第12話 牛頭と馬頭

文字数 2,254文字

 地獄・・それは流刑地の名だ。
閻魔大王は罪人を流刑地の地獄に流す裁判官である。
地獄は次元が切り離され隔離された地域である。
そこに罪人を入れるのは簡単であるが、抜け出ることはできない。
そんな次元が地獄であった。

 そんな地獄界はここ数百年、王が存在しなかった。
そのため、地獄界では絶えず覇権争いが起こり、一時の覇王が統治しては倒されていた。
そんな混沌とした世界であった。

 ある時、地獄界に牛頭(ごず)馬頭(めず)という英雄が現れた。
この二人、幼なじみで地獄界では有名な悪ガキだった。
互いに目を合わせるだけで、相手が何をしたくてどう動くのかが、阿吽(あうん)の呼吸でわかり合えた。
大樹に人が集まるがごとく、強者にも人が群がる。
この二人も名が知れ渡るにつれ、人が集まってきた。
子分が一人増え、二人増え、その子分がまた手下として子分を作り、ネズミ講式に組織が形成されていった。

 この図式は地獄界でよくみる一時の覇王の誕生に似ていたのだが、決定的な違いがあった。
それは、この牛頭馬頭コンビは、単なるチンピラ的な性格ではなく頭が切れた。
兵法書を読み、自分達にあった方式を研究し、また、部下も優秀な者にそれを伝授した。
これが、その当時まとまりの無かった地獄界としては異例の革新的な考えであった。
これが功を奏し、やがて大きな組織となり、瞬く間に敵対する組織をつぶしたり、傘下に納めていった。

 この二人の恐ろしいところは、敵対する組を潰したり、傘下に収めるだけではなかった。
潰した組織や、傘下に入った組から、優秀な人材は直属の幹部にしたことだ。
この柔軟性は今までになかった形態である。
優秀な者同士、認め合って協力し、今まで以上に強固な組織にする相乗効果があった。
これは組織を活性化させる起爆剤ともなった。
しかし、逆に古株や、引き抜かれた組から反発がおきた。
巨大な組織によくあることかもしれないが、決して一枚岩ではなかった。

 さて、その地獄界であるが・・・
ここにも神話が語り継がれていた。
ただし、人間界とは少し違っている。

 それは、開祖歴5193年に人間界に姫御子と、英雄が現れる。
人間界と地獄界で戦争が起こり、地獄界は人間界と熾烈な争いをし、ともに崩壊寸前になる。
地獄界の英雄・暗黒神が、人間界の英雄に討たれようとしたその時、戦争による殺戮を憂慮していた姫御子は、暗黒神の前に飛び出し代わりに切られて絶命する。
人間界の英雄は姫御子の死を嘆き、そして姫御子の御心を知り地獄界の殲滅をやめ撤退する。
暗黒神も身を挺し自分を救った姫御子の死を嘆いた。
そして、人間界と地獄界は話し合いを行い、平穏が訪れるという神話である。

 そのような神話が地獄界にはあるが、地獄界では人間はひ弱な生き物である。
そもそも地獄界における人間は、目の前になんの前触れもなく突然現れる生物であった。
そして現れた人間は、地獄界から元に戻ることができず地獄界に住み着く不思議な生き物である。
地獄界では、人間は奴隷かペットにされる程度の生き物だった。
運良く地獄界の住人から逃れた人間は山奥に隠れ住んでいた。

 地獄界でも突然現れる人間について科学者が興味をもつのは不思議では無い。
人間がどこから来るのか、研究が行われていた。
地獄界に来た人間を捕まえ、調査をしたが地獄界に来る前の記憶が一切ないのだ。
そのため、人間が送られてくる仕組みは解明されず、人間が送り込まれる場所に行く方法は謎のままであった。
ただし、その研究により人間が送り込まれてくる次元とは異なる別次元に行く方法を科学者は発見した。
そして、その次元の異なる世界に調査員(密偵)を送り込んで、侵略するかどうか検討をしていたのだった。

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 牛頭馬頭コンビが地獄界の覇王となり数年が経った。
すでに牛頭馬頭に敵対する勢力が皆無となり内戦は終結した。
牛頭馬頭は、皇帝となり地獄界の発展に尽くし始めた。
人間だと、皇帝は一人でないと国が乱れると考えるが、地獄界では一人であろうが、10人いようが気にはしなかった。要は力さえあって治められれば文句をいう筋合いではない。

 そんな牛頭馬頭に、別次元を調べていた密偵から知らせが入った。
人間界に不思議な赤子が居るという知らせである。
最初は牛頭馬頭は人間の赤子などに興味はなく無視していた。
しかし、臣下の中には神話にある英雄や姫御子が現れたのではないかと囁く者が出始めた。
そして、それがいつの間にか、巷に噂として広がっていく。

 牛頭馬頭は皇帝となり安定した国を造り始めたばかりなので、今は、国の基盤を固めて自分達の地位を盤石なものにしたかった。
そのような時、人間などというひ弱な生き物などに構っていられなかったのだ。
それなのに、噂を利用し異次元の人間が戦争をしかけてくると吹聴をし、人心を惑わす者が出てきたのだ。
これは人間を滅ぼすことにより民衆を安心させるため戦争をすべきだという者だ。
この者達からは、戦功をあげて牛頭馬頭に自分を認めさせたい野望が透けて見えた。

 国を疲弊させる馬鹿げた戦争を避けるため、牛頭馬頭は噂を黙って見過ごすことができなくなってしまった。
そのため、噂を流した者を国家を惑わす者として極刑にすることで、噂を封じ込めようとしたのだが、一度、広まった噂は消えることはなかった。
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