第49話 権禰宜見習いの来訪:その2

文字数 2,111文字

 権禰宜(ごんねぎ)は、玄関に向った。

 玄関では、直立不動で青木村の権禰宜見習いが待っていた。
二人とも温厚な顔を崩さずに静かに佇んでいた。

 権禰宜は見習いの二人に告げる。

 「お待たせしました。」

 権禰宜の言葉に、見習いの二人は笑顔で返す。
 「いえいえ、お手数をおかけします。」

 「宮司様よりのお言葉です。」
 「はい、なんでしょう?」

 「当(やしろ)で受け入れるにあたり、宮司がどうするか決めたいそうです。」

 その言葉を聞いて二人の顔色が一瞬だけ変わった。
しかしすぐに温厚な顔に戻る。

 「受け入れは決まったことではないのですか?」
 「手紙では受け入れると記されていたはずですけど?」

 「受け入れの仕来り(しきたり)です。」
 「・・。」
 「そんな事、聞いておりませんが?」

 「嫌ならお引き取りを。」
 「「・・・。」」
 「いかがなさいますか?」
 「わかりました・・。」
 「仕方ありませんね・・。」

 「では、着いて来て下さい。」

 そういうと権禰宜は社に上げるのではなく、玄関で履き物を履く。
見習いの二人は呆気(あっけ)にとられる。

 「さ、こちらに。」
 「え、いや、待ってくれ、どこに行く?」
 「社殿の裏山の方に行きます。」
 「え?」
 「裏山?」
 「はい。」

 「では、荷物はここに置かせてくれ。」
 「いえ、そのままお持ち下さい。」
 「なぜだ? 邪魔になるので置かせてくれ。」
 「そうだ、ここに置いていく。」

 「それはお断りします。」
 「なぜだ!」
 「ふざけるな!」

 さすがに見習いの二人は顔色を変える。
神社が受け入れを拒否していると感じたからだ。
今までの温厚な顔から、眼光が鋭い顔に変わった。

 「先ほど申したように、まだ当社では受け入れていません。」
 「うぬ!」
 「このようなこと・・、庄屋様に報告してよいのか!」
 「どうぞ、お好きなように。」
 「ぐっ! 無礼な!」

 「如何(いかが)なさいますか、お帰りになりますか?」
 「わ、分かった・・。」
 「この扱い、庄屋様に報告は行うがよいのだな?」
 「お好きなように、では、こちらに。」

 この権禰宜(ごんねぎ)は宮司の右腕である。
さすがに動じない。
淡々と見習いの脅しを(かわ)し、案内を続けた。

 「どこまで連れて行く気だ?」
 「滝までお越し下さい。」
 「滝?」
 「滝で何をさせる?」
 「おや? 滝では滝行(たきぎょう)に決まっておりますが?」
 「何だと!」
 「儂等は権禰宜見習いで来たのだぞ!」

 「おや、神に仕える身になる者が滝行はできないと?」
 「う・・ぬ!」
 「ぐっ!」
 「滝修行をしたことのない神主など聞いたことが御座いませんが?」
 「「・・・。」」

 見習い二人は、それ以後黙った。
小さい山を黙々と歩き、峠の頂上に差し掛かる手前で滝の音が聞こえてきた。
それから歩く度に、滝の音が大きくなる。
やがて峠道は下りに変わった。
峠道の下りをすこし歩くと、眼下の林の間から滝が見えてくる。
さほど大きな滝ではないが、水量はそれなりにあるようだ。
ゴーゴーと音を立てている。

 やがて林の中の峠道は終わり、突然目の前に滝が現れた。
滝の音がやかましい。

 宮司は白装束で滝壺の手間に立っていた。
他に人はいなかった。
3人は宮司に向って歩いた。

 滝から落ちてくる水は、滝壺の水面を豪快に叩いて砕け散っている。
その

が、空中に舞い上がり顔に降りかかってきた。
宮司(ぐうじ)に近づく頃には、3人とも水しぶきで濡れそぼる。

 滝壺の側では一段と滝の音が凄く、普段の声では会話ができない。
宮司は、案内の権禰宜(ごんねぎ)に聞こえるように大声で怒鳴る。

 「案内、ご苦労。其方は戻りなさい。」
 「ははっ!」

 そういうと案内してきた権禰宜は戻って行く。
そして宮司と権禰宜見習いの二人は大声で会話をした。

 「荷物はそこに置きなさい。」
 「その前に、受け入れをすると手紙にはありましたが?」
 「そうです、庄屋様への返事と違うようですが?」

 「はて、受け入れはするが、それは権禰宜として相応しい者であればですが。」
 「な! ふざけるな!」
 「ふざける? はて・・」
 「儂等が権禰宜として相応しくないとでも言うのか!」
 「ですから、それを見極めるのです。」
 「うぐっ!」

 「いやならお帰り下さい。」
 「うぬ・・。」
 「どうされますか?」

 「わかった、滝行をすれば受け入れるのだな?」
 「それは分かりません。」
 「なんだと!」
 「儂等を馬鹿にしておるのか!」

 「何か勘違いしていますね。」
 「何!」
 「当神社は神事を行う場所です。」
 「当たり前だ、そんなこと!」

 「いや、分かっていないから言っています。」
 「どういう意味だ!」
 「我らは権禰宜の見習いに来たのだぞ!」

 その言葉を聞いて宮司はニヤリと笑った。
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