第185話 祐紀・地龍についての責任を語る

文字数 2,480文字

 地龍の件を一通り佐伯(さえき)から聞いた祐紀(ゆうき)は、突然佐伯に平伏(へいふく)した。

 「申し訳ありませぬ、」

 それを聞いた佐伯は首を傾げた。

 「何を謝っておる?」
 「私の力がおよばず、地龍を出してしまいました。
この責はいかようにも・・・。」

 その言葉に佐伯は、怒りの形相となる。

 「この馬鹿者が!」

 祐紀は佐伯の怒声を聞き、自分の失態への怒りだと理解し、さらに頭を下げた。

 地龍を抑えるのが霊能力たる自分の仕事であり、そのための神社の継嗣(けいし)なのだ。
地龍が地上に放たれた責は自分にある。
そう思い、祐紀は佐伯から言い渡される沙汰(さた)を待つ。

 「誰がお前の責任だと申しておる!」
 「え?」

 祐紀は思わず顔を上げた。

 「地龍を閉じ込めたのは、かの昔の高名な僧侶じゃ。
お前など足下にもおよばぬ霊能力者だ。
その者が命をかけて地龍を結界に閉じ込めた。
それと同じ事を小童(こわっぱ)のお前などができるなどと自惚れ(うぬぼれ)るでない!」

 「し、しかし・」
 「黙れ!」

 祐紀は佐伯の予想もしない言葉と、その怒りが理解できず押し黙った。

 「よいか祐紀、地龍が地上に放たれのはお前の責任ではない。
これは天の意思だ。
なるようにしてなった事じゃ。
お前が責を取るなどというのは筋違いも(はなは)だしい。
だが責任感が強いのは悪いことではない。
しかし、己ができなかったからといって全てを自分の責とするのは愚か者だ。
それにだ、お前のその純粋さを悪用する者がおるやもしれんのだ。
もし、お前のその言葉を聞いて、ならばその責をどう取る、と言われたらどうするのだ!」

 「え?」
 「例えば、お前が自分の責だと認めた事を逆手にとり、権力者がお前を罪人にしたて自分に逆らわないよう言いつけたらどうするのだ!
お前をいいように使うぞ!
それでも良いのか!
この馬鹿者が!」

 「あ!・・。」
 「分かったか? ならば肝に銘じよ。よいな。」

 祐紀は項垂(うなだ)れた。
その様子を見て、佐伯は柔和ないつも通りの顔になる。

 「(わし)其方(そなた)を呼んだのは、地龍の件でヤキモキしていたであろう其方(そなた)に現状を伝えるためだ。
其方を叱責(しっせき)するために呼んだわけではない。
勘違いするでないわ。」

 「・・・はい。」

 「ところで、お前の世話を頼んでおるお紺がお前の様子がおかしいと言って居っておったが?」
 「え?」
 「なんぞあったか?」
 「・・・。」

 祐紀は押し黙り(うつむ)く。
佐伯は直ぐに話そうとしない祐紀に首を傾げた。
佐伯は祐紀が話すのを待つことにした。

 やがて祐紀は、顔をユックリとあげて話し始めた。

 「地龍が地上に放たれた時、雷鳴の中で姫巫女(ひめみこ)様の悲鳴を聞きました。」
 「悲鳴・・とな?」
 「はい。」
 「空耳(そらみみ)か?」
 「いいえ・・。」

 佐伯はじっと祐紀を見つめる。

 「あれは空耳というには鮮明過ぎます。
白昼夢とでもいえばよいのでしょうか・・。
まるで直ぐ傍に姫巫女様がいらして、私に助けを求めて叫んだかのようです。
声だけで姿は見えませんでした。
あれは言霊(ことだま)を姫巫女様が飛ばしたのです。
それも無意識に、恐怖に駆られて。
霊能力者である私が、その言霊を(とら)えた・・・。
なぜか私にはそうだという確信があるのです。
初めての体験でしたが、私には分かります。
佐伯様に信じていただけるかはわかりませぬが・・。」

 「ふむ・・。地龍が地上に放たれた時にか?」
 「はい。ただ・・。」
 「ただ、なんじゃ?」
 「その・・。」
 「はっきりと申せ。」

 「言霊というのは時空を超えます。」
 「時空を超える?」
 「はい。距離に関係なく聞こえます。」
 「ふむ・・。」
 「それと聞こえた時に、その言霊が発せられたとは言えないのです。」

 「どういう意味じゃ?」
 「数日前に出された言霊かも知れませんし、数ヶ月後のものかもしれないのです。」
 「・・・。」
 「ですが、姫巫女様がここ1,2ヶ月前後に発した言霊であることは確かだと思います。」

 「そうか・・。
まあ、いずれにせよ陽の国に姫巫女、いや、今は神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様であったか・・。
神薙の巫女様に何かあったかを知ることは困難じゃ。
陽の国に我が殿から問い合わせをしても、陽の国は答えはせんじゃろう。
かの国は、どうやら神薙の巫女とお前がよしみを結んで神薙の巫女をこの国に取り入れんとしていると確信しておるのだからな。」

 「佐伯様、私にそのような事はありませぬ!」

 「分かっておる。分かっておるがかの国はそう思っておるのじゃ。
陽の国の神殿はそうは思っておらぬとも、国主がそう思い込んでおるのじゃ。
これはどうしようもないことじゃて。
じゃから、問い合わせても無駄じゃろうな。
神薙の巫女の様子を知る(すべ)は無い。」

 「・・そうで御座いますか。
佐伯様、今一度お聞きしますが神薙の巫女様の様子を知ることは無理なのですね?」
 「そうじゃ。」

 「・・・分かりました。」

 「そうか・・、で?」
 「え?」
 「知る術が(わし)にないとして、お前はどうしたいのだ?」
 「・・・。」

 祐紀はその言葉に、顔を上げ佐伯の目を真っ直ぐに見た。
祐紀は口を開けては閉じる。
何か言おうとするが、言葉にできないようだ。

 そんな様子の祐紀に、佐伯は一喝する。

 「祐紀!! 言え!」

 佐伯の大音声(だいおんじょう)に、祐紀は思わず背筋を伸ばす。

 「どうしたいのかと、聞いておる!」

 祐紀は目を伏せ、一度深呼吸をする。
しばらくして目線をゆっくりと上げたとき、祐紀の顔つきが変わっていた。

 祐紀は佐伯に落ち着いた声で話し始める。

 「私は・・、神薙の巫女様の(そば)に参りたい。
今すぐにでも・・。
ですが・・、それは無理なことだと分かっております。
私自身がこの国に必要とされ、国外にいける立場でない事を。
そして陽の国も、私を入国させないであろうことも。
もし、私が陽の国に行ったならば、国と国との問題になるでしょう。
陽の国は私が神薙の巫女を連れにきたと。
そしてこの国は、私が陽の国にほだされたと。
ですから・・・、私は何もできない。動けない・・・。」

 「ふむ、自分の立場をよく分かっておるではないか。
それでも神薙の巫女に会いたいか?・・。」

 「はい・・。」

 そういって祐紀は目を伏せた。
佐伯はそれを聞くと腕を組んで目を(つむ)った。
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