第244話 緋の国・白龍 その6

文字数 1,998文字

 バリスが呼び鈴を鳴らすと、直ぐにドアがノックされた。

 「お呼びでしょうか?」
 「ああ、クロウドを呼んできてくれ。」
 「(かしこ)まりました。」

 そう言うと呼ばれた者は去って行った。
やがて5分くらいしただろうか・・。
再びドアがノックされた。

 「入れ。」

 ドアを開け20代半ばと思われる男が二人入って来た。
クロウドと、もう一人は先程呼び鈴で呼ばれた男である。
名をテンスという。

 クロウドと、テンスはバリスの従兄弟(いとこ)だ。
この二人には眷属から引き継がれた神力はない。
神力があるのはバリスだけである。
そしてクロウドと、テンスは本家であるバリスに(つか)える侍従的立場であった。
だが、この二人の本来の姿は暗殺者である。
この一族は眷属から能力を受け継いだものが本家の家督をつぐ。
なぜか能力者は同時代に一人しか生まれないのだ。
残りの者達は、その者を絶対者として仕えることとなる。

 バリスは二人に宰相からの命令を話した。
地龍を二週間で捕まえるという話しに、クロウドとテンスは盛大はため息を()いた。

 「バリス様、で、どうされるのですか?」
 「当初通り、(わし)(おとり)になり地龍を捕まえるしかあるまい。」

 「まぁ、そうでしょうな・・。
ですがこの国を去るという選択肢もありますぞ?」

 「そうなのだが、地龍の(ひげ)がこの先、手に入るという保証は無い。
これが千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスなのは確かなのだ。
だから危険を(おか)しても、地龍の髭をもらい受けてからこの国を去る。」

 「わかりました。」

 その時、突然にテンスが(ふところ)から何かを取り出し部屋の隅に投げた。

 カッ!

 壁に短刀が刺さる。

 「ん!! テンス何事だ!」
 「あ?! いえ、人の気配がしたので・・。」
 「なんだと!」

 三人は部屋の(すみ)凝視(ぎょうし)した。
だが、部屋の隅にはソファーがあるだけで人の気配はない。

 クロウドは用心深く、短刀が刺さった壁に向かう。
だが、クロウドが念入りにソファーの周りを調べたが、人の気配はなかった。

 「テンス、気のせいではないのか?」
 「うむ・・、そうかもしれぬが・・。」

 「この部屋では隠れる場所もないし、出入り口はお前達が入ってきた場所しかない。
気のせいであろう。」

 そう言ってバリスは肩をすぼめ、気にしすぎだと言った。
テンスは同意した。

 バリスは二人に椅子に腰掛けるようにすすめ本題に入る。

 「さて、地龍をおびき寄せるために臭い消しの薬を今日から()める。」
 「バリス様、そうなると二、三日で地龍は臭いをかぎ付けますかな?」
 「そんなところであろうよ。」

 クロウドがそれを聞いてバリスに軽口を叩く。

 「バリス様、臭い消しの不味い薬草から解放されてようございましたな。
それにしても臭い消しの作り方とか、あの一族の秘蔵書は優れた書物ですな。」

 「ああ、奪っておいて正解だったな。
地龍の髭の煎じ方から、地龍の生態など至れり()くせりだ。」

 「ほんに・・。
龍の世話をするために、気を遣ってあれこれと考案した知恵が役にたつとは。
まさか龍を捕まえるために使われるとは思ってもいなかったでしょうな。
あの一族もあの世でこれを見て地団駄(じたんだ)を踏んでいる事でございましょう。」

 「ふふふふふ、そうかもしれぬな。」

 そう言って三人は笑う。

 「で、テンスよ、地龍へのしびれ薬の入手を早めてくれ。」
 「畏まりました。何とか明後日までには手に入りてみせましょう。」
 「明後日か・・、しかたあるまいな、それで頼む。」

 バリスはそう言うと、クロウドとテンスの各々(おのおの)にゆっくりと視線を向けた。
クロウドとテンスはその視線を受け、バリスが口を開くのを待つ。

 「さてクロウドよ、地龍へのこの館の罠の件だがな・・。」
 「明後日までに完成させねばならぬのですよね?」
 「そうだ。」
 「ところで薬を止めてバリス様から臭いが出たとして、直ぐに龍が見つけられるものなのですか?」

 「あの秘蔵書には、龍は他国からでもこの国にいる事がわかるとある。
さらに10km程の範囲なら、ほんの少しの臭いでも位置を正確に掴むともな。」

 「恐ろしい嗅覚ですな。」

 「ああ、恐ろしい。
もし、あの秘蔵書に臭い消しの薬や、龍の生態が書かれていなければ儂は今頃この世にはおらなんだ。」

 そう言ってバリスは、右手の人差し指で机を軽くトントンと叩いた。

 「ともかくだ、地龍はすでに都におる可能性があるから罠の完成を早急に頼んだぞ。」
 「ええ、突貫工事で間に合わせますのでご安心を。」

 「うむ。それから罠が完成した後、罠に人間の臭いをつけたままにするなよ?
人の臭いで罠に感づかれたら元も子もないからのう・・。」

 「心得ております。計画どおりに抜かりなくすすめて参ります。」

 「それならよい。
それにしても、あの一族に感謝しかないのう。
地龍を捕まえられるのも、儂の命が助かるのも、すべてあの秘蔵書のおかげだ。
秘蔵書様々だ。」

 「まことですな~。」

 そういって三人は再び笑い合った。
 
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