第165話 それぞれの思い・最高司祭

文字数 2,557文字

 最高司祭は神薙(かんなぎ)の巫女が幽閉(ゆうへい)されている教会から手紙を受け取った。

 「あの教会が直接手紙を寄越すとは・・、助左(すけざ)に神父が頼まれたか・・。」

 そう最高司祭は(つぶや)く。
執務机(しつむづくえ)に座り、直ぐには手紙を開けずに封書の裏表を軽く確認をした。
そして最後に封蝋(ふうろう)をじっくり見つめる。

 「ふむ・・、開封した様子は一見したところ無いか・・。」

 そう言うと(おもむろ)に開封をする。
だが手紙は出さずに何故か再び封筒を見る。

 「やはり開封されておったか・・。
小泉神官の手の者か、あるいは直接本人が見たのか・・。」

 最高司祭は苦笑いをする。
仮にも最高司祭(あて)の手紙を、下位の神官が開封するなど言語道断だ。
開封した者は教会追放どころでは済まない処罰となる。
だが、小泉神官派は開封の現場を押さえられるようなヘマなどはしない。

 封書が開封されているのが分かったのは封蝋(ふうろう)にある。
使用した(ろう)自体はどこにでもある朱色のものだ。
だが、最高司祭に出される秘密性のある封書に(ほどこ)される封蝋には秘密があった。

 それは、一本の細い猫の毛を溶けた封蝋に乗せスタンプを押しているのだ。
封蝋の朱色に惑わされ、猫の細い毛は余程注意をして見なければ分からない。
もし封蝋が切られれば猫の毛は切断される。
その蝋を再加熱し巧妙に封蝋しても毛の位置がずれていたり切断された毛が残るのだ。
また新しい蝋で封蝋をすれば毛が無い事となる。

 この封書には、猫の毛が入っていなかったのだ。

 「まあ、この手紙の内容を見たとて彼奴(あやつ)にとっては何の変哲もない文であろう・・。」

 そう呟き、手紙を封から取り出した。
だが手紙を読み始めた最高司祭の手が震えはじめる。

 「そうか・・、娘を国外に・・()の国がいよいよ動いたか・・・。」

 最高司祭は一度目を(つむ)る。
そして座っていた執務室の机から離れ、窓際に行き外を見た。

 「助左(すけざ)、いや・・師よ、貴方の助言の的確さに感謝します。
早急に我が配下を貴方のもとに(つか)わせましょう・・・。
貴方の腕には見合わないかも知れないが、多少の役にはたつでしょう・・。
ですから神薙(かんなぎ)巫女(みこ)を・・・娘を守ってくだされ・・。」 

 そう呟いた最高司祭の言葉は、(なが)めている窓から寒風が吹きすさぶ屋外へと消えていった。

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 最高司祭と祐紀(ゆうき)の養父である宮司(ぐうじ)が出合ったのは、まだ最高司祭が14歳位の頃であった。

 最高司祭である 草薙(くさなぎ) 叢雲(むらくも)は、その当時最高司祭であった父の後を継ぐため神官見習いとして(はげ)んでいた。
本来は父が最高司祭のため上位の神官から始めるのが通例だ。
だが、叢雲はあえて見習いから始めたのだ。
さらに道場にも通い、武術を身につけようとしていた。
そんな若者であった。

 そんな有る日、道場にいると玄関で(おとな)う声がした。
叢雲(むらくも)が先輩と二人で玄関に向かうと、一人の若者が試合を申し込んできた。

 その者は、よれてはいるが綺麗に洗濯された他国の宮司の服を身につけていた。
宮司が武者修行などするはずがないので、おそらくどこかで拾った服であろう。

 叢雲はそう思い、その若者を冷ややかな目で観察する。
おそらくこの者は、多少腕があり天狗になっているのだろう。
そして、この道場が我が国でも有数な道場であることを知らないのではないだろうか。
城下の道場で手合わせしたと田舎で自慢したくて、田舎から出て来たのであろう。

 叢雲は怪我をしないうちにこの者を追い返そうとした。
だが、先輩が会心の笑顔で迎え入れようとする。
おそらく、普段、上位者にコテンパタンにやられている腹いせを晴らすよい相手だと思ったのだろう。

 叢雲は師範代に知らせて来ますと言ったが止められた。
おそらく師範代に知らせたら、この者を追い返すのが目に見えているからだ。
年功序列のある道場のため、叢雲は先輩に従うしかない。
叢雲は、この道場の実力を知らずに来たこの者に憐憫(れんぴん)の眼差しを向けた。

 訪れた者は、神一郎(しんいちろう)と名乗った。
叢雲はその名を聞いて他国の宮司(ぐうじ)一族の者だと理解した。
名前に神をつけるのは継嗣(けいし)で且つ、宮司として認められた者だ。
そのような者が、他国に武者修行などで来るはずは無い。
おそらく神社が取りつぶされたか、追放されたのだろう。
それで武芸で身を立てようと考えたと理解した。
無謀にも程があると叢雲は思った。

 先輩は叢雲に有無を言わさず神一郎を道場にあげた。
そして神一郎を逃がさないように親しげに道場に案内をする。
叢雲はそれを見て、溜息を吐いた。

 道場では門弟20人ほどが手合わせをしていた。
その者達は手を休めることなく神一郎をちらりと見た。
そして理解したのであろう、(あわ)れみを神一郎に向けた。

 叢雲は二人と離れ道場の隅に座り、神一郎と先輩に視線を向ける。
神一郎を道場に連れ込んだ先輩は太助(たすけ)という。
道場では新参者の中に入り、差ほど強くはない。
とはいえ他道場で同時に入門した者より格段に強いのは確かだ。
おそらく田舎の道場では、中段程度の実力と言っても大げさではない。

 神一郎と太助は互いに向き合った。

 「俺は太助という。」
 「私は先ほど名乗ったように神一郎と言います。」
 「では、私がお相手を。」
 「宜しく願います。」

 二人が試合をしようとしているのに気がついても、誰も何も言わない。
叢雲もこの様子は何度か見ているが、決して居心地がよいものではない。

 ここは有名道場なので、名前を売りたくて有象無象(うぞうむぞう)の者が試合を申し込んでくる。
それというのもこの道場は他流自体を禁止はしてはいないからだ。
だが、試合を受けるのは正式な試合申し込みをした場合に限る。
それにも関わらず、(ほとん)どが道場破りの(てい)で来るのである。

 師範代が居るときならば、正式な申し込み以外は追い返される。
だが、今日のように師範代が道場主と奥にいて姿が見えないと、門弟達は面白がって試合をするのだ。
その場合、それ相応の腕の相手が対応をするため負けたこともなく、師範代も勝ってに他流試合などしていることを知らないのだ。
悪しき習慣と言っても良い。

 あと付け加えるならば、今の道場の役割は武芸を極める場所ではない。
戦国時代ではないのだ。
体を鍛練するためか、商家などで用心棒に就くために免許皆伝がほしくて来るのが道場である。
だが、この道場は実践に重きを置いた実力主義で他道場と一線を画している。
それを知らぬ者が試合を申し込んでくるのであった。
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