第189話 祐紀・実家の神社に帰る

文字数 2,832文字

 祐紀(ゆうき)佐伯(さえき)に言われた通りに、実家の神社に帰ることにした。
陽の国へ行くため養父へ助力を求める事にしたのだ。
佐伯にお(いとま)の挨拶をし帰路についた。

 実家である神社に辿り着き、玄関に向かって境内(けいだい)を歩く。
すると手水舎(てみずや)(※1)の近くで掃除をしていた神主がそれに気がついた。

 「え! ゆ、祐紀様!!」

 神主は驚きに目を見開き、手にしていた箒が転げ落ちた。
何でこんなに驚いているのだ、と祐紀は思った。

 この神主は、間宮(まみや) (くま) という。
なんでも熊のようにたくましく育って欲しいと名付けられたという。
だが、ヒョロリとして子供がぶつかっただけで倒れそうな体躯である。
祐紀とは一回り歳の離れた従兄弟(いとこ)叔母(おば)の長男)である。

 「皆!! 祐紀様だ! 祐紀様が帰られた!!」

 そう熊は大声で叫びながら、祐紀に駆け寄り祐紀に抱きついた。
それも勢いよく。

 「ぐわっ!! く、苦ひい!!! は、離してくれ、く、熊!!」

 ひょろっとした体のわりには凄い力である。
そういえば奉納された酒樽や、米俵をいとも軽々と運んでいたことを祐紀は思い出した。

 いや、思い出している場合ではない、このままでは抱き潰されて死ぬ!

 女性に抱かれて死ぬならまだしも、男に抱きつかれ死んだなど洒落(しゃれ)にもならない。
祐紀は熊の背中をバシバシ叩き離れるよう意思表示をするが、熊には通じない。

 そうこうしている間に、ワラワラと神社に仕えている神主、巫女が駆け寄ってきた。
その内の一人、巫女がのんびりと熊に声をかけた。

 「あらあら、熊、何をしているのですか?」
 「え?」
 「祐紀様が死にそうになっているように見えるのですが?」
 「え!!」
 「でも、死にそうに見えるのは、たぶん私の気のせいよね。」

 いや!気のせいではない!
祐紀は声が出せず、心の中で必死に叫ぶ。
そんな必死の祐紀を意に介さず、巫女はのんびりと熊に話しかける。

 「それにしても日中堂々と男同士で抱き合うなんて・・。
なんて情熱的で素的な光景かしら?」

 「あ!」

 熊は慌てて祐紀から離れた。

 「ゴホゴホゴホ!!」

 祐紀は突然息ができるようになり()せた。
肺が新鮮な空気を急激に求めたのだ。
祐紀はなんとか息を整える。

 「し、死ぬかと思った・・・。」
 「す、すみません・・。」
 「祐紀様、死ぬなどと大げさな、ホホホホホホ。」

 冗談ではなく本当に死にかけた祐紀である。
ノホホンと笑うこのズレた感覚の巫女の名は、梅という。
歳は40に近い。
幼き頃、天気や地震などの予知をし、この神社の巫女となった。
御神託を聞く能力はないが、巫女としての才を認められたのだ。
神に身を捧げ独身を貫き、今も修行を続けている生粋の巫女でありこの神社の巫女を束ねている。
そして祐紀が乳飲み子であった頃から世話をしている。
祐紀には頭が上がらない人である。

 「お梅、久々・・かな?」
 「そうですね、でも、まぁ、大きくなられて・・・オシメが取れたばかりだというのに・・。」
 「う、梅・・・。」

 オシメが取れたばかりって・・・。
祐紀はヨチヨチ歩きの赤ん坊ではない。
それに梅と離れたのは、寺社奉行の佐伯の所に滞在した時間くらいである。
突っ込み所満載であるが、これが平常運転の梅である。

