第272話 解脱への道 その4
文字数 2,725文字
陽の国では神殿に国主 が招かれていた。
「ようこそお越し下さいました、国主 様。」
「最高司祭、儂を呼び出すとはよい度胸ではないか?」
「呼び出したなどと人聞きが悪い、国主様。」
「ふん! もう少し身分をわきまえたらどうだ?」
「身分をわきまえろ、ですか・・。」
「?」
「国主様はまだ分かっていらっしゃらないのですね?」
「何だと! どういう意味だ!」
「ですから、国主様がご自分の立場を分かっていないと言っておるのです。」
「貴様! たかだか最高司祭の分際で!」
「ですから、だいぶ勘違いされていらっしゃると言っておるのですよ。」
「!?」
「国主様の父上であるもと国主様が、緋の国と密通していた者を重用していた事の重大さを分かっていますか?」
「な、何だと! ち、父上はそのようなものを重用してなどおらん!」
「おや? お城での御重役方と大分意見が違いますね?」
「どういう意味だ!」
「本当にご存じないのですね・・・。」
「?」
「・・・なるほど。」
「・・・。」
「では知っておいた方がよろしいでしょう。
これは城中で真 しなやかに話されている事です。」
「な、なんだ、それは!」
「なんでもお城では、国主様が有能でないためある重役と緋の国とが結託してしまったとか。」
「な、何だと! き、貴様という奴は!」
「勘違いなさいますな。これは城中での噂です。
そのような事などないと私は思っております。」
「ううぬ・・!」
「ああ、それにその噂、具体的で噂とは思えない程です。
なんでも、その重役が緋の国との密約で、姫御子様を緋の国に与えようとしたとか。
そのため姫御子様を陥れ一介の巫女にし、こっそりと緋の国に渡そうとした、と。
ところがそれがバレて緋の国の間者が捕らえられた、とまで。
調べてみると、実際に緋の国の間者が捕られられているというではないですか。
いやはや、本当でしたら恐ろしいことでございます。
このような事が明るみに出てはたいへんでしょうな。
ああ、そうか、だから噂止まりという事もありますな。」
「ま、まさかお前が意図して情報を城中に流したのか!」
「勘違いしては困ります。
国主様、私は教会の者で政 とは関係ない存在ですよ。
それに私は国に忠誠を誓ってもおります。
それなのに何故か元国主様の勘違いで、私の娘が姫御子から一介の巫女に落とされたのです。
さらには私にもいわれの無い疑惑がかかり大変でございました。
それで思うのですよ、勘違い とは恐ろしいものだと。
勘違いをされた者でないと、その恐ろしさは分からぬものです。」
「ううぬ・・・!」
「国主様も気をつけなされよ。勘違いなどされたら大変ですぞ。
寝首を掻 かれるような事態にならないように。」
「貴様! 儂を脅すとはよい度胸だ!」
「滅相もない、たかだか一介の最高司祭にそのような事ができるわけが御座いません。」
「・・・。」
「そうで御座いましょう? たかだか一介の最高司祭なのですから。」
そう言って最高司祭は微笑んだ。
だが国主はその笑顔の中にある、底冷えをするような目をみてゾクリとした。
「ああ、そういえば・・。」
「な、何だ!」
「お城の重役から色々と相談されるんですよ。
私もほとほと困っております。
神薙の巫女様が、姫御子様に戻られる催事に是非とも参加させて下さい、と申し込まれまして。」
「?」
「祭事は、以前は国主様を通してでないと申し込みが御座いませんでした。
なのに今回、突然に国主様を通さずにお願いされているわけですよ。
皆様、どうされたのでしょうね?」
「儂の許可もなく、貴様は受け入れたというのか!」
「はて? 祭事に関しては国主様は何の権限もないのですよ?
ですから許可など国主様からいただく必要はないのですが。
ご存じないのですか?」
「・・・。」
「おや、知っていて仰っているのですね?
だとすると・・、まさか問題にしなかった事を、忠誠心だとでも?
法を無視するのが忠誠心などと、まさか仰 らないと思いますが?」
「・・・。」
「もし国主様の許可が必要だとお考えなら、法を変える必要があります。
私は別に構いませんよ。誰か賛同して下さると良いですね。」
「どういう意味だ! 儂の命に賛同する者がおらんとでもいいたいのか!」
「とんでもない、そのような事、私は言っておりませんよ?
