第267話 陽の国・邂逅 その2

文字数 2,063文字

 最高司祭と神一郎は二人の様子を、ほほえましそうに見ていた。
そして最高司祭は、ハッとした。
ほのぼのとしている場合ではない!

 「神一郎、あの二人、声がデカいがよいのか?
周りにあまり聞かれては困るぞ!」

 「ああ、気にするな。 この階には今だれもおらん。
皆仕事で出払っておるから、安心して惚気(のろ)けてもらって構わん。」

 「の、惚気るだと!
おい裕紀、儂の娘を誑かすでないぞ!」

 「へ?! た。誑かす?」
 「よ、養父様! な、なんという事を!」

 「神薙の巫女よ、欺されてはならんぞ!
裕紀はお前に会いにこの陽の国に来たのに違いないのだ。
そうであろう、裕紀!」

 「は、え、あ・・、え、はい!」

 「ほらみろ、神薙の巫女よ。
これが男というものだ。
お前のような美人を見れば、見境なく惚れてしまうものだ。」

 「ほ、惚れてしまう?! え、そ、そんな!
そんな事は御座いませんよね、裕紀様?」

 「え? あ、え? あ、いゃ、それは、その、あの・・。」
 「え! では、あの・・つまり私にほ、惚れている・・・と。」
 「えっと、あの、そ、それは・・、はぃ・・・。」

 「ゴホン! おい、昼間から、会ったそうそう何を話しているのだ裕紀?」
 「あ! 養父様・・、す、すみません!」

 裕紀は宮司である神一郎から睨まれ、いたたまれないという様子を見せた。

 「助左様!」
 「?」
 「あ、いえ、神一郎様、ま、間違えました・・。」
 「はぁ、まぁいいですけど?」
 「あ、あの裕紀様を叱らないで下さいませ。」

 そういって神薙の巫女は頬を膨らませる。
それを見て最高司祭がため息を吐いた。

 「はぁ、一端落ち着かぬか? 皆の者・・。」

 その言葉に互いが顔を見あわせ、首を縦にふるのであった。

 「とりあえず、席に着こう。」

 神一郎のその言葉に、神一郎以外の全員が席に着いた。
神一郎は側にあったお茶道具でお茶を入れる。

 「あ、養父様、それは私が。」
 「よい、お前は座っておれ。神薙の巫女様のお顔を見て居れ。」
 「え?!」

 裕紀はちらりと神薙の巫女の顔を見て、俯いた。
再び顔が真っ赤になる。
その様子を見て、神薙の巫女も顔を真っ赤にして、裕紀と同じように俯いた。

 最高司祭は、裕紀を見つめる。
神一郎は、そんな最高司祭を見つめため息をついた。
お茶を各人の前に置き、神一郎は自分の席に着く。
そして口を開いた。

 「最高司祭様、本日はお越し下さり申し訳ない。」

 「いや、何、宮司様、儂が出向いた方が何かと都合がよかっただけだ。
気になさらないで下され。
で、儂を呼び出した理由を聞いても、宜しいか?」

 「ええ、それなんですが・・。」

 神一郎は裕紀が神薙の巫女に一度しか会ったことが無いのに親近感を感じている事。
ただ、本人は何度か会っているという感覚があり、それは迷い事とは思えない事。
そして御神託が、これに関与しているのではないか、と。

 それを聞いて最高司祭は、なんどか頷いた。
そして・・。

 「我が娘も同じようなことを言っておる。」

 そう最高司祭が言うと、宮司は目を見開き神薙の巫女を見た。
顔を上げた神薙の巫女が、軽く頷く。

 最高司祭は宮司を見つめて言う。

 「実はな、儂も宮司様と同じ考えだ。
これは御神託と関係があるのではないか、と。」

 宮司と最高司祭は互いに頷きあった。

 裕紀が最高司祭の話かけた。

 「あの・・。」
 「何じゃ?」

 「御神託は神聖なものです。
そこに人の恋愛などという俗世の要因など入り込むものではありません。」

 「そうだ。」
 「でしたら私の恋愛感情は何なのでしょうか?」
 「知らん!」
 「え?」

 「養父様!」

 あまりの無愛想な最高司祭の物言いに神薙の巫女が養父を睨み付けた。
最高司祭はソッポを向く。
ソッポを向きながら、最高司祭は裕紀に言う。

 「儂にも分からんわ!
じゃが、どう考えても、そうとしか思えないのだ。
お前もそう思うから、儂に聞いておるので有ろうが!」

 「そうなのですか、裕紀様?」
 「え? あ、・・・はい。」
 「私を慕ってくくれているのですね?」
 「はい・・。」
 「嬉しい!」

 神薙の巫女は再び顔を真っ赤にしながら、目をキラキラさせ裕紀を見つめる。

 「あの・・、神薙の巫女様は私を・・。」
 「お慕いしております。」
 「?!」

 裕紀も顔をさらに真っ赤にしながら神薙の巫女を見つめた。

 「最高司祭様、裕紀は神薙の巫女様を誑かしておりますぞ?」
 「養父様!」

 宮司がニヤリとして最高司祭に言った言葉に、裕紀が噛みついた。
最高司祭はといえば・・。

 ただ苦い顔をして宮司を睨む。

 「でだ、最高司祭様、どうする?」
 「どうすると言われてもだ・・・。」
 「言われても?」
 「じゃあ、聞くが宮司様はどうするのだ?」
 「どうすると言われてもなぁ・・・。」
 「で、あろう?」
 「ああ、そうだな。
あの権力者どもを納得させるのは難しいな。」
 「儂も同じじゃ。」
 「さて・・、どうする?」

 最高司祭と、宮司は顔を見合わせ肩をすくませた。
裕紀と神薙の巫女は互いに見つめ合って、互いの養父の会話は耳に入っていなかった。
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