第164話 巫女・教会への帰還 その2

文字数 2,650文字

 一人の巫女から、神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様を(さら)ったのか! と助左は言われ、助左は盛大な溜息をついた。
 
 「あのなぁ、誘拐した者が神薙の巫女様を抱きかかえ教会に戻るか?」
 
 神薙の巫女は、助左の腕の中で笑いだした。
そしてとんでもないことを神薙の巫女は呟く。

 「ふふふふふふふ、助左になら攫われてもいいかも。」
 「神薙の巫女様・・・。」

 茶目っ気に笑う神薙の巫女を助左は、(あき)れた顔でみる。
助左のそんな顔を見て、さらに神薙の巫女は笑い転げた。

 助左はブスリとした。
そして神薙の巫女に顔を近づけ、小さな声でいう。

 「それでは、(せがれ)にそう言ってやってください。
倅になら攫われたかったと。」

 「え!」
  
 助左の言葉に、神薙の巫女の顔が真っ赤に染まる。
その様子を見て神薙の巫女が倅に好意を寄せているのだと分かった。

 だが・・・
立場上、二人が結ばれることはないであろう。
そう思うと胸が痛んだ。

 そんな助左に下僕の一言が飛び込む。

 「助左! お、お前、お鶴さんに振られて可笑しくなっただか?!
よりによって神薙の巫女様を攫うなんてよぉ。
いくら馬鹿でも、そんな事したらタダじゃ済まんことくらい分からんずらか?!」

 助左は再び溜息を吐くとともに、誤解を解こうと下僕に話しかけた。
  
 「儂は、攫われた神薙の巫女様を助けただけだ。」
 「(うそ)こけ! お前にそんな事ができるわけないべ!」
 「う~む・・、信じられんか・・、なら神父を呼べ。」
 「助左! 神父様を呼び捨てとは何事だぁ!
お前、いったいどうしちまったんだ!!
毒キノコでも食っておかしくなっただか?!」
  
 やっと笑い止んでいた神薙の巫女はこの言葉に再び笑い始めた。

 助左は笑う神薙の巫女を見て少し微笑んだ。
これだけ笑えるのだから、拉致された恐怖から比較的早く立ち直れるだろうと思ったからだ。

 やがて神薙の巫女は笑いをおさめながら、助左にお願いをする。

 「あ、あの、降ろしていただけませんか?」
 「そうですね、ですが降ろす前に履き物を持ってきてもらいましょう。」
 「はい・・。」

 神薙の巫女は助左に抱かれたまま、下僕に声をかける。

 「私に何か履き物を持ってきて下さいませ。」
 「へ!?」
 「拉致の件は後でもできます。それよりも履き物を。」
 「あ! へぇ! 分かりやした!」
  
 下僕は、慌てて履き物を取りに行った。
  
 「ふふふふふふ、助左、人攫いに勘違いされてしまいましたわね。」
 「ええ、なんででしょうね。」
 「さて、なんででしょうか、ふふふふふふふ。」
  
 そんな会話をしていると、神父が血相をかえてやっと教会から飛びだしてきた。
神薙の巫女の元に駆け寄り、無事を確認する。
  
 「ご、ご無事ですか!!」
 「ええ、助左が助けてくれました。」
 「す、助左、あ、ありがとう!」
 「いえ、どういたしまして。」
  
 だが、神父は助左に御礼を言った直後、助左を(にら)んだ。
  
 「それにしても、一声、儂に声をかけていってください、助左。」
 「それは無理でしょう、そんな暇はなかったですよ。」
 「え?」
 「神父様に賊が来ましたなどと報告しに行こうとし、賊が私に気がついたらその場で賊を片付けなければならないしょ?」

 「え? ちょっと待て!」
 「何か?」
 「それでは、賊が神薙の巫女を攫うのを阻止するのではなく、攫った後を付けたかったとでも?」
 「そうですよ?」

 「助左! 神薙の巫女に何かあったならと考えなかったのか!!」
 「拉致が目的なら、神薙の巫女様に怪我など負わせんでしょ?
私の仕事は神薙の巫女様の安全、次に神薙の巫女様に害をなす害虫の一掃ですよ?
ですから害虫の一掃を考えての行動は当然ではないですか。
賊が神薙の巫女を攫って行く先には、黒幕や協力者がいるでしょうからね。」

 「ちょっと待て! 助左、貴方は神薙の巫女様の護衛をしに此処(ここ)に来たのでは?」
 「護衛だけとは言ってませんよ?」
 「え? しかし、そんな事は一言も・・・。」

 「え? だって聞かなかったでしょ?」
 「そ、それは最高司祭様の書状に護衛とだけしか・・。」
 「ああ、それは最高司祭様の茶目(ちゃめ)っ気でしょうね。」
 「ちゃ、茶目っ気?!」
  
 「それより神薙の巫女様は寝間着のままですよ?」
 「あっ! こ、これはいかん、早く暖かいところに!」
 「あの、私、履き物がなくて、それを待っているんですが・・。」
 「す、助左、神薙の巫女をそのまま暖かい場所まで運んで下さい!」
 「女性しか入れない建屋まで運んで宜しければそうしますが?」
 「え? あ、そ、そうか、それは不味いな・・。」
 
 そんなやり取りをしている間に、履き物を持った下僕が神父の後ろに来ていた。
 
 「あの~・・。」
 「なんじゃ、小兵(こへい)!」
 「神薙の巫女様の履き物をもってきたずら。 渡してええかね?」
 「は、早く渡しなさい!」
 「はぁ、だけんど、神父様がそこを退()いてくださらねば・・。」
 「えっ! あ、そうか・・。」
  
 神父は神薙の巫女の真っ正面に立っていた事に気がつき、あわてて横に寄った。
小兵は神薙の巫女の正面に行き、履き物を揃えて置く。
  
 「ありがとう、小兵。」

 神薙の巫女は小兵に礼を言う。
助左は、神薙の巫女が履き物が履けるように少しずつ降ろした。

 履き終えた神薙の巫女は、神父に声をかける。

 「それでは神父様、私は部屋に戻りますね。」
 「ええ、風邪をひかないように暖かくして下さい。」

 「助左、助けて下さってありがとうございました。」
 「いえ、それが私の仕事ですから。では温かいものでも飲んで休んで下され。」
 「ええ、そうしますね。」
 
 神薙の巫女はそういうと、去っていった。
神父はその後ろ姿を見送ると、助左に向き直る。
  
 「では助左、何がどうなっているか説明願いますか?」
 「ええ、分かりました。」

 助左と神父のやり取りを聞いていた小兵は、何かに気がついたのか驚きの声をあげる。
何事かと小兵の様子を見ると、小兵は助左の方を指さして・・
  
 「す、助左、ど、どうしちまっただ、その言葉使いは?」
 「あ、これは失礼しました。もう必要がないので普段の言葉使いに戻しただけですよ。」
 「へ?」
  
 ポカンとする小兵を置いて、神父と助左は建物に向かって歩きはじめる。
そんな二人を小兵は呆然(ぼうぜん)と見ながら呟く。
  
 「い、いったい助左はどうしちまっただ? 何か悪いもんでも喰っただか?!」
  
 助左はそんな小兵の声を背中で聞き苦笑した。
神父はというと、助左の横で笑いを堪えていた。
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