第93話 牛頭馬頭の居場所はどこだ  その1

文字数 2,114文字

 帝釈天(たいしゃくてん)諜報(ちょうほう)部門に向かった。
諜報部門の建屋に近づくと衛兵が気がついた。

 「これは帝釈天様!
 あ、あの如何様(いかよう)なご用件でこちらに?」

 帝釈天は一瞬、どう答えようか迷った。
母である奪衣婆(だつえば)から反乱が公にならないうちにと頼まれていたからだ。

 もし、ここで自分が反乱に関与しようとした事が(おおやけ)になると不味い。
仏の守護神たる立場上、表だって動けば牛頭馬頭は犯罪者となる。
それは避けねばならない。

 帝釈天は衛兵の者に、和やかに笑い用件を言う。

 「いや、何、阿修羅が此処に来ておろう?
 ちょっと会いたいんだか?」
 「え?」

 「最近、人間界に行っておってな会ってはいないんだ。
 ちょっと時間ができたので顔を見に来たんだが・・。
 忙しいようならまた来るが?」

 「あ、いえ・・、それでしたらお通り下さい。」

 そう言って衛兵は道をあける。

 帝釈天と阿修羅は悪友でもあり、剣友でもあった。
戦場で二人は背中を預けながら戦う仲だ。
それを知らないものはいない。
それに帝釈天は仏を加護する神であり信頼が厚い。
そのため衛兵は素直に通したのだ。

 帝釈天は情報部の玄関に入った。
そして、何時もの如く受付嬢に手を振り、顔パスで建屋奥に進む。
廊下に幾つかある扉のうちの一つを開け、部屋の中に入った。
入ると同時に、取り次ぎの秘書らしき天女が声をかけてきた。

 「これは帝釈天様、いかがされましたか?」
 「おお、相変わらず綺麗だな、君は。」
 「まあ、帝釈天様・・。」

 そう言って秘書の天女は顔を赤らめた。

 「忙しいとこ悪いが、阿修羅はいるか?」
 「あ、はい、お呼びしますか?」
 「いや、いい、直接俺が行く。」
 「え?」
 「突然押しかけて驚かせてやるのさ。」
 「まぁ!」

 そう言って秘書の天女は笑い転げる。
そして、手元のボタンを押した。
すると秘書の後ろにある扉が開く。
扉の先は廊下だ。

 扉が開いたことを確認すると帝釈天は秘書に御礼を言う。

 「ありがとう、今度、お茶でもしよう。」
 「はぃ! 今度こそは、その言葉を守って下さいませ!」
 「え?! あ? ああ・・。」
 「もう! 何ですか、そのお顔は!」
 「あ、いや、すまん、必ず今度は誘うから。」
 「もう、いいですよ、あまり期待していませんから。」

 そう言って天女はソッポを向いた。
帝釈天は頭の後ろを掻きながら、秘書の横を通り廊下に踏み出した。

 廊下の両側には沢山の(とびら)があり全て閉まっている。
そして扉の真横には必ず金色の手の(ひら)より大きめのプレートがあった。
これはセキュリティのための装置だ。
自分の神力を通すと、扉が開くようになっている。
神力とは神の力そのもので、人間でいうと気のようなものだ。
神によりそれぞれ固有のもので、個人を特定できる。
よって登録されていないものは扉を開けることはできないのだ。

 もちろん扉も、いかに神とて開けることはできない。
神器を用いても壊すこともできない堅牢なものでできている。

 そんな扉に見向きもせず、奥へ帝釈天は歩く。
やがて廊下を(ふさ)ぐ漆黒の扉に突き当たる。
扉には取っても何もない。
先ほどの扉の横にあるような金色のプレートもない。

 帝釈天はまるで扉がないかのように、その扉に向かって歩いた。
すると扉をすり抜けてしまった。

 この扉は優れものだ。
もし、許可されていないものは近づくだけで命を落とす。
仮に近づくことができたとして、扉に触れようものなら跡形も無く消し去られるだろう。
そういう物騒な扉だ。
扉の先は、それほど重要な場所ということだ。

 帝釈天はさらに廊下を歩く。
廊下には10個ほどの扉が有る。
そのうちの一つの前で立ち止まる。

 「マン」

 そう帝釈天が呟くと扉が静かに開いた。
すると部屋の中で机に座り、書類を見ていた部屋の主が顔を上げずに怒鳴る。

 「五月蠅(うるさ)い! まだ書類に目を通しておる!」

 そう怒鳴ったのは、赤色の肌をした見目麗しい少年のような、少女のような顔をした者だった。

 「おいおい、それが俺にいう挨拶かい?」

 そう帝釈天が苦笑いをして文句を言う。
その言葉に部屋の主が、慌てて顔を上げた。

 「あん? あ、帝釈天か?
 珍しい珍獣がきたものだ。」

 「ずいぶんな言いぐさだな。」
 「当たり前だろう、この数十年、顔を見てないんだからな。」

 「おや? 寂しかったのか?」
 「まさか。
 どこかで、くたばっていると思ったんだがね。」
 「おいおい、かってに殺すなよ。」

 「で、何だ?」
 「ああ、ちょっとお願いがあってな。」
 「珍しいな、さすが珍獣だ。」
 「をぃ! 珍獣はやめろ。」
 「ははははは、すまない。
 で、願いとは?」
 「牛頭馬頭(ごずめず)の居場所を教えて欲しい。」

 その言葉に阿修羅は押し黙る。
そしてジッと帝釈天を見た。
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