第177話 白眉・緋の国へ その3

文字数 2,574文字

 白眉(はくび)が宿場町を素通りしようと、宿場町の中を歩いていた時だった。
すれ違う旅人の会話が耳に入ってきた。

 「そうそう、そう言えば知ってるか?」
 「何がだい?」
 「この街道を少し外れた斎木(さいき)村って知ってるかい?」
 「ん? 確か神宝があるという村だろう?」

 「そうそう、そこの神宝が盗まれたんだとさ。」
 「ふ~ん、罰当たりな奴がいたもんだね。」
 「ああ、其ればかりじゃないぜ?」
 「ん?」

 「流行病で、その村、壊滅しそうだってよ。」
 「あらら、弱り目に祟り目ってやつかい?」
 「まあ、そんなところかな?」

 白眉はそれを聞くやいなや、その旅人を追いかけ声をかける。

 「もし!」

 白眉の問いかけに旅人二人は足をとめ、怪訝な顔をした。

 「なんだい?」
 「先ほど、話していた話しは本当かい?」
 「先ほどの話し?」
 「ああ斎木村の話しだ。」
 「御武家様、なにか気になることでも?」
 「ああ、ちょっとね。」

 旅人には白眉が武家に見えているようだ。
旅人は先ほど話していた事を白眉に話す。

 「流行病が蔓延(まんえん)しているという噂が流れているようですよ?」
 「いつから流行病が・・・。」
 「う~ん、地龍が山に(ねぐら)を造った頃だとか言っていたかなぁ。
だから三ヶ月前位かな?
まあその前後位かな。
それで地龍の(たたり)りじゃないかとか、地龍が神宝を奪ったとか噂が立ってるんだよ。」

 「地龍が奪っただと!」
 「え? ええ、そういう噂だよ?」
 「・・そうか、そのような噂があるのか・・。」
 「お侍さん、その村に知り合いでもいるんかい?」
 「・・ああ、そんなところだ。」

 「そりゃあ、なんというか、心配だね。」
 「・・・うむ・・。」

 白龍は考えこんだ。
旅人は急に黙って考えこむ白眉に顔を見合わせる。
しばらく旅人も白眉の様子を見ていたが、何も言わずに考えこむ白眉に困惑する。
相手は武家である。
このまま黙って立ち去るわけにもいかない。
旅人は、白眉に声をかける。

 「あの・・お侍さん?」

 旅人に呼びかけれて白眉はハッとした。

 「悪いけど、俺達先を急いでいるから、もういいかな?」
 「あ、ああ・・、すまん、呼び止めてわるかったな。」
 「いえいえ、じゃあ、あっし()はこれで。」

 旅人は軽く会釈するとその場を去って行った。
白眉は旅人の後ろ姿を見送る。
といってもそう見えるだけだ。
白眉はただ顔をむけているだけで見てはいなかった。
先ほどの旅人の話から何かを感じ取り、それについて考えていた。

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 あれは何時だったか・・・かなり昔の事だ。
その当時、地上と神の国を往復しながら白眉(はくび)は人と神の仲介を勤めていた。
まだ緋の国とか、陽の国が興る前の時代である。

 白眉はある神から斎木村に使いに出されたいたのだ。
その当時は斎木村と呼ばれてはおらず、単に”谷間(たにあい)の村”と呼ばれていた。
辺鄙な場所で固有名称を付けるまでも無く谷間にはその村しかなかったためだ。
その村の巫女(みこ)は霊能力が高く、その当時は巫女を頼り山を越えて巫女にお祓いや御託宣を授けに来る者さえいて、巫女へ来る者は絶えなかった。

 神は真摯に神に向き合い、神に貢献をしていたこの巫女に褒美を与える事にした。
そのお使いを白眉は任されたのだ。
神から巫女に与えられた褒美は、時代を経て”賛美の勾玉(まがたま)”と呼ばれるようになった。

 今では神から与えられたというい事実は言い伝えとして誰も信じていない。
白眉にとってはさほど昔ではないのだが、人にとってはご先祖のさらにご先祖の時代となる。
あまりに古い時代の出来事で、口伝でもあり村人が先祖を祭り上げた話しだと思われていた。

 それに”賛美の勾玉”は神宝というが、宝石的な価値はなかった。
そもそも勾玉という名がついているが、それは形状から付けられた名だ。
材質は翡翠(ひすい)ではない。
鈍色(にびいろ)の石で、見た限りでは川原に転がっていそうな石である。
ただ周りを写すほど表面は綺麗に磨かれてある事が、川原から拾ってきた石ではないことを示していた。

 そんな”賛美の勾玉”が盗まれたのだ。

 村にとってはお宝であり崇拝すべき神宝であるが、よそ者にはガラクタのはずだ。
普通、盗まないだろう。
他国の骨董好きの変わり者か、この村に悪意がある者ならば分からないわけではないのだが・・。

 しかし・・。
あり得ない事ではあるが、”賛美の勾玉”が何なのか知っていれば話しは別だ。
白眉はそれを懸念していた。

 それにしても、と白眉は思う。
”賛美の勾玉”が盗まれても、村に流行病など蔓延(まんえん)するはずはない。
あれは人々に呪いや不幸、災いをなすものではないのだ。

 さらに訳がわからないのは、それを自分が盗んだなどという噂が流れていることだ。
まるで自分を呼び寄せようとしているようではないか・・・。

 白眉は迷っていた。
自分を貶めた者が張っている罠だとしたら、今の自分では危険だ。
彼奴等は自分の弱点や行動をよく熟知しているからだ。

 だが、最盛期の力の半分も出せないとはいえ人とは比べようもない力はある。
それに自分を貶めた者達にこれ以上神の力を悪用させる訳にはいかない。
対峙するなら早いほうがよい。

 白眉はそう思い、意を決して行くことにした。

 それにしてもあの宝玉が盗まれる理由がとんと分からない。
流行病がそれによるという噂の真意も。

 「まぁ、行けば分かるか・・・。」

 そう白眉は呟き斎木村に足を向けた。

 斎木村は緋の国の国境を形作る山脈と、それと平行して形造られた山脈に囲まれた辺境の地だ。
白眉が来た道は、緋の国の国境から帝都へと続く街道である。
この街道をこのまま進むと、やがて大きなT字路がありそこを曲がる路は山へと向かっている。
斎木村へは、この路を行くしかない。
この道であるが奥に進むと、最終的には獣道のように細くなりやがて行き止まりとなる。
高山が壁となり遮っているのだ。
山を越える道はない。
つまり袋小路の谷間なのである。

 斎木村は霊験あらたかな場所にある。
ここで霊能力者が修行を積めば霊力が上がる。
そういう土地である。
だが残念なことに、近年、人は霊場だということを忘れてしまっている。
それに霊気を感じることができなくなってきてもいるのだ。
それは、神を信じていない事が原因である。
村も都会に出る若者が増え、寂れる一方であった。
古は雄大な寺院が建てられたり、王朝が置かれたというのに。
斎木村はそういう村であった。
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