第241話 緋の国・白眉 その3

文字数 3,243文字

 皇帝陛下へ懇願(こんがん)する侍女の声が、部屋の外の廊下から徐々に離れていく。
行き先はおそらく処刑場であろう。

 宰相(さいしょう)は皇帝に自分が呼び出された理由を、その声を聞きながら考える。
まるで自分に無慈悲に扱うのを侍女の姿を皇帝陛下は見せつているようではないかと。

 私への圧力だろうか?
宰相は不安になり陛下に(たず)ねた。

 「皇帝陛下、侍女の処分を私に見せるために呼ばれたのですか?・・。」
 「バカを言うな。」
 「・・・・。」

 「くだらぬことを言って予の貴重な時間を(つぶ)すな。」
 「す、すみませぬ!」

 「で?」

 皇帝陛下はそう一言言うと、ドカリと背をソファーに預けた。
宰相は冷や汗の出た額を軽く手で押さえ話し始めた。

 「地龍を使役(しえき)する計画の進捗状況でございますか?」
 「他に何がある?」
 「い、いえ・・。」

 皇帝陛下は(あご)をちょっと上げ、先を(うなが)す。

 「先日お話しましたように、地龍はあの山にはおりません。」
 「くどい、二度同じ話をするな。」
 「っ! はい・・。」

 皇帝に一喝され、宰相はハンカチを取り出し額の汗をぬぐう。

 「地龍がどこにいるかおおよその所在が分かりました。」

 皇帝は無言で先を話せと合図をする。

 「この報告が遅れた事をお()びします。」
 「詫びなど要らぬ、必要な報告だけせよ。」

 宰相は背中をつたう冷や汗に(わず)かに身震い(みぶるい)した。

 「どうした、早く話せ。」
 「あ、あれはこの都にいると先ほど報告がありました。」
 「ほう?・・」

 皇帝は冷たい視線を宰相に向ける。

 宰相は都に地龍がいるという情報を数日前に(つか)んでいた。
だが、それをすぐに皇帝に報告しなかった。
このような状況になった時の時間稼ぎのためだ。

 もし会議前に報告したら皇帝のことだ、地龍を今日明日中に捕獲せよと言いかねない。
都は広く人口も多いのだ。
人に化けた地龍を都でさがすなど、砂浜から一粒の砂を見つけるに等しい。
すこしでも時間の猶予(ゆうよ)が欲しく、報告を控えたのである。

 「予に呼び出される前に、何故直ぐに報告をせぬ?」
 「そ、それが・・、その、会議が終わってから得た情報にございまして。」
 「それが本当なら、だいぶ都合がよいタイミングだな?」
 「!・・。」

 「・・・まぁよかろう。で、いつまでに捕まえるつもりだ?」
 「それは・・。」
 「何だ?期日を切れないとでも言うつもりか?」

 「・・み、都にいるという情報は先ほど掴んだばかりでございます。
都のどこに居るか分かっておりませぬ。
み、都といっても広うございますゆえ・・・。」

 「そうか・・、まぁ分からんでも無い。
それに相手は地龍だ。
一筋縄ではいくまい。」

 「あ、有り難きお言葉。」

 皇帝の譲歩に宰相はホッとした。
だが宰相はさらなる譲歩を引き出そうとした。

 「皇帝陛下、地龍は人と寸分違わずに化けます。
もし目の前にいたとしても、地龍だと見分けるのは・・。」

 「それは言い訳にもならぬ。」
 「!」
 「見慣れない者を探し吟味すればよい。違うか?」
 「!?・・・。」
 「何か不満か?」
 「い、いえっ! そ、そのような事は!」
 「そうか、なら二週間猶予(ゆうよ)を与えよう。」
 「え!?」

 「ん? 長すぎるか?」
 「えっ! あ、いや!・・、そ、その!」
 「なら一週間ならどうだ?」
 「い、いえ!に、二週間以内に必ずや!」

 「そうか、なら二週間待とう。」
 「・・・御意。」

 宰相は両手を強く握りしめる。
その手は震えていた。

 皇帝は宰相に話しかける。

 「捕まえて使役(しえき)するに、二週間はかかるのであったな?」
 「・・・御意。」

 「そうか、では、よい報告を待っておる。」
 「か、(かしこ)まりました。」
 「期待しておるそ。」
 「御意・・。」

 皇帝は右手を軽く振った。
もう用はないということらしい。
宰相は深々と臣下(しんか)の礼をとった後、部屋を出て行った。
その後ろ姿を皇帝は無表情で見ていた。

 部屋には皇帝陛下以外はおらずシンとした重い空気が立ちこめる。
皇帝陛下は、やがて独り言を呟く。

 「宰相の動向に怪しい点はないか?」

 すると誰もいない部屋に声が響く。

 「かの者は、言動に問題があります。」
 「報告を続けよ。」
 「御意。執務室で一人になったときに皇帝になるのも悪くはないと(つぶ)きましてございます。」
 「そうか・・。」

