第64話 寺社奉行・佐伯 : 殿への説得 3

文字数 3,025文字

  佐伯(さえき)は、(おどろ)く殿の顔を見ながら、()の国の姫御子(ひめみこ)様の事情を語った。 

 「今、姫御子様はある事情で困っておいでです。」
 「困っている?」
 「御意(ぎょい)。ですから

を助ける条件で交渉すればよいのです。」

 佐伯の言葉を聞いて、殿は一瞬(ほう)けた顔をした。
佐伯は一体どんな姫御子の情報を(つか)んでいるというのだろう?
そう思い、思わず聞き返した。

 「困った事情とはなんだ?」
 「御神託(ごしんたく)に関わることのようです。」
 「御神託?」
 「はい。」
 「姫御子様は御神託で困っておるのか?」
 「はい、ですから、その御神託の手助けを打診すればよいのです。」

 その言葉を聞いて、殿は一瞬言葉を飲み込んだ。
確かに姫御子を助けることを条件にすれば、姫御子の協力は可能であろう。
殿は佐伯の言い分を理解したと首を縦に振る。
佐伯は、殿が理解した様子に頷き返す。

 だが、殿は佐伯を見ていなかった。
佐伯の言った事に引っかかりを覚えたからだ。
そして、ある疑問に辿り着く。
姫御子は霊能力が祐紀と同等以上だと噂されている。
そのような姫御子が御神託で困るものだろうか?
殿はその疑問を佐伯に()げかけた。

 「姫御子様の御神託は、

の内部で解決できるではないか?」
 「いいえ、できませぬ。」
 「本当か、それは?」
 「はい、祐紀(ゆうき)がそう申しております。」
 「祐紀がか?」
 「はい。」
 「そうか・・、御神託の事(ゆえ)に祐紀の(げん)は信じられるな・・。」
 「御意。」

 「しかしだ・・、姫御子様の御神託を我が国で助けることができるのか?」
 「はい、祐紀はできると申しておりまする。」
 「そう・・なのか?」
 「はい。」

 「わかった、ならば姫御子様の件、

に打診をしよう。」
 「ははっ!」
 「うむ、これで地龍(ちりゅう)の件は安心だな。」
 「姫御子様がお呼びできれば、地龍の件は安心かと。」

 「ところで、姫御子様はどのような御神託を受けたのじゃ?」
 「殿・・。」

 殿は思わず佐伯に御神託のことを聞いたが、佐伯の言葉に我にかえる。

 「おお、そうであったな、御神託は関係者以外には話せぬのであったな。」
 「御意。」

 「では、佐伯よ、

に出す書状の草案を提出せい。」
 「・・・。」
 「ん? どうした佐伯よ。」

 殿は佐伯の返事がないのと、佐伯が覚悟を決めた顔になったのを見てたじろいだ。
一体、佐伯はどうしたというのだ?
まるで死を覚悟したような感じだ。

 「佐伯?」
 「実は、姫御子様の御神託を手伝うにあたり問題が一つあります。」
 「・・・なんじゃ?」
 「祐紀が

に手伝いに行く必要があります。」
 「そう・・なのか? まあ姫御子様が此方(こちら)にくるのだ、仕方あるまいな。」
 「御意。」

 「で、祐紀は日帰りか? それとも2,3日の滞在か?」
 「はっきりと申せませぬが、短ければ数ヶ月、長ければ数年で御座います。」
 「な、何じゃと!!」

 佐伯の言葉を聞いて、殿は激怒した。

 「何故、それを先に言わん!!」
 「・・・。」
 「許可など出せるか! この馬鹿者が!!」

 殿は(すご)形相(ぎょうそう)で佐伯を(にら)めつけた。
それはそうであろう・・。
ただでさえ唯一無二の霊能力者の祐紀を、他国に出すなど有り得ない事だ。
それを数年も他国へ預けるというのだ。
その間、我が国への御神託はどうするのだ?
祐紀が不在の間、この国に御神託がおりなければ自然災害は防げなくなる。
それに、そんなに長期に渡り

にいたなら、

が祐紀を返すのか?
祐紀自体も

に居たいと思ったらどうするのだ!
祐紀が戻る保証など何も無い。
国のトップとして許せるわけがない。

 「では・・、祐紀は

に出せませぬか?」
 「当たり前だ!!」
 「ならば、殿、地龍の件は(あきら)めますか?」
 「う、ぬ!!」

 佐伯の言葉に思わず殿は言葉を詰まらせた。
姫御子の協力が無ければ地龍が放たれる事となる。
地龍なぞ我が国だけで対応できるものではない。
他国の協力が必要だ。

 しかし、協力は期待できないであろう・・。
なぜなら地龍は、この国の(たみ)のみに恨みを抱いているからだ。
他国が手を出さない限りは、地龍は他国に災害をもたらさない。
それを他国の歴史学者が知っていないはずがない。
自国を危険にさらしてまで、我が国を助ける義理はない。

 滅びるのは我が国だけだ。

 姫御子に助けを求める以外にはない。
祐紀を

に行かせるしかあるまい。
自然災害は地龍に比べれば子供の悪戯(いたずら)のようなものだ。
祐紀が姫御子の問題を解決したら、

から戻ると信じるしかあるまい。

 殿は佐伯に怒りをぶつけながら、冷静に物事を整理し判断した。
顔は怒りで真っ赤だ。
握りしめた拳が震えている。
佐伯は、殿から目を離さずにじっと見つめていた。

 やがて殿は爪が食い込むほど握りしめた拳を緩めた。
怒りで震えていた肩の力を抜く。
そして、一度目を(つむ)ると、短い吐息を吐いた。

 目を開けると、佐伯に指示を出した。

 「よかろう・・、祐紀を

に派遣しよう。」
 「・・・。」
 「しかし、だ。 お主、家老(かろう)達を説得できるのか?」
 「・・説得できなければ、この国は滅びまする。」
 「そうか・・、既に覚悟(かくご)は出来ているのか。 まあ、そうであろうな。」
 「御意。」
 「(わし)は家老達の前で、其方(そなた)味方(みかた)はできぬぞ?
 中立(ちゅうりつ)を通すがよいか?」
 「はい。分かっており申す。」

 殿は佐伯を見つめながら、溜息を吐く。

 「本当にお主は国を思って居るのう・・。
家老連中にお主の爪の(あか)でも飲ませたいものじゃ。」

 「いえ、私は国よりも殿に仕えているのですよ?」
 「?!」
 「まあ、殿と(たみ)(はかり)にかければ、民の方が重いですが。」
 「なっ! 馬鹿者、そこは儂が一番だと申さぬか!」

 それを聞いて、佐伯は笑い始めた。
殿も、それにつられて笑い出す。

 やがてどちらとも無く笑いが止ると、殿がポツリと呟いた。

 「死んではならんぞ。」
 「?!」
 「どうせお主のことだ、家老達の説得が難しければ切腹をしてでも説得するであろう?」
 「・・・。」
 「死んではならんぞ、よいな。」
 「・・・御意。」

 佐伯は俯いた。
肩が微妙に震えている。
殿は、そのようすに気がつかない振りをする。

 「儂は執務(しつむ)に戻る。 其方(そなた)(しばら)くここで休んでから帰るがよい。」
 「・・・。」

 佐伯は俯いたまま、答えようとするが声が出せない。
声を出そうとすると、嗚咽になりそうで口を開けては閉じた。

 「返事はいらぬ。無理をするでないぞ。」

 そう言うと、殿は

を後にした。

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