 祐紀は何ともいえない顔をし、梅に話しかけた。

 「ところでお梅、何故これほど私が帰ってきただけで皆が驚いているのだ?」
 「え?」

 皆が唖然とし、やがて非難の眼差しに変わる。
え? 何かしたっけ? と、祐紀は(あせ)った。

 祐紀は忘れていたのだ。
宮司(ぐうじ)、および継嗣(けいし)は神社を留守にしていて帰るときは、あらかじめ帰る知らせを神社にするのが慣例である。
そのことを祐紀は幼き頃から教えられていた。
だが、陽の国に行くことに気を取られ、帰る連絡を忘れていたのだ。

 留守を守る神職は、帰ってくる祐紀を迎えるためそれなりの準備や処理が必要なのだ。
突然帰られても、即座に対応できるものではなかった。

 梅は笑顔で祐紀を社務所へと(うなが)した。
その笑顔の意味するところは、言わずもがなである。
祐紀は梅と熊に連行されるが如く、社務所に連れていかれた。

 そして祐紀は梅に淡々と説教をされることになる。
長い説教が終わり、梅が一息をつく。

 疲れた・・・。

 祐紀はぐったりと椅子に座っていると、神主の兵衛(ひょうえ)が社務所に入ってきた。
間宮兵衛(まみやひょうえ)。祐紀の叔父(おじ)である。
養父が長男、兵衛は次男である。
兵衛は養父が留守時の代行責任者でもある。

 祐紀は長い説教から解放された安堵感と、久々に見る叔父の顔にホットした。
思わず明るい声で呼びかけた。

 「兵衛!」
 「お帰りなさいませ、祐紀様。」
 「只今戻りました、」
 「おや、帰るという連絡はなかったが?」
 「はい、忘れていてそのことで梅に説教をされておりました。」

 梅がポツリと呟く。

 「ほんに祐紀様は・・。」

 梅のこの一言に祐紀は焦った。
終わったばかりの説教がまた始まりそうな予感がし、慌てて兵衛に声をかける。

 「兵衛、養父様は?」
 「え? 祐紀様は兄、いや失礼、宮司様が居なくなったことを存じておらんのですか?」
 「いや、それは寺社奉行所で佐伯様から最近聞いてはいた。
詳細は神社に帰って聞けと言われて・・。」
 「はぁ~・・・、兄は子にも言うわなかったのか・・。」

 兵衛は溜息をついた。
そして祐紀の(そば)を離れ、宮司の席に行き、なにやら紙を持ってきた。

 「これを・・。」

 兵衛はそう言って、祐紀に紙を渡す。
それは養父の書き置きであった。

 その内容は以下である。
---
 
 親愛なる弟の兵衛へ

 儂はちと散歩がしたくなった。
一月(ひとつき)ほど出かけてくる。
気が向いたら半年ほどの散歩になるやもしれぬ。
まあ一月も半年もたいした差はなかろう、そうであろう?

 留守中は全て其方に任せた。
責任はすべて儂がとるが、半分はとってもよいぞ?
遠慮はせんでもよいかと思う。

 どうだ、いっそのこと儂にかわり宮司にならぬか?
そうだ、そうせい。

 それと祐紀にはこの件は言わずとも良い。
儂が祐紀に直接伝えつもりだ。

じゃあ、あとは頼んだ。
---

 読み終わった祐紀に、どっと疲れが押し寄せた。
一月、いや半年も散歩をするって・・・。
これは散歩ではないだろう?

 祐紀は養父の知らなかった一面を知ることとなった。
・・・いや、何となく佐伯様は臭わせていたような気がするが・・。

 祐紀は深いため息を吐いた。

=========
参考)

※1)ちょうずや、とも読むようです。
神社などにより使い分けているとwebにはあります。
本小説ではとりあえずルビで振りましたが、読む方次第かと思います。

---
この世界について

この世界は江戸時代と同じような文化の世界を想定しています。
似非江戸時代です。

設定は家長制度で、直系以外は従者と同じ扱いとなります。
(曾祖父、祖父、父、継嗣以外は従者 : 父系社会)
とはいえ、祐紀は年上の者を呼び捨てにしても蔑ろにしているわけではありません。

設定や言葉遣いに不快感を感じられている方がいるようでしたらご容赦願います。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み