 「いかが致しますか?」

 「そうだな・・。まぁ口先だけならどうでもよい。
だが本気のようなら、地龍が使役できてから居なくなってもらおう。」

 「御意。」

 「それと地龍の使役が戯言であるなら、それが分かった時点で消せ。
()(たばか)る者など()らぬ。」

 「御意。」

 「もし、使役ができるのが本当ならその方法を入手せよ。
入手できたなら・・、分かっておるな?」
 「御意。」

 皇帝は一度軽く目を瞑る。
そして徐に問いかけた。

 「宰相に地龍の使役を言いだした者は分かったか?」
 「バリスという者です。別名があります。」
 「別名?」
 「勘助という名です。」
 「カンスケ? 異国の者か?」

 「御意。昔に陰の国からこちらに移り住んだ者の子孫です。
当人はこの国の者で古くからある神社の子孫だと言っております。」

 「神社の者なら素性は直ぐにばれるであろう?」
 「かなり田舎の神社で、神社の者の素性を知るものが居りませぬ。」
 「?」
 「昔に流行(はやり)病が村で発生し、村人はほぼ全滅しております。
今居る村人は移り住んで来た者達しかおりませぬ。
ですから神社の者が本当に昔からいる者かは誰も証明できませぬ。
あの者が古くからの神主の子孫だと言っているにすぎないのです。」

 「流行病・・か。」
 「流行病に見せかけ村人や神主一家を消し去った可能性が否めませぬ。」

 「カンスケという名はどうやって調べた?」
 「神社に忍び込だ者が、彼奴(やつ)らの話しを聞いて掴んだものです。」

 「そうか・・。で、そやつは地龍を操れるのか?」
 「分かりませぬ。」
 「分からぬ?」
 「ですが・・。」
 「なんだ? 話せ。」

 「その一族は代々、地龍の髭なるものを家宝としておりまする。」
 「龍の髭?」
 「御意。」
 「秘宝となるようなものか?」

 「なんとも言えませぬ。
珍品の価値はあるかとは思いますが・・。
ですが、その・・。」

 「なんじゃ? 何でもよい、話せ。」
 「彼らは神の眷属(けんぞく)と交わった者の末裔(まつえい)のようです。」
 「そんな戯言(ざれごと)を・・。」

 「戯言とも思えるのですが・・。
あの一族の家にあった秘蔵書にそのように記されておりまする。
それと厳重に保管された金庫のようなものがありました。
複雑怪奇な物で、手前どもでは開けることはできませぬ。
ダイヤルも、鍵穴も、取っ手も無く、それが厳重に保管されているのです。」

 「そこに入っているものは、ありふれた宝石、金貨の類いであろう?」
 「そうやも知れませぬ・・・。」
 「?」
 「・・・。」
 「龍の髭が入っていた箱だとでも?」
 「・・・。」
 「お前の感か?」
 「御意。」

 「そうか、お前の感か、ならその可能性はあるのであろう。」
 「・・・・。」

 「他には?」
 「かの者は呪術(じゅじゅつ)者のようです?」
 「呪術者?」
 「御意。」

 「そんな術を使う者など、この世に居るのか?」
 「裏の世界のトップのごく一部がそう言っております。」
 「・・・なら、呪術者というのは本当ということか。」
 「呪術で人を殺めたり、人を操っている可能性は高いかと。」

 「やれやれ、やっかいな相手だな。
始末は容易にはできぬという事か?」

 「そうでもありませぬ。」
 「?」

 「呪術を使うには、それなりの準備と時間が必要です。
武芸者ではないので、暗殺は容易です。
とはいえ宰相の子飼いの者どもでは、暗殺が難しいでしょう。」

 「そうか、ならば予に(のろい)をかけようとしたら始末をせよ。」
 「御意。」

 「ところで、宰相は呪術者と知って使って居るのか?」
 「いえ、さらに言うなら龍の髭の事なども知らないでしょう。」

 「そうか、間抜けな彼奴らしい。」

 皇帝はこの後、何も言わず仕事に戻った。
影の者は、その後、その部屋にいるのか、どこかに行ったのかは分からない。
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