そう思うのでしたらやってみてはいかがですか?」
そう言って司祭は微笑んだ。
だが目は笑ってはいない。
国主は最高司祭が真実を述べていると悟った。
しかも最高司祭が重役のほとんどを味方につけているであろう事も。
国主は父を恨んだ。
敵には回してはいけない者を、敵にしてくれたものだと。
自分の力を過信して周りの者達に担 ぎ上げられた父に腹をたてた。
そして何よりもこうなるなどと考えもしなかった自分の愚かさを痛感した。
国主は一度目を瞑 り、短いため息を一つ吐く。
そして・・。
「儂に何を望む?」
「おや、私の要望を聞いて下さると?」
「・・・ああ、そうだ。」
「そうで御座いますか・・、ですが一度、前の国主様が却下されてしまいましたからな・・。」
「・・・構わぬ、儂が許可をする。」
「さすが国主様です。
では陰の国から霊能力者・裕紀様に御神託の件での協力を仰いで下さいませ。」
「な、何だと!
神薙の巫女にちょっかいを出した男に協力依頼だと!
ならば神薙の巫女が裕紀に誑 かされたというのは本当なのだな!」
「国主様、先程言いましたよね? 勘違いとは恐ろしいと。」
「!・・・。」
「そしてその疑いは晴れた筈ですが? なのに疑っておられるのですか?」
「ううぬ・・、いや、だが他の重役達がなんというか・・。」
「おや、先程ご自分で忠義の者達がいると仰いませんでしたか?
いるなら問題ないのではないですか?」
「あ・・、いや、そ、それは・・。」
国主のなんとも情けない顔を見て、最高司祭はため息を吐いた。
「本当に国主様は何も分かっていないのですね。」
「?」
「私がこの件を話すということは、すでに重役達に話しを通してあるのですよ。」
「な、何だと!」
「これで分かりましたか? 国主様と私の力関係が?」
それを聞いて国主は項垂 れた。
そして思うのであった。
隠居させられた父の無念をこの男に晴らそうとしていた自分のバカさ加減に。
さらに言うなら・・
無念を晴らそうとしていたのは最高司祭の方であり、それは用意周到でありとても太刀打ちできるものではない事を。
国主は最高司祭に完全に屈服したのである。
そして最高司祭の恐ろしさを身にしみて感じるのであった。
陽の国から陰の国に親書と裕紀の助力を願う嘆願書が届いたのはそれから数日後の事であった。
「ようこそお越し下さいました、
「最高司祭、儂を呼び出すとはよい度胸ではないか?」
「呼び出したなどと人聞きが悪い、国主様。」
「ふん! もう少し身分をわきまえたらどうだ?」
「身分をわきまえろ、ですか・・。」
「?」
「国主様はまだ分かっていらっしゃらないのですね?」
「何だと! どういう意味だ!」
「ですから、国主様がご自分の立場を分かっていないと言っておるのです。」
「貴様! たかだか最高司祭の分際で!」
「ですから、だいぶ勘違いされていらっしゃると言っておるのですよ。」
「!?」
「国主様の父上であるもと国主様が、緋の国と密通していた者を重用していた事の重大さを分かっていますか?」
「な、何だと! ち、父上はそのようなものを重用してなどおらん!」
「おや? お城での御重役方と大分意見が違いますね?」
「どういう意味だ!」
「本当にご存じないのですね・・・。」
「?」
「・・・なるほど。」
「・・・。」
「では知っておいた方がよろしいでしょう。
これは城中で
「な、なんだ、それは!」
「なんでもお城では、国主様が有能でないためある重役と緋の国とが結託してしまったとか。」
「な、何だと! き、貴様という奴は!」
「勘違いなさいますな。これは城中での噂です。
そのような事などないと私は思っております。」
「ううぬ・・!」
「ああ、それにその噂、具体的で噂とは思えない程です。
なんでも、その重役が緋の国との密約で、姫御子様を緋の国に与えようとしたとか。
そのため姫御子様を陥れ一介の巫女にし、こっそりと緋の国に渡そうとした、と。
ところがそれがバレて緋の国の間者が捕らえられた、とまで。
調べてみると、実際に緋の国の間者が捕られられているというではないですか。
いやはや、本当でしたら恐ろしいことでございます。
このような事が明るみに出てはたいへんでしょうな。
ああ、そうか、だから噂止まりという事もありますな。」
