第166話 それぞれの思い・最高司祭 その2

文字数 2,411文字

 神一郎(しんいちろう)太助(たすけ)は一礼をし、試合が開始された。

 門弟(もんてい)達は互いに試合をしながらも興味本位にちらちらと神一郎の試合をみる。
だが、試合開始とともに太助が床板にたたきつけられた。

 ダン!

 床板から乾いた音が響いた。

 「ぐっ!」

 太助からくぐもった声が漏れる。
受け身をする間もなかったようだ。
太助は悶絶(もんぜつ)した。

 道場の喧噪(けんそう)が消え、しんと静まりかえる。

 「あ、あの大丈夫ですか?」

 神一郎の静かな声が道場に響き渡る。
だが、太助は背中から落ちたせいであろうか、息ができず声を出せない。
神一郎は、介抱しようと倒れた太助に駆け寄る。

 その様子を見て、道場で中堅を務める誠造(せいぞう)が試合相手から組み手を外す。
そして他の門弟達の間を縫い、神一郎の方に歩いてきた。
そして太助を叱咤(しった)する。

 「油断をするからだ、この未熟者め!」

 そう言って(そば)にいた後輩に目配せ(めくばせ)をする。
後輩は慌てて倒れ込んだ太助を道場の(すみ)に運ぶ。
稽古の邪魔にならないようにするためだ。

 太助が倒れていた位置にしゃがみ込んでいた神一郎は、ゆっくりと立ち上がり誠造と向かいあう。
そして誠造に対し一礼をし話しかけた。

 「すみません、まさか簡単に技を受けるとは思っていませんでした。」
 「いや、簡単に技を受けるほど未熟だったというだけの事です。」

 そう言って誠造は神一郎をあらためて見つめた。
そして・・・

 「よければ私がお相手を致しますが。」
 「よろしいのですか?」
 「ええ、貴方さえよければ。」
 「では、お願いします。」

 この二人の会話に道場がざわめいた。
誠造はこの道場の中堅を務める腕前だ。
この道場に他流試合を正式に申し込んできても誠造が出ることはなかった。
それほどこの道場は強い武芸者を有している道場である。

 誠造より上の先輩達が互いに目配せをし、各自が(うなず)いた。
そしてそのうちの一人が門弟全員に声をかける。

 「全員、道場の隅に行き二人の試合を見なさい!」

 予想外の先輩の言葉に道場がざわついた。
道場に来た素性も分からない者のために稽古を止めさせ、二人の試合を見ろというのだ。
そのような事は今まで一度もなかった。
門弟達がざわつくのも無理も無い。
叢雲(むらくも)も一瞬、驚きのあまり口をアングリと開けてしまった。

 「早くせんか!」

 先輩の恫喝(どうかつ)に全員がビクリとした後、あわてて道場の四隅に別れ正座をする。
神一郎と誠造は道場の中心に向かい、互いに向き合った。

 「(わし)が二人の審判を行う。」
 「先輩がですか?!」

 誠造は驚きの声を上げた。
誠造は神一郎など、相手ではないと思っていたのだ。
それを先輩が互角の腕前と見なし、正式な試合形式としたのだ。

 まさか、この者が俺と互角に近い実力だとでもいうのか?!

 誠造は驚きで神一郎を見る。
神一郎はというと、自然体のまま向き合っている。

 「何をしておる! 試合する気があるのか!」
 「はい!」

 誠造はあわてて神一郎と対峙した。
そして二人は、一礼をし自己紹介を始めた。

 「申し遅れたが、私は誠造といいこの道場の中堅を務めている。」
 「私は神一郎(しんいちろう)といいます。武者修行でこの国に来ました。」
 「ほう・・・他国からですか・・。」
 「はい。」

 「なぜこの国に?」
 「他国の流派の見聞と、自分の実力を知りたいと。」
 「失礼ですが、歳は?」
 「15です。」

 道場が突然ざわつく。
叢雲(むらくも)も目を見開いた。

 俺より一つ年上なだけではないか!
それでこの道場の中堅が相手をするのか!

 「どこで武芸を?」
 「それは・・・。」

 口ごもる神一郎に誠造は何かを感じたようだ。

 「言いにくいのでしたら言わなくてもよい。」
 「ありがとうございます。」
 「では試合をしましょう。」
 「はい。」

 審判を申し出た先輩が宣言をした。

 「試合開始!」

 二人は礼をすると、互いに組み手を取ろうと激しく手を動かす。
そして組むやいなや体を右に左に捻り、相手の隙を狙う。
道場の中を互いに舞うように移動をし始める。
その時であった・・

 「止めい!」

 ビリビリと大気を震わせるような声が響き渡る。

 神一郎と、誠造はピタリと動きをとめ組み手を離した。
誠造が目を見開き呟く。

 「師範代・・・。」
 「え?! 師範代?」

 神一郎は慌てて師範代の方を向き、深く礼をする。

 「わ、私は神一郎と申します。しょ、諸国を回り武者修行をしております。」

 神一郎のその言葉を聞きながら、師範代は神一郎の傍に近づいてきた。
そして・・

 師範代は神一郎に声をかける。

 「神一郎殿、ちょっとお待ち下され。」

 そう師範代は言うと誠造に向き直る。

 「誠造、これはどういう事だ?」
 「そ、それは・・。」
 「他流試合のように見えるが?」

 その時、道場の隅から慌てて師範代に駆け寄る者がいた。
太助(たすけ)である。
そして師範代の前で土下座をしながら、師範代に理由を話し始めた。

 「すみません! 私がかの者を道場に上げ試合を受けました。」
 「太助よ、お前は他流試合をするときの道場の対応を知っておろう?」
 「す、すみませぬ!」
 「馬鹿者が!」

 師範代は一喝する。

 「お前は1週間、道場の出入りを禁止する。」
 「・・・はぃ! も、申し訳ありませんでした!」

 師範代は誠造を次に見やる。

 「誠造、お前もお前だ。」
 「申し訳ございませぬ。この者が強そうなのでつい・・。」
 「ふん、強そうか・・・。」

 「はい! ですから、その、この者と試合をさせてもらいませぬか?」
 「ダメじゃ。」
 「え?」

 「止めておけ。」
 「いや、でも私と互角かと。 そのような者と手合わせを願ってはいけませぬか?」
 「分かっておらぬな。」
 「?」

 「清一郎(せいいちろう)!」

 師範代はそういって審判役を務めようとしていた者を呼んだ。
呼ばれた清一郎は直ぐに師範代の(そば)に来る。

 「清一郎、誠造はこのように申しておるがお前はどう見る?」
 「はい、おそらくこの者は私より強いかと。」
 「なんですと!」

 誠造は清一郎の言葉に目を見開き驚きの表情となった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み