんです。
背中を強く打っていたので、活を入れ目覚めさせるのも(はばか)れましたしね。」
 「・・・・。」

 「すみませんが、貴方から参ったと聞いていないんですよ。
それを聞かないと試合の勝敗が決まりません。
私の勝ちでいいですよね?」

 その言葉を亀三はボンヤリと聞いていた。
答えない亀三に、すまなそうに神一郎は再度確認を取る。

 「気を失ったのだから、貴方の負けでいいですよね?」

 それを聞いて亀三は考え込むかのように押し黙った。

 「え? 降参しないの?
困ったなぁ、背中をしたたかにうって右腕骨折しているんだけどなぁ。
もしかしたら肋骨にヒビが入っているかも。
右腕に添え木を当て応急処置はしたけど、試合は無理だよ?」

 その言葉に亀三は(うなづ)いた。
そして・・

 「参った・・。」
 「よかった、認めてくれて。 じゃあ、お大事にね。」

 そう言って神一郎はその場を離れようとした。
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