「ま、まさかお前が意図して情報を城中に流したのか!」
「勘違いしては困ります。
国主様、私は教会の者で
それに私は国に忠誠を誓ってもおります。
それなのに何故か元国主様の勘違いで、私の娘が姫御子から一介の巫女に落とされたのです。
さらには私にもいわれの無い疑惑がかかり大変でございました。
それで思うのですよ、
勘違いをされた者でないと、その恐ろしさは分からぬものです。」
「ううぬ・・・!」
「国主様も気をつけなされよ。勘違いなどされたら大変ですぞ。
寝首を
「貴様! 儂を脅すとはよい度胸だ!」
「滅相もない、たかだか一介の最高司祭にそのような事ができるわけが御座いません。」
「・・・。」
「そうで御座いましょう? たかだか一介の最高司祭なのですから。」
そう言って最高司祭は微笑んだ。
だが国主はその笑顔の中にある、底冷えをするような目をみてゾクリとした。
「ああ、そういえば・・。」
「な、何だ!」
「お城の重役から色々と相談されるんですよ。
私もほとほと困っております。
神薙の巫女様が、姫御子様に戻られる催事に是非とも参加させて下さい、と申し込まれまして。」
「?」
「祭事は、以前は国主様を通してでないと申し込みが御座いませんでした。
なのに今回、突然に国主様を通さずにお願いされているわけですよ。
皆様、どうされたのでしょうね?」
「儂の許可もなく、貴様は受け入れたというのか!」
「はて? 祭事に関しては国主様は何の権限もないのですよ?
ですから許可など国主様からいただく必要はないのですが。
ご存じないのですか?」
「・・・。」
「おや、知っていて仰っているのですね?
だとすると・・、まさか問題にしなかった事を、忠誠心だとでも?
法を無視するのが忠誠心などと、まさか
「・・・。」
「もし国主様の許可が必要だとお考えなら、法を変える必要があります。
私は別に構いませんよ。誰か賛同して下さると良いですね。」
「どういう意味だ! 儂の命に賛同する者がおらんとでもいいたいのか!」
「とんでもない、そのような事、私は言っておりませんよ?
そう思うのでしたらやってみてはいかがですか?」
そう言って司祭は微笑んだ。
だが目は笑ってはいない。
国主は最高司祭が真実を述べていると悟った。
しかも最高司祭が重役のほとんどを味方につけているであろう事も。
国主は父を恨んだ。
敵には回してはいけない者を、敵にしてくれたものだと。
自分の力を過信して周りの者達に
そして何よりもこうなるなどと考えもしなかった自分の愚かさを痛感した。
国主は一度目を
そして・・。
「儂に何を望む?」
「おや、私の要望を聞いて下さると?」
「・・・ああ、そうだ。」
「そうで御座いますか・・、ですが一度、前の国主様が却下されてしまいましたからな・・。」
「・・・構わぬ、儂が許可をする。」
「さすが国主様です。
では陰の国から霊能力者・裕紀様に御神託の件での協力を仰いで下さいませ。」
「な、何だと!
神薙の巫女にちょっかいを出した男に協力依頼だと!
ならば神薙の巫女が裕紀に
「国主様、先程言いましたよね? 勘違いとは恐ろしいと。」
「!・・・。」
「そしてその疑いは晴れた筈ですが? なのに疑っておられるのですか?」
「ううぬ・・、いや、だが他の重役達がなんというか・・。」
「おや、先程ご自分で忠義の者達がいると仰いませんでしたか?
いるなら問題ないのではないですか?」
「あ・・、いや、そ、それは・・。」
国主のなんとも情けない顔を見て、最高司祭はため息を吐いた。
「本当に国主様は何も分かっていないのですね。」
「?」
「私がこの件を話すということは、すでに重役達に話しを通してあるのですよ。」
「な、何だと!」
「これで分かりましたか? 国主様と私の力関係が?」
それを聞いて国主は
そして思うのであった。
隠居させられた父の無念をこの男に晴らそうとしていた自分のバカさ加減に。
さらに言うなら・・
無念を晴らそうとしていたのは最高司祭の方であり、それは用意周到でありとても太刀打ちできるものではない事を。
国主は最高司祭に完全に屈服したのである。
そして最高司祭の恐ろしさを身にしみて感じるのであった。
陽の国から陰の国に親書と裕紀の助力を願う嘆願書が届いたのはそれから数日後の事であった。