第97話 観光地にて  その1

文字数 2,308文字

 帝釈天(たいしゃくてん)は地獄界の一層に次元移動してきた。
降り立ったのは、貧民街のような場所である。

 貧素な直ぐにでも壊れそうな家が並んでいる。
とはいえ二階建ての家が(ほとん)どだ。
よく倒れないものだと感心する。
錆び付いたトタンを外壁に打ち付けてある家もある。
だが、殆どが朽ちかけたような板の壁だ。
とても住める家とは思えない。

 そのような家に挟まれた小道に帝釈天は立っていた。
両側を家に挟まれた細い路地は、昼間だというのに薄暗い。

 家の前には小さなドブがある。
水の流れはなく、悪臭が漂っていた。

 「阿修羅の情報では、この辺りなんだが・・。」

 そう呟いて、すえた匂いのする薄暗い路地を歩いた。
歩いてものの数分、柄の悪そうな数人に突然取り囲まれる。
それも帝釈天を中心に円形に男達は取り囲んだ。
どこから湧いて出たのかと思われるほど突然だった。
逃げ場はない。

 「見かけね~、(つら)だな。」

 そう声を賭けてきたのは、リーダー格と思われる三白眼の男だ。
一般のものなら睨まれただけで、すくんでしまうだろう。
だが、帝釈天はノホホンとした声で答えた。

 「そりゃ、そうだろう、観光で初めて来たんだから。」
 「なにおぅ!! てめ~、喧嘩売ってんのか!」

 「いや、お前なんかに売ってどうする?
 安売りなどする気はないんでね。」

 その言葉を聞いて、男の顔色が変わった。
男は無言で素早く懐からドスを取り出す。

 「舐めやがって、あの世で後悔しやがれ!」

 おかしな話しである。
ここは、あの世であるはずなのだが?
そう場違いなことを帝釈天は考えた。

 男は、有無を言わさず帝釈天の心臓めがけて突いてきた。
帝釈天はドスが胸に当たる寸前、体を軽やかに斜めにする。
目にも留まらぬ早さだ。

 そのため、ドスは刺さる目標を失った。
相手は前のめりになり、そのまま帝釈天の横を過ぎていく。
帝釈天は過ぎていく男の尻を軽く蹴った。

 「ぐぇ!」

 カエルの潰れるような声を出し、顔面から地面に男は激突した。
そしてそのまま動かなくなった。

 「あれ? これで気絶すんの?
 少しは鍛えろよ?」

 帝釈天の言葉に、呆気にとられていた取り巻き連中がハッとする。
慌てて全員が懐や、ベルトで後ろに挟んであったドスを抜いた。
そして一斉に飛びかかってきた。

 このままでは、四方から切り刻まれても不思議ではない。
だが、帝釈天は平然としていた。

 そして、あわやドスが帝釈天に刺さるという時だ。

 帝釈天は目に見えない速さでしゃがんだ。
そのため、男達には突然帝釈天が消えたように見えた。

 「「え!」」

 男達は相打ちになりそうになり、慌ててドスを互いに引っ込めた。
その瞬間、帝釈天は膝蹴り、足払い、掌打などを繰り出した。
男達は訳がわからないうちに完全に伸された。

 「やれやれ、これでは準備運動にもならん。
 もう少し、ましな奴はおらんのか?」

 そうノホホンと呟くと、何事も無かったかのように歩き始めた。
その様子を影から見ている者がいた。

 帝釈天は、やがて少し開けた場所に出た。
貧民街の中心であろうか・・。
目の前にかなり古びた5階建てのビルがあった。

 「ああ、ここかな?」

 阿修羅の資料によると、この地域は昔はそれなりの秩序がある町だったらしい。
5階建てのビルがあることから、町の規模がうかがえる。
だが、このビル以外は通ってきた場所にあるのは木造だけだった。
おそらく、地域の象徴的な建物として特別に建てたのだろう。

 ここは地獄界だ。
力有る者が弱者を支配する。
この地域も例外ではなく、余所の勢力が襲ってきたのだろう。
そのため、この地域は結果として焼け野原になったに違いない。
役所は鉄筋であったため、唯一残ったようだ。
だが、廃墟であった痕跡が見受けられる。

 おそらく、この地域は長年うち捨てられていたのだろう。

 だが、やがてまた人々が少しずつ集まり出し、そしてまた貧民街が形成されたことは想像ができた。
そして、ご多分にもれず役所の建物は、この貧民街の権力者が使っているのだろう。

 おそらく、この地域はそれを繰り返している。
そして今、この建物は牛頭馬頭が使用している。

 帝釈天が、ビルに近づいたときだ。
帝釈天は突然横に30センチほどずれた。
その時・・

 チュン!!

 地面に小さな砂埃が上がった。

 「やれやれ、今度は飛び道具か?」
そういうやいなや、今度は軽く後ろに下がった。

 チュン!!

 帝釈天は何事もなかったかのように前に歩きだす。

 「いいかげん、面倒になってきたな・・。」
そう帝釈天は言うと、すこし眉を顰めた。
そして、さらに数十歩、歩いたと気だった。

 ガ、ガガガ、ガガガガガガガ、ガ!
マシンガンの音が鳴り響く。

 すると帝釈天の前で、物が当たる音がした。

 カン! カ、カン! カカカカカカ、カン!

 帝釈天の前で、銃弾が一度何かに当たったかのように静止した。
それがやがて地面にゆっくりと落ちていく。
弾丸は原型を留めたままだ。

 帝釈天は、ほんの僅か神力を使ったのだ。
だが、帝釈天はつまらなそうな顔をする。

 「何だ、この程度なら神力を使用しなくてもよかったな・・。
 それにしても原始的な武器だな・・。
 人間界でいう拳銃だったか?
 いや、ライフル?
 機関銃か?
 まあ、どうでもいいか・・。」

 そう暢気に呟いた。
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