第179話 地に落ちた神獣 その2

文字数 2,649文字

 青陵(せいりょう)が地上界から天界に帰って数日後の事である。
神に呼び出されたのだ。

 突然の呼び出しに青陵は首を捻る。
呼び出される覚えがないのだ。
青陵はしかたなく神の御前に(おもむ)いた。
するとそこに白眉(はくび)がいたのだ。

 なんで此奴(こやつ)が、ここに居るんだ?

 青陵は白眉を睨み付けた。
だが神の御前である。
すぐに柔和な笑顔を浮かべた。

 青陵は神に膝をつき儀礼を行う。
そして神からのお言葉を待った。

 すると予想外の事を神から言われたのだ。
それは先日、地上界で豪雨を降らせた事へのお(とが)めであった。

 青陵はすかさず神に訴えた。
堤防が杜撰(ずさん)な設計による改修工事であった事、その上さらに手抜き工事がされており堤防としては役に立たないことを。
そして自分が豪雨を降らさなくても、やがては自然の豪雨により同じ結果を招いたであろうことも。

 だが、そこで白眉が青陵を(にら)み付け、口を挟んできたのだ。

 「青陵よ、お前の考えは間違っている。
確かにあの工事は手抜き以外の何物でもない。
だがな、あの工事を疑問に思い領主に異議申し立てをしていた家臣(かしん)がいたのだ。
それをどう思う?」

 「白眉よ、だからどうした?
堤防は手抜き工事とはいえ、工事は完了したのだ。
莫大な資金をかけてな。
それなのに追加でさらに工事を人間がするとでも思っておるのか?
金など使い果たしておるだろうに。
そもそもあの工事は人の命を守るためにやっていたのであろうか?
資金は工事より個人の懐に流れ、それにより一部の人間は権力を手に入れた。
それが本来の目的ではないのか?
金と権力が優先され、その結果堤防が決潰して同胞の命が失われてもかまわんということだ。
いったいお前はそんな生き物をなぜ気にする?」

 「青陵よ、人の一面だけで種族全体を語るのはよくない。
それに(わし)が何のためにいると思う?
御神託を巫女に託したり、夢枕で為政者に知らせよい方向に導くために儂がおる。
今回の堤防工事に関しても儂が手をこまねいていたとでも思うか?」

 「それはお前の言い分であろう?
儂にはなんの関係もない。
それに人間は山や河川を壊し、他の動物も好きにいたぶっておる。
そんな人間が手抜き工事をし、同胞を殺そうとしたのだ。
儂はそれを早めたにすぎん。
お前は地上の一種族にすぎん人間に肩入れしすぎだ。」

 神は神獣が互いの立場で言う様子を静かに聞いていた。
やがて神は手をかざし、二人の話しを中断した。

 「青陵よ、お前の言い分はわかった。」
 「ありがとうございます。
白眉はあまりに人間に寄りすぎた考えをしすぎかと愚考します。
神より注意していただけませぬか?」

 白眉はその言葉に一瞬眉根を寄せたが、無言であった。
青陵はその様子を見て、自分の意見にぐうの()も出ないのだと思った。
青陵はさらに続ける。

 「神よ、人間は自分勝手すぎる生き物です。
他の生物を家畜とし、食べ物としか見ておりませぬ。
生への尊厳など全くもっておりませぬ。
生き物として見たとしてもオモチャか、ヌイグルミとでも思っているかのようです。
他の生物よりいくらか知恵がある事を良いことに、地上界を好き放題荒らしております。
それに人は増えすぎました。
今後、人間を減らすことを進言します。」

 神はその言葉を静かに聞いていた。
そして神は決断をする。

 「青陵よ、お前の気持ちは良く分かった。
確かにお前のいう事に一理ある。」

 「そうでございましょう?」

 「だが、それはお前個人の考えである。」
 「?」
 「確かに天界では分け隔て無く生を尊重しておる。
だが地上界の事は地上界の生き物に任せて、我らは余程のことが無い限り手を出さぬ。
それはお前も分かっておろう?」
 「・・・はい。」

 「そして、お前は人間だけを目の敵にしておる。」
 「当たり前では無いですか! 
地上界の全ての生物に危害を与える人間が増殖しているのですから。」

 「それが、さきほど話した事と矛盾していると思わぬか?」
 「え?」

 「お前は間違いをおかした。
確かに地上界に降りて神力を振るうことは禁止はされてはおらん。
だが、面白半分にそれを使い命を(あや)めることは許されない。」

 「お、お待ちください!
面白半分になどとそのような事は!」

 「お前は堤防が決潰し、人が流されるのを小気味よく思って見ていたであろう?」
 「!」

 青陵は何も言えなかった。
確かに、そう思ったことは確かだったからだ。
だが、青陵は豪雨を降らせた事に対し神からお叱りをうける事には我慢がならなかった。

 「神よ、確かに小気味よいと思った事は否めませぬ。
だが、あの手抜き工事の堤防では何時かは豪雨で決潰しておりました。
私はそれを早めただけで御座います・」

 青陵は話しを続けようとした、だが・・

 「黙れ。
お前は自分に地上界の生あるものの殺生与奪の権利があるとでも言うのか?」
 「!・・・、い、いえ、そのような・・。」
 「ではなぜ洪水により人が命を失うとわかっていて行った。」
 「そ・・、それは・・。」

 青陵は答えられなかった。
神は裁定を下す。

 「青陵よ、お前を地上界に追放する。」

 その神の言葉を聞くと同時に、青陵は地上界の霊峰の頂上に居た。
地上界に追放されたのだ。
青陵は愕然(がくぜん)とした。

 しばらく青陵は呆然(ぼうぜん)としていたが、やがて現状を受け入れ始めた。
そして自分の姿をあらためて見て、龍の姿でいる事に気がつく。
神が龍としての能力を奪わず、そのままに追放したと言う事だ。

 つまり・・。
地上界で朽ち果てよ、ただし神力は奪わないが無闇にふるってはならぬ、ということだ。

 青陵は天を仰ぐ。
そして・・

 「白眉め! 神に()らざることを進言し儂を追放させたな!」

 青陵は天を仰ぎ、白眉に向かって叫んだ。
だがその声は天界に届くことはなかった。

 一方天界では・・

 「神よ、この裁定は厳しすぎませぬか?」
 「地上界の生を(もてあそ)んだのだ、厳しいということはない。」
 「ですが・・・。」

 「白眉よ、其方(そなた)(やさ)しい。
それはお前の良い面でもあり、悪い面でもある。
その点を肝に銘じよ。」
 「は、はい・・。」

 「そしてよく聞け。
青陵は地上界に追放したが神力はそのままだ。
神力を残したのは、天界に戻すことも考慮したからだ。
人への偏見をなくし己を反省したなら、また天界に戻すこともあろう。」
 「ありがとう御座います。」
 「お前が礼を言うことではあるまい?」
 「はい、ですが、ありがとうございます。」

 「お前らしいのう・・、その優しさが裏目にでなければよいが・・。」
 「?」
 「まあ、よい下がれ。」
 「はい。」

 白眉は首を傾げながらその場を辞した。
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