第42話 陰の国の寺社奉行・佐伯の回想

文字数 2,416文字

  佐伯は自分の別邸を出ると、馬に乗り寺社奉行所へ向った。
共の者はいない。
本来なら共の者をつける身分であるが、祐紀に逢うため寺社奉行所をこっそりと抜け出してきていたのだ。
さすがに寺社奉行所に呼び、その場で祐紀と親密に話しなどできないからだ。

 馬に揺られながら、先ほど祐紀と話した内容を、頭の中で整理をする。
それにしても、と、佐伯は思う。
祐紀からの報告は、予想外で有益なものだった。

 普通、若者が都に来るなら浮かれておろうに、と思う。
道中で、怪しいマタギなどによく気がついたものよ。
洞察力、観察力はたいした物だ。
それに市井の者から聞き出す能力・・。
それを、推察し、情勢を整理し考える。
神職でありながら、それも若輩であるというのに、と思う。

 さすが、彼奴の息子だけはあるか・・。
そう思うと、祐紀の養父の顔が頭に過ぎる。
彼奴と出会ったのは幼少の頃であったのう・・。
若かりしころの日々を思い出していた。

 そして軽く頭を振り、思い出の世界から現実世界に戻る。

 それにしても迂闊(うかつ)だった。
緋の国の噂が当初流れ始めたのは知っていた。
民の鬱憤から出たものだろうと、その後は調べもせずに放っておいた。
すこし、市井の噂を軽んじていたと反省をした。

 それと都から少し離れた辺鄙な峠道の拠点のことも予想外だった。
盲点ともいえる。
緋の国の国境から都との中間地点、そんな中途半端な場所で間者が活動するなど考えてもいなかった。
都からみると辺鄙な場所でもあり、国境から離れた場所でもあるので重要視されていない。
貧しい村々があるが、治安はよかったはずだ。
そのため役人も、滅多なことでは村を回らず、役人自体の数も少なく手薄だった。
間者が活動したとて目につきにくい。
全くの盲点だった。
それにしても、峠道近くの村の庄屋に間者がなっているなどとは・・頭が痛い。
祐紀の有用な情報に感謝しよう。

 そう思っている時だった、横から声がかかった。
何時の間にか、どこからか分からないが馬の真横にいた。
侍である。

 「お館様。」
 「先ほどの祐紀の話し、どう思う。」
 「いやはや、あの年齢で、しかも短時間のわりによく調べたと関心しました。」
 「ふむ。」
 「お館様の部下として欲しいですな。」
 「儂もそう思うが、そうもいくまい。」
 「確かに、残念で御座いますな。」

 「お主、祐紀の話しをどう考える。」
 「早急に調べて対処が必要かと。」
 「やはりそう思うか・・。」
 「はい。」

 「それにしても儂に纏わり付く緋の国の間者を排除し、静かになったと思ったのだがな・・。」
 「そうで御座いますな、すこし油断しており申した。」
 「しばらくは緋の国は大人しくしているかという考えは甘かったかようじゃのう。」
 「しかし、周りを彷徨(うろつ)かれても困りますれば・・。」
 「だが、間者の排除は相手を警戒させ、より尻尾をださなくさせてしもうた・・。」

 そういうと二人は顔を見合わせて苦笑した。

 「儂は噂の対処をする。」
 「御意。」
 「お主には、庄屋と、峠道の洞窟の対処を任せる。よいな。」
 「御意。」

 そう返事をすると、武士は佐伯に一礼し踵を返した。

 「さてと、噂は町奉行所に放り投げてやろう。
あの

奉行、さぞかし焦る(あせる)であろうのう・・。
愉快、愉快。」

 そう言って佐伯は笑った。
その顔は笑顔というより、悪友が友人をからかう顔であった。

 佐伯は奉行所の手前で馬を下り、手綱を握り馬を引いて歩いた。
門番が、それに気がつき目だけで挨拶をした。

 佐伯は門番に自分の腹心をあてていた。
それは、こっそりと奉行所を抜け出すためだ。

 門番は佐伯が横を通り過ぎるときに、佐伯がいない間の事を手短に話した。
それを聞いて佐伯は、額に右手をあてて項垂れた。

 「そうか、そうであったか、今日は会議があったか?・・。」
 「虚無僧に化けて抜け出て行った事になっております。」
 「あい分かった。虚無僧(こむそう)姿に着替えねばならぬな・・。」
 「虚無僧の衣装は、あの部屋に用意してあります。」
 「すまぬな・・。」

 「それと御奉行、言うまでも無く皆かなり怒っております。」
 「うぬ・・、そう脅すでない。」
 「かなりの剣幕でしたよ、特にあの同心は。」
 「はぁ~・・、なあ、儂は帰ってよいかのう?」
 「だめに決まっているでしょう?」
 「しかしだ・・。」
 「それに会議を今日に設定したのは御奉行、貴方ですよ?」
 「え? そうであった・・かな?」

 「祐紀様が来るということで舞い上がってしまわれて。
私が会議があるとお止めしたのに行ってしまわれたのですから、あきらめなさいまし。」
 「え? 会議だと止めたのか、お前?」
 「はい、御奉行が門から出るときに、しっかりと。」
 「え?・・そうであったか?」

 「御奉行・・、ボケるには早いかと・・。」
 「馬鹿者! ボケてはおらんわ!」
 「では、なぜ会議を忘れてましたのでしょうね?」
 「う、ぬ!」
 「さあ、さっさと行って、怒られてこられませ!」
 「くっ!・・・、行けばいいのだろう、行けば・・。」
 「ご武運を。」
 「・・・お前なぁ・・。」

 そう言って佐伯は着替えにいき、暫くして虚無僧姿で自分の執務室へ庭からまわる。
あえて同心達にみつかるように、わざとらしく隠れたふりをして・・。

 「御奉行! どこに行っていたんですか! この忙しい時に!」

 御奉行を見つけたらしい同心の大声が門まで聞こえてきた。
それを聞いた門番は、溜息を吐く。

 「御奉行、ボケが治るといいですね・・。」

 そう呟いてから、門番は門番らしく不動の姿勢をとった。
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