第251話 緋の国・白龍 その13

文字数 2,510文字

 バリスはいやな音を聞くとともに、視界が90度傾いた。

 何が起きた?

 突然起きた事に理解が追いつかない。
しゃがんでいたはずなのに、今、自分は畳に横たわっている。

 自分は倒れたのか?

 畳の感触を頬に感じながら、地震で自分が倒れたのかと思った。
だが、それにしては様子がおかしい・・・。
周りを見渡そうと首を回すが、なぜか首がまわらない。
その時、目の端に自分の体が見えた。

 な、何だ、これはいったい何だというのだ!?
なんで自分の体が正面に見える?!

 目の前にこちらに正面を向け座っている自分の姿が見えたのだ。
そんなバカな!
儂ではないぞ! 儂は今、畳に横たわっているのだ!
なのに目の前に座っている自分が見えるはずはない!
なら、誰だ!
儂が畳に横たわっておるというのに、座って儂を見下すような態度を取る奴は!
・・・。

 バリスは焦りを感じながらも、じっくりと目の前の者の服装をチェックする。
 
 いや・・・、間違いない、自分だ・・・。
身に(まと)っている着物、膝に置いた手の甲の黒子(ほくろ)・・。
間違いない儂だ・・?

 首が動かないため瞳をめいっぱいに横に動かし、自分の体を下から上に見ていって絶句した。

 首から上が無いだ。
そう、自分の頭が。

 それを認識した直後、急激に視界が暗くなり意識を失った。
そう・・、バリスは息を引き取ったのである。
バリスが息を引き取って暫くした時、ため息と声が聞こえてきた。

 「やれやれ、死ぬかと思った。」

 白眉の声であった。
白眉は畳から立ち上がった。
だが、よろけて転びそうになる。
それをなんとか踏みとどまった。

 「危なかった、もう一歩で死ぬところであった。
それにしてもバリスが油断をして、こちらに近づいてくれたのは僥倖(ぎょうこう)であった。」

 白眉がバリスを仕留められたのは、バリスの油断によるものであった。
油断したバリスが自分の直ぐ横に来てしゃがんだのを、手刀で首を切り落としたのだ。
白眉は右手を振るだけで、バリスの首に手が届いたのである。

 だが、毒により苦しんでいた白眉にそのようなまねができるものであろうか?
毒がまわりかなり危ない状態に陥っていたというのに・・。

 危機に陥っていたとき、白眉は自分の袖を()めた。
その袖には神命霧草の解毒剤が染みこませてあったのである。

 白眉はバリスの屋敷に来る前に、神命霧草の解毒剤を手に入れていたのだ。
霊峰・白雪山に行ったのはそのためである。
その解毒剤が効いて、徐々に毒が薄れて白眉は助かったのである。

 だが、解毒剤が利いただけではバリスの首は取れない。
解毒剤は直ぐには利かず、飲んだからといって体が即座に動くわけではない。

 もしバリスが白眉の側に近寄って来なかったらどうなったであろう?

 なかなか死がない白眉を見たならば、バリスは慎重に行動したはずである。
おそらく毒を塗った短刀で、用心深く(とどめ)めを刺しにきたであろう。
そうであったならば白眉は一巻の終わりであった。

 つまり、天が彼の味方をしたのだ。
運がよかったのである。
毒がまわり白眉が助からないと思ったバリスは油断をしたのだ。
白眉の苦しがる様子を面白がり、白眉の至近距離に自分から来たのである。
それもしゃがみ込んで、あたかも自分から首を差し出すかのように。
そしてその時、白眉は解毒剤が効いてきて呼吸が楽になりつつあったのである。

 バリスにとっての誤算は、白眉が神命霧草を手にいれている事を知っていたことである。
もし白眉がこのことを知っていると分かっていれば、このような事にならなかったであろう。

 また、白眉は白眉で解毒剤が何があっても確実に飲めるよう考えていた。
それは自分の袖に解毒剤を染みこませる事であった。
毒が回りで苦しんでいる時に袖をくわえても、苦し紛れにしているようにしか見えないと考えたのだ。
実際その通りとなった。
もし、解毒剤を薬包紙(やくほうし)で持ち歩いていたなら、飲もうと取り出し時に即座にもぎ取られていた事であろう。
白眉は知恵でバリスに勝ったのである。

 「さてと、この後、どうしたものかのう・・。」

 そう白眉は呟いて、倒れ込んでいるクロードと、テンス、そして武芸者を見た。

 「まあ、とりあえず聞きたい事は聞いてみるか・・。」

 そう言って白眉はクロードに活を入れて、めざめさせた。

 「う・・ぐっ!」

 クロードはうっすらと目をあけ、ぼ~っと回りを見た。
そして白眉と目があうと、慌てて立ち上がり一歩下がる。

 「お前に聞きたいことがある。」
 「な、なんだ!」

 クロードは自分の獲物である短刀を目の端で捕らえる。

 「やめておけ、儂に刀は通用しない。
それと、あれを見ろ。」

 その言葉にクロードは、白眉が指した方向を見て思わず叫んだ。

 「バリス様!!」

 クロードはバリスに()けより、首だけとなったバリスを胸に抱えて大声を上げる。

 「うおおおおおおおお!!!」

 慟哭(どうこく)するクロードを白眉は暫く見守った。
やがてクロードは落ち着くとともに、バリスの首を畳に起き乱れた髪をととのえる。
そして、バリスの首に向かって平伏した。

 やがて、のろのろと平伏から正座にもどったクロードが白眉に口を開く。

 「殺せ・・・。」

 「はぁ・・、何故、儂がお前を殺さねばならぬ?」
 「お前は儂ら一族を滅ぼしに来たのであろう?」
 「ほう・・、お前はどこまでバリスから聞いておる。」
 「祖先から受け継いだ、お前の髭を取り返しにきたと。
おそらくバリス様の命も狙っているとも。」
 「そうか。」

 「主が亡くなった今、我が一族に霊能力者はいなくなった。
霊能力者が生まれるのは、霊能力者の血を受け継いだ子孫だけだ。
バリス様にはお子はいない。
その血が絶えた。
我が一族は、霊能力により栄えた一族だ。
もはや繁栄は望めん。」

 「で、能力は何だったのだ?」
 「家臣には知らされておらん。」
 「なるほどな・・。」
 「殺せ。」

 「一つ聞く。」
 「なんだ?」
 「儂の髭はまだあるのか?」
 「無いから、お前からまた取ろうとしたのだ。」
 「そうか、ならお前らに用はない。」
 「!!」

 クロードが何か言おうとしたが、白眉は(きびす)を返すとそこから立ち去った。
残されたクロードは、バリスの首の前に項垂れて、そこを動こうとはしなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み