第139話 佐伯、町奉行所に向かう

文字数 2,433文字

  城下は閑散としていた。
おそらく地龍を恐れて、ほとんどの者が息を殺して家でジッとしているのであろう。
佐伯はパニックや暴動の気配がないことにホットした。

 町奉行所と城に向かう道の分岐点で佐伯は立ち止まる。
そして部下に武器倉(ぶきぐら)で武器を受け取った後、町奉行にくるよう指示を与え、単独で町奉行所に向かった。

 佐伯は歩いている時、ふと立ち止まり空を見上げる。
雨が何時の間にか小降りになっていることに気がついたからだ。
見上げた空は、漆黒の雲から何時の間にか見慣れた灰色に変わっている。

 「これは・・どうしたということだ?」

 佐伯は呆然とした。

 「地龍の脅威が無くなったという兆候か?
・・・。
いや・・安易な判断は窮地を招く。
今は町奉行所に行くことが最優先だ。」

 そう呟いて再び歩みを進める。
佐伯は町奉行の顔を思い浮かべた。

 「アヤツはどうするつもりであろうのう?
町奉行所は犯罪者をお縄にかけるのが仕事だ。
まさか地龍にお縄をかけるとでも言うのではなかろうな?
ふふふふふふふ・・・。」

 佐伯はそう言って、にやりと笑った。

 佐伯が町奉行所につくと、町奉行所は蜂の巣をつついたかのようであった。
目の前を通り過ぎようとする同心を、佐伯は捕まえた。

 「おい、奉行はおるか!」

 その問いかけに同心が振り返る。

 「え! あ! これは佐伯様! 何故(なぜ)ここに?」
 「バカ者! 儂が遊びに来たとでも思っておるのか!」
 「あ!! こ、これは失礼しました!」
 「奉行の所に案内せい。」
 「ははっ!」

 案内されて佐伯が町奉行の部屋に入ると、町奉行の原が渋面で出迎えた。
開口一番、原は・・

 「ふん! 町奉行所に来るとは寺社奉行は暇でよいよのう!」

 佐伯はこの言葉にカチンときた。

 「お前の目は節穴か?
いや、それだと節穴に失礼か。
儂は忙しい中、暇なお前に気を遣う儂をなんだと思っておる。
暇で困っておるお前を、多忙な儂が酒に誘う恩も忘れおって!」

 「なんだと! 儂は友人がおらんお前を可哀そうだと思い付き合ってやっているんだ。
そんな事もわからんのか?
歳でボケたか? ああん? もう引退したらどうじゃ?
ボケなど寺社奉行所でも扱いは困るであろう?」

 二人は売り言葉に買い言葉を繰り返す。
次第に、話声から大声へ、そして怒声へと変わっていった。
慌ただしい町奉行所内でも、彼らの大声が聞こえたのは言うまでもない。

 そのため町奉行所の者達は、何事かと慌ててお奉行の部屋に駆け込んだ。
それはまさに原と佐伯が取っ組みあいをしようとした直前である。
同心らは慌てて二人を取り押さえた。

 この二人、決して仲が悪いわけではない。
むしろ馬が合い仲が良すぎる間柄である。
そのためか逆によくケンカをするのである。

 この事は奉行所の者は誰もが知っている。
そのため言い合う二人を抑えながら、肩を震わせ笑いを(こら)えていた。

 そんな様子に佐伯も、原も気がついた。
 
 「笑うな!!」

 原と佐伯は怒鳴った。
それもハモって。
これを聞いた同心は堪えられず声を出して笑うのであった。

 そのような中、武器を持った佐伯の部下達が町奉行所に到着した。
対応した同心は、それを伝えに御奉行の部屋に入ってきた。
その同心は羽交い締めにされた奉行二人を見て唖然とした。
だが、直ぐに冷静になり佐伯に部下の到着を報告する。

 佐伯はそれを聞き、本来の町奉行所に来た理由を思い出した。
佐伯は大人しくなり、原も佐伯を見て大人しくなる。
同心達は羽交い絞めをとき、目配せをして部屋から出て行った。

 二人だけになった佐伯と原は改めて正座をして向き合う。
そして互いに目をそらす。

 ゴホン!

 二人は同時に咳払いをする。
どこまでも馬が合う二人であった。

 そして最初に佐伯が謝罪をする。

 「すまなんだ・・。」
 「・・あ、いや、こちらこそ。
ちと地龍の件で気が立っておった・・・。」

 「・・・うむ、儂もじゃ・・。
地龍神社から、地龍が暴れまくる様をみていた。
げんに地龍は怖ろしい・・。」

 「そうか・・山から地龍を見ておったか・・。
儂は突然に発生した多数の落雷による異常気象の対応で手いっぱいだ。
部下に城下の見回りをさせ、ここで指揮をとっておった。
そして何気なく部屋の外を見た時だ。
龍が縦横無尽に空を駆け巡っておるではないか・・。
肝を冷やしたぞ」

 「無理もあるまい・・あの姿を見たらな・・。
それでじゃ、このような状況で寺社奉行だの町奉行だの言っている場合ではあるまい?」
 「うむ。」

 「儂は城下の被害状況を把握し、地龍の状況も含め殿に報告をする。」
 「あいわかった・・。」

 そう言うと原は腕を組み、佐伯に聞いてきた。

 「ところで・・、なにやら空が眩しく光り地震があったようじゃが?」
 「それは地龍が二つの山の頂上を吹き飛ばしたからじゃ。」
 「何じゃと!! それがあの揺れか!」
 「ああ、そうじゃ。」
 「地震ではなかったのか!」

 原は目を見開き口をパクパクさせた。
それはそうであろう。
地龍の様子を見ていなければ、あの揺れは大きな地震だと思っても不思議はない。
おそらく原は世間話で地震の事を話したつもりであったのだろう。

 原はさらに佐伯に聞く。

 「で、龍はどうした?」
 「分からん・・・。」
 「?」
 「吹き飛ばした山のあたりに留まったとしか言えん。」
 「・・地龍はまたこちらに来ると思うか!?」
 「それも、分からん。」

 「そうか・・。で、祐紀は何と?」
 「地龍が出る前に会ったきりだ。」
 「ふむ・・・。」

 原は口を(つぐ)んだ。
暫くしてから原は佐伯に今後の事を聞いてきた。
佐伯は自分達も城下の被害の検分と町民の治安を手伝う旨を伝える。
原もそれに同意し、互いが重複しないように見回る地域を割り振った。

 本来なら、佐伯は寺社奉行であり寺社以外に口を出せない。
同様に町奉行所も寺社には口を出せない。
だがそのような事は言ってはいられないため緊急的な措置である。

 話し合いが終わると佐伯は寺社奉行の外で待たせていた部下の所に向かった。
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