第229話 裕紀・養父に会う その2

文字数 2,027文字

 小屋全体が黒っぽく、夜のため全体がわかりにくかったのだが、小屋の内部は以外と広かった。
おそらく小屋は周りの木や藪との対比、膨張色と収縮色をうまく取り入れ錯覚させているのだろう。

 亀三(かめぞう)はこの様子から、この小屋の人物が世間から身を隠しているように思えた。

 入って直ぐに土間があり、(かまど)には火が入っていた。
その炎の揺らぎが部屋を怪しく照らしている。
この明かりが窓から漏れ、峠にいた自分達がこの小屋があることに気がついたのだ。

 世間から身を隠すような人物が、明かりを外に漏らすとは考えにくい。
自分達に居場所を知らせるために、あえて窓の戸板を外していたとしか思えない。

 つまり、自分達はこの者におびき寄せられたと言うことだ。
まあ、自分達は宮司様を探しての事だから問題はない。
亀三はそう思いながらも警戒を強めた。

 出迎えた者は土間の奥にある上がり(かまち)に上がり、部屋の板戸を開く。
すると中の明かりが差し込み、裕紀(ゆうき)は眩しさに目を眇めた。

 蝋燭(ろうそく)がその部屋の中を照らしていた。

 「え?! 蝋燭?」

 思わず裕紀は声を漏らす。
蝋燭など、一般庶民は高価過ぎて使わない。
使用するのは、豪商か裕福な武家ぐらいであろう。
行灯(あんどん)に使う菜種(なたね)油でも、このような山奥では贅沢と言える。

 裕紀が思わず(つぶや)いた言葉に、出迎えた者が反応した。

 「そう驚かれまするな。
儂はさる武家の出でしてな、妻の実家が裕福で頂いたものです。
渡そうとするのを断っているのですが、娘の夜の勉強のためだと言われましてのう。
まぁ、おかげで内職をするのにも重宝しておるのですよ。
ただ、贅沢なのは蝋燭だけで、後は自給自足の貧乏暮らしですがな。」

 そう言って出迎えの者は笑った。
裕紀は、出迎えの者が武家の出という事に唖然とした。

 「御武家様でしたか・・、これは失礼しました。」

 「あ、いや、(もと)、です、今はマタギですので。
この姿を見ればおわかりでしょ?
髭はボウボウ、熊皮の服など武家であるわけがない。
ははははは、まぁ、そういうことです。」

 「はぁ・・。」

 「まぁ、お上がり下され。」

 そう言って、部屋に上がるように勧めてきた。
部屋の中央には囲炉裏があり、薪が赤々と燃えており暖かい。

 小屋の主らしき人物は、亀三をちらりと見て言葉をつげたす。

 「あ~、それから裕紀様のお付きの方、(ふところ)に手を入れておく必要はないですぞ?」
 「・・・。」

 亀三は、その言葉には応えない。
無言だ。
出迎えの者は、一つため息を吐いた。
そして、亀三に話しかける。

 「儂は神一郎(しんいちろう)様に、昔、助けられた恩があります。
詳しくは後ほど話しますが、決して(あだ)なす者ではございません。
神一郎様は手傷を負いましてな、それを拙者が助けた次第です。」

 その話しに裕紀が飛びついた。

 「よ、養父様は! ど、どのような状況なのですか!」

 今にも飛びつきそうな勢いに、出迎えた者は両手を前に突き出した。
落ち着け、と言っているのだ。

 裕紀は、はっとして思わず頭を下げた。

 「す、すみませぬ、取り乱して・・。」
 「いえ、気にしなくてもよいですよ。
貴方様が養父様を心配するのは至極当然ですから。」

 そういって出迎えの者は、ニコリと微笑んだ。

 「なに、神一郎様は大丈夫でござるよ。
安心して下さい。
直ぐに会わせます。
儂は、あなた方の敵ではござらんよ。」

 「・・・わかりました。」

 亀三が頷き、そう言うと(ふところ)から手を離した。
殺気を感じないことや、話している時の様子から嘘はなさそうだと判断したのだ。

 「さぁさぁ、お上がり下され。
外は寒かったでございましょう。
囲炉裏で暖まって下され。
それとも、直ぐに神一郎様にお会いになりますか?」

 その言葉に、裕紀は上がり框の手前で立ったまま問いかける。

 「あの・・、養父様の様態は?
大丈夫なのでしょうか?」

 「大丈夫かと言われれば、大丈夫とは言えませぬ。」
 「え!」

 「あ、勘違いなさいますな!
命に別状は無いので。
儂が言いたいのは、今すぐ下山は無理だという事です。
そういう意味で大丈夫ではない、と。
まぁ、余裕を見てあと2週間もすれば下山できるでしょう。」

 「そうですか! ・・・・よかった。」
 
 「まあ、そこで立ったままではなんですから・・。」
 「それでは、お言葉に甘えて上がらせて頂きます。」

 裕紀と亀三は部屋に上がり、部屋の戸板を閉めた。
そして囲炉裏の側に腰を下ろす。

 「改めて、儂はこの小屋に住んでおります猪座(いのざ)といいます。」
 「へ? 猪座? 武家では無かったのですか?」
 「先ほども申したように、武士を捨てたんですよ。
マタギが侍の名前を名乗るのはおかしいでしょう?
それらしい名前を名乗ることにしたのですよ。」

 「失礼しました。
私は裕紀と申します。」

 「私は亀三。裕紀様の神社の奉公人です。」
 「え? 奉公人? 用心棒ではなく?」
 「はい。」
 「・・・・かなりの腕前のように見えますが・・。」
 「いえ、そのような事は。」

 「そうですか?
神一郎様の弟子なのでしょ?」
 「!」
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