第89話 仕事を増やさないで欲しい・・ その2

文字数 2,413文字

 祐紀(ゆうき)は見慣れない屋敷の廊下に立っていた。

 「ここはどこだ?」

 そう祐紀が呟いた時だった。

 「入れ、帝釈天(たいしゃくてん)。」

 目の前の重厚な扉から声がした。
祐紀は辺りを見回す。
誰もいない・・。

 「何をしておる、入らんか。」

 え?! 
私に言っているのだろうか?
でも、確か帝釈天とかいっていたような?
帝釈天て・・神様の名前だよね?
あの仏の守護者の・・。
えっと・・
あ、いや、そういう事を考えている場合ではない。
自分が呼び止められているわけではないのだ。

 「こら! 早く入れ、(わし)(いそが)しいんじゃ!」

 ドアの向こうから怒鳴られる。
再び周りを見回すが、やはり誰もいない。

 どうしよう・・。
このまま、ここをソッと立ち去ることもできるけど・・。

 でも、それだと不親切かな?
誰も居ません、と伝えるべきだろうか。

 それにしても帝釈天様に入れとは・・。
神殿でお祀りしている神様が、このような人前にいるはずないのに。

 祐紀は気がついていない。
直前まで自分が寺社奉行所からの帰宅途中だった事を。
そして、それが突然見知らぬ屋敷の中に自分がいる事にも。

 祐紀は決心をした。

 「失礼します。」
 「挨拶などいらん! 早く入らんか!」

 祐紀は部屋に入り、ドアを閉めた。
一応、礼儀として部屋の(あるじ)に軽く礼をする。

 部屋の主は正面の机に座り、此方(こちら)(にら)んでいた。
かなり眼光が鋭く怖い。
それも見上げるような大男だ。
束帯(そくたい)(まと)い、手に(しゃく)を持っていた。

 「何を入り口で戸惑っておる! この忙しい時に!」
 「あ、あの・・私は祐紀といいます。」

 「それがどうした!」
 「へ?」
 「へ、とは何じゃ、へとは!」

 「あ、すみません。でも、先ほどは帝釈天様がどうとか・・」
 「それがどうした?」
 「ですから、私以外に廊下には誰もいませんが?」

 その言葉を聞き部屋の主はキョトンとした。
そして直ぐに、右手を(ひたい)に当てた。
あちゃ~・・という感じだろうか?・・。

 「そうであった!
 記憶を戻さんといけなかった!。
 いやはや、すまん、すまん、儂としたことが。
 いや~、許せ。
 今、記憶を戻すから。」

 「へ? 記憶を戻す。」

 部屋の主は突然手にもった(しゃく)を祐紀に向けた。
その瞬間だった。

 「あ、頭が!」

 そう言って祐紀は頭を抱えて(うずくま)る。
突然の激しい頭痛に立っていられなくなったのだ。

 そして30秒ほど・・。
祐紀は頭から手を外し立ち上がった。
そして部屋の主に声をかける。

 「閻魔大王(えんまだいおう)様、突然の呼び出しとは(ひど)いですね。」
 「緊急事態じゃ。」
 「緊急? 私は今、(いち)(姫御子)の対応で手一杯ですよ?」
 「儂も手一杯で緊急事態じゃ。」

 「閻魔大王様、地獄界は私の範疇(はんちゅう)の仕事ではありません。」
 「っ! ま、まぁ、そう言うでない・・。」

 先ほどまで怒鳴っていた閻魔が、とつぜんシドロモドロし始めた。

 「母はこのことは?」
 「え、あ、まぁ・・。」

 そういって閻魔大王の目は泳いだ。

 「はぁ・・母には内緒(ないしょ)ですか?」
 「・・いゃ、そういうわけでは・・。」
 「隠せるお(つも)もりで?」

 閻魔大王はその言葉に、下を向き溜息をついた。

 「隠せないだろうな・・、あの奪衣婆(だつえば)には。」
 「だったら断ってから私を呼ぶべきでは?」
 「それはだ・・、怒られるのは先より後の方が楽だと思わんか?」

 「なんですか、それ。
 反対されて却下される内容ということですよね?」

 「うぐっ! さすが、鋭いな・・。」
 「はぁ・・、まあ呼び出されたから理由だけは聞きますよ。」
 「そうして(もら)えると助かる。」

 「で、何ですか?」
 「牛頭馬頭(ごずめず)が地獄界で反乱を起こした。」
 「はあ?!」

 「でじゃ・」
 「ちょっと待った!
 それは地獄界の軍部、保安部隊、もしくは諜報組織が対処する問題でしょ!」

 「そ、それは、そうなのじゃが・・。」
 「・・・。」
 「お主に頼めば短時間で制圧できるであろう?」
 「・・・。」

 閻魔大王は期待した目で帝釈天(祐紀)を見つめる。

 「男に期待された目で見られても(うれ)しくない。」
 「あ、いや、そういう問題ではなかろう!」
 「いや、そういう問題です。」
 「お前な!」

 「だってそうでしょ?
 誰が好きでオジサンにウルウルと見られて喜ぶんですか?」

 「わかった!
 儂が化粧をして、ミニスカートを穿()いてやる!
 どうじゃ、可愛いであろう!!
 感謝せい!」

 「気色の悪いことを言わないで下さい。
 想像もしたくない。」

 「それが嫌なら、儂の頼みを聞け!」
 「おや、それが人を呼び出しておいて取る態度ですか?」

 「う! 仕方あるまい、儂の部下は鬼だけじゃ。
 娘もおらん。
 お、そうじゃお前の母親なら・」

 「ほう?
 私の母に怒られる要請を、母に相談せずに私を呼んでいますよね?
 その依頼を母にさせるため、母にミニスカートを穿かせるんですか?
 息の根を止められますよ?」

 「そうであった・・。
 だが、あの妖艶なお前の母しか、儂の周りに女性はおらん。」

 それを聞いて帝釈天は、上を見て溜息をついた。

 「帰っていいですか?」
 「あ! いや、帝釈天よ、頼む、この通りじゃ。」

 そういって、人間から恐れられている閻魔大王が必死に帝釈天に頭を下げた。
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