第131話 奪衣婆の御心

文字数 2,898文字

 帝釈天(たいしゃくてん)寺社奉行所(じしゃぶぎょうしょ)の近くに戻ってきた。

 さてこれからどうしたものかと考えていると、奪衣婆(だつえば)が話しかけてきた。

 話しかけると言っても人との会話ではない。
直接頭の中に話しかけてきたのだ。
精神干渉である。
テレパシーのようなものだと思えばいいだろう。
奪衣婆は天界から話しかけてきたのだ。

 天界から話しかけるなど、奪衣婆はよほど怒っているようだ。

 「どこに()った帝釈天!」
 「は、母上?!」
 「まったく貴方(あなた)という人は母に挨拶もせず帰りおって!」

 「え? あ、いえ・・閻魔(えんま)大王様から報告があったでしょ?」
 「私は直接貴方から聞きたかったのじゃ!」

 「それだと母上があれこれ関係ない事を聞いて話しが進みません。」
 「よいではないか、お茶を飲みながら・」
 「母上、それでは井戸端(いどばた)会議になってしまいます。」
 「問題でもあるのか?」

 「・・・母上、時間は貴重ですよ?」
 「そうじゃ、其方(そなた)と話す時間は(わらわ)にとって貴重なのじゃぞ。」
 「はぁ~・・、分かりました。
今度帰ったときはお茶に付き合いますから。」

 「そう言って其方はいつもお茶につきあわんではないか・・。」

 奪衣婆がいじけた声を出す。
奪衣婆は見目麗しい女性だ。
それも、20才台といってもよいくらいに見える。
そして帝釈天という息子がいるのだ。
不思議な神である。

 そして奪衣婆は、神界で人脈も広く、切れ者としても知られている。
一目おかれているのだ。
常識人ではあるのだが、帝釈天のこととなると帝釈天に甘え放題となる。

 帝釈天としては、奪衣婆に自分の歳相応に対応して欲しいと思うのだが・・。

 帝釈天は、このままだと話しが長くなると考え話しの矛先(ほこさき)を変える。

 「母上、もしかして白眉(はくび)のことを考えて、私をここに転生させましたね。」
 「はて、何のことじゃ?」
 「母上のお陰で白眉と話しをすることができました。
もし、ここに転生でなければ白眉に会おうとしても、この世界への転送は許可されなかったでしょう。」
 「・・・・。」

 「ありがとう御座いました。」
 「白眉に会ったのか、帝釈天よ。」
 「・・・はい。」
 「で、これから何とする?」
 「それなんですが・・。」

 そう言って帝釈天は奪衣婆に白眉から聞いた話をする。
それを聞いた奪衣婆は・・

 「なるほどのう・・・。」
 「母上にお願いがあるのですが・・。」
 「珍しいのう、お前からのお願いとはな。
で、何じゃ?」

 帝釈天は白眉のしようとしていること、それに対する自分の考えを述べた。

 「ふむ・・、閻魔大王様とも相談してみよう。
閻魔大王様も、お前には借りもあるし動いてくれるであろう。
それに、カーリー神様もな。」

 「え! カーリー神様?」
 「そうじゃ。」
 「カーリー神様の事、私に話してよいのですか?
牛頭馬頭(ごずめず)との関係は秘密だったのでは?」

 「秘密じゃ。
だがカーリー神様は、すべて気がついておった。
お前と阿修羅が牛頭馬頭の素性を調べていたのもな。
だが、カーリー神は見て見ぬ振りをした。
それはお前が(わらわ)の息子だったからだそうじゃ。
だから、妾がお前に命じたことを推察したのであろう。
極秘裏に接触してきて、妾に御礼を言っておった。
そして表だっては御礼はできんが、何かあれば言ってくれと言っておった。」

 「カーリー神様が私の動きを把握していたとはね・・。」
 「牛頭馬頭(ごずめず)の事、カーリー神様が気がついても不思議ではなかろう。」
 「・・・。」

 「母とはそういうものじゃ。
ところで、お前と阿修羅、地獄界で派手に動いたようじゃのう・・。」
 「派手?」
 「自覚がないのか?」
 「ええ、まあ、地獄界であの程度では噂にもならないかと。」

 「ほんにお前はすこしズレておるのう、阿修羅の言う通りじゃ。」
 「え?! 阿修羅! 彼奴め、何を言ったんですか?」
 「ふふふふふふ、知りたければ今度お茶に付き合うがよい。」
 「はぁ~・・、分かりました、お約束します。」
 「うむ、それでよい。」
 「では、母上、白眉の件、頼みました。」

 そう言って帝釈天は母との会話を強制終了した。
奪衣婆はまだまだ話したかったようだが・・。

 しばらくして恒例の頭痛と気持ち悪さが訪れた。
奪衣婆が帝釈天の記憶を消したのだ。
祐紀(ゆうき)が気持ち悪さに蹲って(うずくまって)いると、後ろから声がかかった。

 「ゆ、祐紀様!!」

 寺社(じしゃ)奉行・佐伯(さえき)の手の者であった。
祐紀が忽然(こつぜん)と消えたとき、それを目撃した者だ。
その者は祐紀に駆け寄る。

 「良かった! お帰りになったのですね!」

 大声を上げるその者に、祐紀は顰め面(しかめつら)をする。

 「こ、声が大きいですね・・、頭に響く・・ううう。」
 「済みませぬ!!」

 そういってまた大声を出し謝る手の者であった。
そしてその者に連れ添われ、祐紀は佐伯の元に向かった。
この時、夕刻である。
佐伯は別宅に戻っていた。

 祐紀が佐伯と面会するころには、記憶消去による気持ちの悪さは収まっていた。
佐伯は祐紀を見るなり開口一番・・

 「其方(そなた)、いくら神官といえども一言、断ってから消えてくれぬか?
心配するであろう?
それから、(わしは)は其方の養父に消えたことを報告しておいた。
しかし親子よのう・・・。
彼奴も何も返事をよこさんわ。」

 そういって佐伯は溜息を吐くと同時に安堵したようだ。

 「で、どこに行っておった?」
 「へ?」
 「へ、ではない、何処に行っておったのじゃ?」
 「どこと申されましても、私はどこにも行っておりませんが?」
 「はぁ~???」
 「佐伯様、すこしボケが始まっておりますか?」
 「バカ者!」

 そういって佐伯は怒鳴り顔を真っ赤にした。
それは当然であろう。
こともあろうに忽然と消えて心配かけておいて、返す言葉がボケなどと・・。
怒るのが普通である。

 だが・・・。

 「あのう・・、私は先ほど寺社奉行所を出てから、なぜか具合が悪くなり、そうしたら佐伯様の手の者に、ここに連れてこられただけですが?」

 その言葉に佐伯は唖然(あぜん)とした。
それはそうだろう。
忽然(こつぜん)と消えた本人は、消えてなぞおらず気持ちが悪くなり蹲って(うずくまって)いただけだというのだ。
だが、配下の者は消えた祐紀を必死で探し回ったのだ。
しかも数日も消息を絶っている。
だが、祐紀が嘘を言っているようには見えない。
これでも寺社奉行である。
嘘は見抜ける。

 だとすると・・神隠しか・・・。
その言葉が頭を()ぎった佐伯であった。
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