第63話 寺社奉行・佐伯 : 殿への説得 2

文字数 2,305文字

 寺社奉行の佐伯(さえき)は殿の右眉(みぎまゆ)が少し上がるのを見ていた。
これは殿の(くせ)だ。
なにか相手に違和感を感じたり、相手が真意を話していないと感じた時に出す。

 「其方(そなた)には何か対策があって進言しに参ったのであろう?」
 
 殿の問いかけに、佐伯はやはり・・と、思った。
幼き頃より仕えただけに、お見通しのようだ。
さて・・、祐紀(ゆうき)()の国へ行く許可をどう取るかだが・・。

 佐伯が押し黙っているのを見て、殿はさらに言葉を重ねた。

 「どうした?」
 「・・・。」
 
 佐伯は直ぐには答えず、一度深呼吸をする。
これから話すことは殿がおそらく激怒するだろう。
へたをすると蟄居(ちっきょ)(※1)かもしれな・・。
いや、蟄居ですめばよいが・・。

 丹田(たんでん)(※2)に力を込め、覚悟を決めて佐伯は話し始めた。

 「祐紀に閻魔堂(えんまどう)が破壊されてもいいように結界を強化させます。」
 「そんなことが、できるのか?」
 「はい。」
 「ならばそうせよ・・。」

 殿は怪訝(けげん)な顔をした。
祐紀ができるなら、(わし)になど報告する必要もない。
それなのに、態々(わざわざ)儂との面会など求めてきたのだ。
訳が分からず、おもわず顔に出してしまった。

 佐伯はそんな殿の顔を見つめながら、(わけ)を話し始めた。

 「一つ、問題があるのです。」
 「なんじゃ?」
 「祐紀一人では結界の強化はできないそうです。」
 「?」
 「霊能力者の協力が必要です。」

 「霊能力者? ならば頼めばよかろう?」
 「祐紀同等の霊能力者が必要とのことです。」
 「なんじゃと!? そのような者などいないであろう!」

 「いえ、居ります。」
 「?」

 殿は佐伯の言葉に呆然(ぼうぜん)とした。
祐紀と同等以上の者など聞いたことはない。
多少の霊感のある者はおろうが、祐紀ほどの霊能力者がいるなどと聞いたことがない。

 「そのような者がいるのか?」
 「はい。」
 「誰じゃ?」
 「()の国の姫御子(ひめみこ)様です。」
 「バ! バカを申すでない!」

 殿は激怒した。
無理もない。
姫御子は

(あが)められる最高位の霊能力者だ。

が自国と関係の無い事に、姫御子を寄越してくれるはずがない。
猫の子を貰うのとは訳が違う。

 それに国賓として姫御子は祐紀の

でお越し頂いたばかりだ。
立て続けに姫御子を呼ぶと誤解を招く。
姫御子を呼び寄せ、そのまま返さないのではないかと。

 ましてや、今回の頼みは

の利益にならないのだ。
もし我が国の求めに応じたとしたら見返りを求めるだろう。
それも我が国の足元を見て、無理難題な要求をしてくる可能性がある。

 佐伯は殿の怒りに(しば)沈黙(ちんもく)をする。
殿に少し冷静になってもらうためだ。
やがて殿が怒りで握った拳が少し緩む。
それを見て佐伯は殿の説得を(こころ)みる。

 「それでは殿にお尋ねします。」
 「なんじゃ?!」
 「祐紀のような霊能力者が他にいると思いますか?」
 「!・・。」

 佐伯の言葉に殿は押し黙った。
その様子を見て、再び佐伯は殿に聞く。

 「もう一度お聞きします、他に霊能力者はいますか、殿?」
 「・・・おらんじゃろうな・・。」

 そう言うと殿は再び黙る。
佐伯は押し黙った殿を見つめていた。
しばらくの沈黙の後、殿が佐伯に確認を行う。

 「結界は、本当に祐紀一人ではできぬのか?」
 「はい。」
 「・・・なんとかならんのか?」
 「なりませぬ。」
 「・・・。」

 「それでは殿、結界を諦めますか?」
 「・・・。」
 「ご決断を。」
 「結界の強化以外、方法はないのか?!」
 「ありませぬ。」
 「う、ぬ・・。」

 殿は再び押し黙ると、腕を組み目を(つむ)ってしまった。
佐伯は殿の様子を伺うしかなかった。
重苦しい沈黙が続く。

 佐伯の背中に冷や汗が流れる。
ひたすらに殿の言葉を待った。
しかし、いつまで待っても殿は姿勢を崩さず沈黙していた。
佐伯は覚悟を決めて殿に声をかけた。

 「殿、

の姫御子様をお呼び致しましょう。」

 「

が了承するわけがないであろう。
 仮に了承する事があっても、法外な見返りを要求されるであろう。」

 「見返り要求なしに、依頼ができるとしたら?」
 「何?!」
 「もし、できるとしたら如何(いかが)いたしますか?」

 殿は目を見開き固まる。
しかし、直ぐに冷静になり佐伯を見つめた。
佐伯も目は反らさずに殿を見る。
そして殿は、やれやれと首を横にふり、佐伯に語りかける。

 「もし、そうできたとして

が依頼を受けるかは別物であろう?」
 「いえ、姫御子様は依頼を受けます。」
 「なに?!」
 「

は依頼に乗ってきます。」

 殿は佐伯の言葉に思わず息をのんだ。

===============================
参考) 簡略して記載しております。参考程度にして下さい。
 ※1 : 蟄居 ちっきょ
    刑罰の一つ。
    家の中に閉じ込める刑。

 ※2 : 丹田 たんでん
    おへその下、3cm位の場所にある気に関連する場所。
    武芸などで気合いや、勝負を決める時、または座禅などで意識する場所。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み