第260話 陽の国・裕紀 その6

文字数 2,182文字

 しばらくして養父は盆を抱えて部屋に戻ってきた。
その盆には酒と(さかな)が乗っていた。

 裕紀(ゆうき)は養父が出て行った時と同じ姿勢で、そのまま机に座っている。
養父はそれを見て、ため息を吐く。

 盆を机に置き、酒や肴をテーブルの上に移し盆を机の(すみ)に押しやる。
猪口(ちょこ)を裕紀と自分の前に置き、徳利(とっくり)からそれにそそぐ。
(こう)ばしい(こうじ)香り(かおり)がし、お猪口から湯気がほんのりと見える。

 「寒いな・・。
暖炉の炭が燃え尽きて居るでは無いか。」

 そう言って養父は炭をくべに行く。

 陽の国の家の作りは独特だ。
陰の国は畳が使用され、暖房は囲炉裏か火鉢である。
それに対し、陽の国は板敷きで基本は暖炉である。
ただ暖炉で燃やすのは(まき)ではない。
炭である。
現代の暖炉とは異なる形状をし、炭からの遠赤外線と熱で暖めるのである。
背面にはぴかぴかに磨き上げられた金属板が鏡の役目を果たし、熱を反射するのである。
おそらく蓄熱の働きもしているのであろう。

 養父は炭を入れ終わると席に戻り酒をぐいっと()けた。

 「裕紀、飲め。」
 「・・・私は・・。」
 「飲め!!」

 裕紀は養父の強い言い方に肩をビクリと振るわせた。
そして、のろのろと顔を上げ、うつろな瞳で養父を見る。

 養父は右手を(かざ)し、人差し指で裕紀の前にあるお猪口を指す。

 裕紀は緩慢な動作でお猪口を手にとり持ち上げる。
しばらくそれを見た後、口をつけ一口飲み干した。
喉仏が軽く上下し、ゴクリという音が聞こえる。

 「暖かい・・、そして甘い・・。」

 「(うま)いであろう、酒というものは。
それも特上の酒で、初心者にも飲みやすい。」

 「お酒とは・・。」
 「お酒とは?」

 「美味しいものなのですね。
胃の()を抱きしめるかのように暖めてくれます。」

 「ははははははは、面白い表現だ。
うむ、そうだな、その通りだ。
酒はな、毒でもあり、薬でもある。
気の病んだ時に飲むと、毒にも薬にもなる恐ろしい飲み物だ。」

 「そのような恐ろしい飲み物を何故に私に?」
 「お前はこれを毒だと思うか?」
 「・・・いいぇ・・。」
 「ならばよいではないか。」
 「・・・はぃ。」

 裕紀はお猪口に残っている酒をグイと空け、お猪口を机に戻した。
すこし間を置いて養父がお猪口に酒をつぐ。

 「お前とこうして酒を酌み交わすのは(わし)の夢であった。
まぁ、できれば成人をし、めでたい席で飲みたかったのだがな。」

 「すみませぬ。」

 「お前が謝ることではない。
まぁ、ゆっくりと飲みなさい。」

 そういうと養父は自分のお猪口を口につけ一気に空ける。
そして酒をつぐ。

 しばらく二人は無言で酒を飲む。
裕紀は意外な事に酒はつよいようである。
顔を多少赤くしながらも、ゆっくりと酒を飲んでいた。

 しばらくすると部屋におとなう声がした。
養父がそれに応えると、女中が戸を開け盆を差し出した。
酒を持ってきたようだ。
どうやら養父が時間を置いて持ってくるように頼んであったようである。

 女中が下がり、また再び二人は無口で酒を飲む。
徳利が一つ空いた頃合いで、養父が口を開いた。

 「なあ裕紀・・。」
 「何ですか?」
 「いつから神薙(かんなぎ)巫女(みこ)を好きになったのだ?」
 「・・・。」
 「答える気はないか・・、そうか・・。」
 「違います、いつから好きになったのか分からないのです。」
 「?・・・。」

 「最初、我が国に訪問し互いに御神託を受けたときは特に好きだという感情はありませんでした。」
 「そうか・・。まぁ一度会ったきりではそうであろうな。」
 「ですが・・。」
 「?」

 「夢で会ってました。」
 「どういう意味だ?」
 「・・・・。」

 「神力による夢か?・・・。」
 「そう・・なのかもしれませんが、違うのかもしれません。」
 「?」
 「単なる夢にしては現実味があり、かと言って神力による夢見とは違うように思えます。」
 「ふむ・・・。」
 「神薙の巫女様にあってから、初めて経験した事なのです。」

 「そうか・・、では好きだと気がついたのはいつだ?」
 「養父様が陽の国におり、神薙の巫女様の言霊を聞いたときに・・・。」
 「?」
 「神薙の巫女様に危険が迫っていると感じたとき、居ても立ってもいられなくなり・・。」
 「・・・。」
 「そこで気がついたのです、私は神薙の巫女様が好きなのではないかと。」

 「じゃが、それは好感があるというだけで、好きとは違うのではないのか?」

 「それは・・そうかもしれません。
しかし、胸をえぐられるような、居ても立ってもいられない不安をどう説明すれば?」

 「・・・。」

 「それに神薙の巫女様が発した危険を知らせる言霊を聞く前にも、その・・。」
 「何だ?」
 「神薙の巫女様の顔を思い浮かべると胸がズキンとしました。
神薙の巫女様を思い始めたら、なにか、こう・・もやっとするというか・・。
他の事に手をつけられないというか・・。」

 「それは間違い(まちがい)なく医者でも治せん病気だな、裕紀。」
 「そうなのですか? これは病気なのですね!」
 「お前という奴はバカか! まともにとるでないわ!」
 「?」
 「はぁ、言い直そう・・、お前は間違いなく恋をしておるということじゃ。」

 「病気でなく?」
 「病気ではない・・、たぶんな。」
 「たぶん?」
 「はぁ・・、なんでどうでもいい言葉尻(ことばじり)(とら)える。 病気なんぞではないわ!」
 「そうですか・・、やはり私は恋をしているですね。」

 そう言って裕紀は、すこし微笑んだ。
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