第187話 祐紀・佐伯に翻弄される

文字数 2,762文字

 祐紀(ゆうき)の覚悟を聞いた佐伯(さえき)は、少しの間瞑目(めいもく)した。
そして・・、目を開くと祐紀にとんでもない事を言った。

 「()()()に行くがよい。」
 「え?」

 祐紀は最初、佐伯が何と言ったか分からなかった。
陽の国に行けなどと言うとは思わなかったからだ。
予想外の言葉に混乱する。

 だが、佐伯の言葉を頭の中でなんども繰り返し吟味した。
そして間違いなく、「陽の国へ行け」とそう言ったと確信した。

 だが同時に、冗談だと思い直す。
祐紀は笑みを浮かべ、「佐伯にご冗談を」と、口にしようとして固まった。
佐伯が静かに祐紀の目をじっと見つめていたのだ。
祐紀は冗談で佐伯が言っているのではないと(さと)った。

 「冗談で言ったのでは・・ないのですね。」
 「そうだ。」
 「・・・。」

 「何だ? お前は神薙(かんなぎ)巫女(みこ)に会いに行きたくなくなったのか?」
 「私は・・・。」

 祐紀はそう言って、言い(よど)んだ。

 「申せ。」
 「神薙の巫女様の元に駆けつけたいと、真摯(しんし)に思っております。」
 「だからそうせいと、言っておるのだ。」

 祐紀は押し黙った。
佐伯は祐紀が話すのをジッと待つ。

 祐紀は小さな溜息を吐き、佐伯に話し始めた。

 「私が()()()に行ったのが知れれば、佐伯様や、養父様に御迷惑がかかります。」

 「(たわ)け!」
 「?!」
 「(わし)も、其方(そなた)の養父もその程度でどうなるようなヤワではないわ!」
 「!」

 一喝して佐伯は祐紀を睨み付けた。
祐紀はなんと答えてよいか分からなかった。

 佐伯は祐紀に向かい落ち着いた声で(さと)す。

 「お前の養父が、お前の気持ちを聞いたなら儂が言ったことと同じ事をいうであろう。
陽の国に行けと。
父であれば息子に好きなように生きよと思うものであろうよ。
儂はお前の父でも養父でもないが、儂はお前を息子のように思っておる。」

 「え?」

 「じゃから迷惑をかけるなどという考えはいらぬ。
それにじゃ、儂はそれなりの地位と城主からの信頼も厚い。
まあ、自分でいうのもなんだがな。
お前の密入国くらいで責任を押しつけられても、(かわ)してみせるわ!
侮る出ないぞ儂を。
お前の養父も同様じゃ。
同じ穴の狢ではないがな・・はははははは!」

 その言葉に祐紀は胸からあふれ出てくる感情に、思わず流されそうになる。
だが寸前のところで自分を抑えた。
抑えなければ、その場で泣いてしまったであろう。
そしてなんとか佐伯に祐紀は答えた。

 「ありがとう御座います・・・。」
 「ふん、お礼など言われるほどのことではないわ!」

 そういって佐伯はソッポを向いた。
照れ隠しである。
祐紀もそれは分かっていた。
だからあえてそれ以上は礼の言葉を述べなかった。

 ただ・・・、陽の国に行けといわれても、では行って参りますというわけにはいかない。

 「あの・・、陽の国に行くとして道中手形は手に入れられるのでしょうか?」
 「無理じゃな、お前には下りるわけないであろう。」
 「そうで御座いましょう?」

 「祐紀、お前道中手形を手に入れて陽の国に行けると思っていたのか?」
 「いえ・・、ですからどうやって陽の国にいけばよいのかと・・。」
 「密入国しかあるまい?」
 「密入国ですか!!」
 「何を驚いておる?」
 「・・・す、すみませぬ、ちょっと意外でしたので。」

