第180話 青陵・斎木村を襲う

文字数 2,631文字

 青陵(せいりょう)斎木(さいき)村の山間(やまあい)で龍の姿となった。

 龍といっても種族がある。
天龍と地龍である。
地龍と天龍は似たような姿ではあるが微妙な違いがある。

 青陵は天龍であり、白眉(はくび)は地龍である。
青陵は地龍に擬態した。

 時刻は逢魔(おうま)(とき)であった。

 人はこの時刻を怖れる。
物の怪(もののけ)が姿を現す時刻といわれているからだ。
そのため魔に逢う時と言うことで、逢魔が時という。

 逢魔が時は、日が落ちた直後である。
辺りが急激に暗くなり、人の目が暗さに順応できない(とき)をさす。
この時刻に辻で人と出くわせても見えず、ぶつかっても不思議ではない。
そのような暗がりの時刻である。

 青陵はこの時刻ならば、擬態に多少失敗したとしても分からないだろうと選んだのだ。
何分にも地龍になど擬態したことがなかったからだ。
自分の姿が確実に擬態したかの確認など、姿見の道具がなければできない。
地上界に、そのような道具などあるはずがない。
だからもしも似ていない箇所があったとしても見つけにくいこの刻を選んだのだ。

 それに人が怖れている逢魔が時に、龍に出くわせば恐怖が倍増され細かい相違など気がつくはずはないという計算もあった。
さらに地龍が出たという噂も広まっているこの時期に、龍を見たら地龍と思い込むはずである。

 そう青陵は考えたのだ。
青陵がこれほど気を(つか)うのには訳がある。

 神にこれから行う自分の所業を知られたくないのだ。
忙しい神は地上など一部の例外を除き、普通は見ていない。
神は定期的に巫女などの霊能力者の思考をくみ取り、人の世を知るのだ。
そのため人が天龍により災いをもたらしたと認知させるわけにはいかない。
地龍の仕業と見せて、自分ではないとしたいのだ。
神はもう地龍を信頼などしていないであろうが、さらに地龍に汚名をきせたいと青陵は考えていたのだ。
つまり、地龍である白眉を呼び寄せ、さらに白眉に罪を着せる。
そういうことである。

 青陵は龍の姿で斎木村の真上を、ユックリと円を描いて浮遊する。
あえて地龍がこの村に現れたと目撃させるためだ。

 今は新月。
満天の星の中をゆったりと揺蕩(たゆた)う。

 しばらくすると上空にいる自分に気がついた者がいた。
山を一つ越えた街道を歩いていた旅人だ。
それに気がつくと、青陵は眼下に眩い稲光とともに一本の太い雷を落とした。

 満点の星空から突如強烈な光を発し雷が轟音とともに地上を襲う。

 ドン!!

 地面が揺れた。
雷の落ちた先は(やしろ)である。
この村が大切に神宝を(まつ)っていた神社だ。

 神社は木っ端微塵(こっぱみじん)に砕け散った。
辺り一面に飛び散った破片が燃え上がっている。

 ただ、神社が跡形も無くなったわけではなかった。
神社の祭壇だけがポツンと残っていたのだ。

 周辺の燃え上がる木っ端が、その祭壇を照らし出す。
もともと社などなく、祭壇が野ざらしで設置されているかのようだ。
そして周辺で燃える木っ端が、松明(たいまつ)のように祭壇を照らし出している。

 青陵は(そら)から祭壇を見下ろしていた。
やがて多くの村人が落雷に驚き、ワラワラと家々から飛び出してきた。
そしてお社が無くなっているのを見て騒然となる。

 そのような中、村人の一人が宙を見上げた。

 「な、なんだべ、あ、あれは!!」

 その声に別の村人が、指さす方向を見て叫んだ。

 「ち、地龍だ!!」

 その言葉を合図に村人がパニックとなった。
腰を抜かしてその場にしゃがみ込む者、我先にと逃げようと他者を押し倒す者・・。
老若男女の悲鳴が、子供の泣き叫ぶ声が響き渡る。

 それを見た青陵はニヤリと笑った。
地龍と認識されたこと、そして恐れおののく人間を見て笑ったのだ。
青陵は木っ端微塵になった社跡(やしろあと)、祭壇だけが辛うじて残った場所に降り立つ。
そして祭壇から神宝を口にくわえた。

 青陵は恐慌状態にある村人をユックリと見渡す。
そして直ぐには飛び立たず、その場で何やら呟き始めた。
神宝を咥えた口の端から不思議な音が響きわたる。
声明(しょうみょう)のような節回しと声音(こわね)であるが、ゾクリと背中に寒気が走る不気味さがあった。
村人は恐怖で目を見開き、それを聞いていた。

 やがて青陵は無言となり、一度周りを見渡してからユックリと天に昇っていく。
そして・・上空で忽然(こつぜん)と消えた。

 村人達は呆然とその様子を眺めていた。

 ---

 青陵(せいりょう)がいなくなって暫くの(のち)、庄屋の家の広間に人々が集まった。
その人々を前に庄屋が、焦燥した様子で村人に語りかける。

 「地龍の件で話しがある。」

  村人は無言で(うなず)く。

 「本来なら、禰宜(ねぎ)巫女(みこ)に地龍の件を相談したいところだ。」

 そう言って庄屋は目を固く(つむ)る。
そしてユックリと目を開きながら村人に語る。

 「神社の者は、地龍の雷で跡形もなく消え去ったようだ。」

 その言葉に村人は息を呑む。
庄屋は神社関係者を、青陵が消えたあと必死で探したのだ。
だが、どこにも見つからないのだ。
あの雷で跡形も残らず消えたとしか考えようがないのだ。

 庄屋は話しを続ける。

 「どうやら地龍は、神宝が欲しくてこの村に来たようだ。」

 村人は無言で(うなず)く。

 「神宝は奪われたが、神社以外被害はないのが不幸中の幸いで・」

 そう庄屋が言ったとき、ドサリ! と、人の倒れる音がした。
何事かと人々が一斉に音のした方を振り返る。

 そこには倒れ込んだ村の若者がいた。
喉をかきむしり口から泡を吹いている。

 「竹蔵!!」

 悲鳴を上げ傍の者が駆け寄った。
村人も竹蔵を中心に周りを取り囲むように集まる。

 村医者が人々をかき分け、竹蔵の傍にきて竹蔵を抱えた女房をどかし様態を見た。
そして医者は庄屋の方をみて、顔を横に振った。

 竹蔵の女房が悲鳴を上げ、竹蔵に(すが)り付いた。
村人はただただ唖然として立ち尽くす。

 それからであった・・・。
日に一人か二人、竹蔵と同じように突然、農作業の途中や食事中、または就寝中に喉をかきむしり、口から泡を吐き倒れだした。

 この噂はあっという間に近隣の村々に広まった。
村人は流行病(はやりやまい)だと思い村を捨て出ようとした。
だが、村から出ることは(かな)わなかったのだ。

 村の出口は何時の間にか役人により閉ざされたのだ。
領主が流行病(はやりやまい)と聞いて村を隔離したのである。

 そして隔離しただけで、領主は何もしなかった。
村を見殺しにし、流行病を封じ込める政策をとったのだ。

 村人はなんとか村から抜けようとした。
だが、村の出口に近づくと役人が弓を放つ。
それ以上、こちらに近づくなという意思表示だ。
村人は諦めるしかなかった。
それでも深夜に村から抜け出そうとした村人がいた。
しかし尽く(ことごとく)、その村人は弓の餌食となった。
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