第75話 陽の国:渦巻く陰謀 5 吟味役の裁定

文字数 2,813文字

 吟味役(ぎんみやく)の顔色が変った。
姫御子(ひめみこ)が自分から

の祐紀と二人だけで個人的な話しをした事を認めたからだ。

 姫御子は小泉神官から目を反らし、吟味役の方を向く。
すこし顔が青ざめていた。

 姫御子は冷静さを少しずつ取戻した。
そして今回、自分が呼出された訳と、今の状態を冷静に判断しはじめた。

 今回の呼出しは、

に自分がどのように関与しているかの吟味だ。
姫御子として、

に肩入れをしたとなれば大問題だからだ。

 小泉神官は、吟味役に私が肩入れをしているか、亡命をしたがっているように吹込んだのだろう。
そして、この吟味で私が肩入れをしているかのように誘導した。

 私はなんて未熟なのだろう・・。
祐紀様が困難を排して、私の御神託のために我国に来て下さる。
それが嬉しくて、申訳なくて・・。
だから、祐紀様を信頼し親しくしているということを言いたかっただけなのに・・。

 まさか祐紀様で私の心を揺さぶり、御神託で言えない内容を引出すとは・・。
・・・。
・・・いや、おかしい・・。
偶然話しをして、私が祐紀様と二人で話し込んだことなど引出せるものだろうか?
そうか、どこからか情報を得て知っていたに違いない。
怖ろしい人だ、小泉神官は。

 すみませぬ養父様・・。

 濡衣を晴すためには御神託の内容を話すしかありません。
しかし、それは出来ないことです。

 かりに御神託の内容を話したならば、それはそれで問題にされるでしょう。
御神託を養父様が知っていて国主様に話してない事が分れば養父様の立場が悪くなります。
それは小泉神官が最高司祭になる切っ掛けとなってしまうでしょう。

 そのように考えている時だった。
吟味役が尋ねてきた。

 「先ほど貴方様は

に行くと言いましたよね?」
 「?」

 「何故、

が貴方様に来て欲しいと書状に書いてあることを知っていたのですか?」
 「え? いいえ、そのような内容だとは知ってはいませんけど?」
 「では何故? 先ほどご自分から

に行くと言ったのですか?」

 「それは・・私の御神託のために祐紀様が来て下さるなら、私もそれなりの事をと。」
 「姫御子様、先ほどから祐紀様がおられる

に肩入れされていますね?」
 「いえ! そのような事は・」

 小泉神官はすかさず口を挟む。

 「やはり・・・、ああ、私の思い違いであって欲しかった・・。」
 「違います!」
 「国主様より

について相談を受けたとき、まさかと思いましたよ・・。」
 「え? 国主様より相談・・。」

 姫御子には小泉神官が何をいっているか分らなかった。
一介の神官が国主様から相談を受ける?
そんなバカな事があるわけがない。

 今度は、吟味役が姫御子に向い話し始めた。

 「兼ねてより神殿内で最高司祭と貴方様に不穏な動きがあると伺っておりました。」
 「なんですって?! そのような事は・」
 「お聞きなさい!」
 「・・・。」

 「吟味役の私としましては、中立な立場です。
 私情を挟む事も、他者の言葉だけを信じる事もありません。
 最高司祭の権力は絶大です。
 最高司祭を私が取調べるならば慎重にならざるをえません。
 事をもみ消される可能性があるからです。
 調査にあたり、私は神殿内で最高司祭に属さない協力者を探しました。
 そして選んだのが小泉神官です。」

 その言葉を聞いて姫御子は唖然とする。

 よりによって敵対する小泉神官を選ぶとは。
中立も何もないではないか!

 思わず姫御子は吟味役に意見をしようとした。

 「吟味役様、小泉神官は中立ではありません。」
 「黙らっしゃい!」
 「っ!?」
 「私が調べる限り彼は最高司祭側に属さず、別派閥とも距離を置いておりまする。」

 まさかの言葉に姫御子は言葉を失った。
小泉神官は吟味役の目に入らない位置におり、ニヤリと笑った。

 そうか・・、そういうことか。

 小泉神官は表立(おもてだ)って養父とは対立していない。
あくまでも目立たないように影で暗躍していた。
そして、他派閥を(あお)ったり、(なだ)めたりして自分の思い通りに動かしている。
それは(はた)から見れば、最高司祭とも、他の派閥とも違い中立に見えたのだろう。

 やられた・・。
吟味役に今、何を言ってもだめであろう。

 吟味役は話しを続ける。

 「国主様は重役一同を集め陰の国の書状について会議を開いたのです。
 そこでは姫御子様の御神託への協力という一文が問題となったのです。
 なぜに姫御子様の御神託について知っているのかと。
 重役一同は、神殿から陰の国に情報が漏れていると判断しました。
 その調査を私が申しつけられたのです。
 私は小泉神官に協力を仰いだのです。
 理由は先ほど述べた通り、彼が中立だからです。
 小泉神官は陰の国が姫御子様を欲しがっての書状だと判断しました。
 それには私も同感です。
 そして姫御子様の御神託については、最高司祭様くらいしか知らないと聞きました。
 しかし、陰の国に情報を漏したのは最高司祭様ではないという判断です。
 最高司祭の愛国心はこの国では知れ渡っています。
 そうなると血の繋がらない姫御子様が疑われて当然です。
 養女である意外素性がわからないからです。
 本当の両親は我国の者でない可能性も示唆されました。
 姫御子様は、我が国に愛着がないかもしれないという疑いがかかったのです。
 そしてもしかしたら姫御子様が陰の国に行きたがっているのでは、と。」

 姫御子はこの言葉を聞いて呆然となる。
そして小泉神官の立回りに今更ながらだが、おぞましさを感じた。
まんまと罠に掛った自分を笑うしかなかった。

 「姫御子様、何か言いたいことはありますか?」
 「・・・。」

 姫御子は押黙った。
今ここで小泉神官の事を言っても、吟味役は聞かないだろう。
それに神殿関係者も、最高司祭側でない者がおり手を貸している。
何より御神託の話しなどできようはずがない。

 吟味役は真っ直ぐに姫御子に見つめられ違和感を覚えた。
この目は・・嘘を言う者の目ではない。
しかし、姫御子様自体の自白と小泉神官の情報もある。
(わし)の立場上、目を見て判断するわけにはいかない。

 吟味役は姫御子を見つめながら言葉をかけた。

 「残念です、姫御子様・・・。」

 そういうと吟味役はすこし大きな声で人を呼寄せる。

 「姫御子様を捕え牢へお連れせよ!」

 その言葉に数人の武士が部屋に入ってきて姫御子を両側から挟み込む。
そして姫御子は部屋から連れ出された。

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