 「祐紀よ、お前は賢いと思っておったがそうでもないようじゃな。」
 「はぁ・・。」
 「お前の立場なら、道中手形無しで陽の国に行く以外にあるまい?」
 「確かに・・・、では、どうすれば陽の国に行くことができるのでしょうか?」

 「ふむ、もっともな質問じゃな。」
 「私が陽の国へ入国する方法は、容易ではないかと。」
 「そうでもないぞ?」
 「え?」

 「とりあえずお前なら密入国をどうすればできると考える?」
 「あるとしたら、道中手形の偽造でしょうか?」
 「無理じゃな、偽造など。」
 「・・・無理、ですか?」
 「ああ、あれは特別な焼き印が押されており、一見簡単に偽造ができそうだが無理じゃ。
焼き印の影に隠れて特殊な細工がしてある。
それを真似るなど容易くできるものではないのだ。
仕組みをしっている儂すらも偽造などできそうもない代物なのだ。
関所で今まで使用された偽造道中手形は数しれないが、通ったためしがない。
ばれて捕縛されたら有無をいわさず首をはねられる。
それでも偽造してみるか?」

 「いえ・・遠慮しておきます。」
 「それが賢明というものじゃ。」

 「ではどうすれば?」
 「陽の国に正規のルート以外で密入国をすればよかろう?」
 「え?」

 祐紀は唖然とした。
その様子を見て佐伯は悪い笑みをした。

 「先ほどお前は自分の命をかけても神薙(かんなぎ)巫女(みこ)を助けたいと言ったではないか?」
 「え? ええ・・・確かに言いましたが・・。」
 「なれば、そのくらいの勇気と覚悟ぐらいは有るであろう?」
 「・・ええ、覚悟はありますが・・。」

 「まあ、そうとはいえ実際に正規ルート以外で密入国するのは難しい。
なんどもその地に(おもむ)き観察をし、地域の者から情報を集め用意周到に計画しない限りは無理だ。
これはお前には現実的ではない。
それに関所抜けや、山越えなどを経験していないと、一朝一夕でできるものではない。
お前一人で実行しようとしたら、簡単に役人に捕まるであろうよ。
そうしたら神薙の巫女に会う前に、お前は自害しなければならなくなる。」

 「そうだろうと私も思います。密入国など無理です。」
 「だから、無理ではないと言っておるのが分からぬか?」
 「え?」
 「お前一人ではなく、人に頼み一緒に密入国をしろといっておるのだ。」
 「・・・あの・・、誰にですか?」
 「お前の養父にだ。」

 「え?! 養父(ちち)にですか?」
 「そうだ。
彼奴(あいつ)ならお前を容易く陽の国に密入国させられるだろう。」
 「?!」

 「よいな、お前は実家に戻り養父にこの事を話すのだ。」
 「養父にですか?」
 「そうじゃ。」

 「ですが養父は神につかえる一神社の宮司(ぐうじ)にすぎませんよ? 
密入国などの方法など知っているわけありません。
また知り合いにもそのような者がおるとは思えませぬが?」

 「ははははははは! 心配無用じゃ!」
 「え?」
 「理由は儂から話す気はない。知りたければお前の養父に聞け!」
 「え?」

 「だが、ここで一つ問題がある。」
 「問題?」

 「お前の養父はな、今、行方不明なのじゃ。」
 「え!!」

 「何、心配するでない。
彼奴は若かりし頃は、よく行方不明になった放蕩(ほうとう)息子じゃ。
すぐにブラリと帰ってくる。
それまで待て。
まあ待てぬと言っても、他に陽の国に行く方法がないのだから待つしかないのだがな。
よいな?」

 「・・・はい。」

 「わかったなら、この話しは終わりじゃ。
他に何か儂に聞きたいことはあるか?」

 「・・・いえ、・・・ございませぬ。」

 「ふむ、では帰れ。」
 「はい。」

 祐紀は深々とお辞儀をし、部屋を出て行った。
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