第58話 祐紀、御神託の内容を話す2

文字数 2,874文字

 佐伯は祐紀に話し始めた。

 「まず、一つ、お前の知識で間違っていることがある。」
 「それは何でしょうか?」
 「100年程の慧眼和尚(けいがんおしょう)について、と言っておったことじゃ。」
 「?」
 「実際はかなり古い。」
 「ではなぜ100年と?」
 「閻魔堂(えんまどう)に対し民の信仰がなくなって来ておるためじゃ。」
 「・・?」

 「閻魔堂の信仰をとりもどすため、100年前と流布しなおしたのじゃよ。」
 「・・・。」

 「人々は過去に起きた怖ろしい出来事でも、古いものは忘れてしまう。
 そのために最近のこととして、怖さから信仰をするように仕向けたのじゃ。」
 「・・・。」
 「わからぬか?」
 「え、ええ。」
 「たかだか100年程前に起きた怖いことを忘れ天罰が怖ろしくないのか、という風潮にしたのだ。」
 「・・・。」
 「神話時代の話しでも、長老達が生きていた時代でも、誰も信じないからのう・・。
 だから100年位がちょうどよいのだ。」
 「確かにそうかもしれません・・。」

 「うむ。 流言(りゅうげん)により、ここ数年で閻魔堂で祈りを捧げる民が増え始めてきたところだ。」
 「そう・・ですか・・。」
 「そうだ、だから本当の伝承はかなり古い。記録さえないのだ。」

 「でも、なぜ閻魔堂の信仰を、今頃になり気になさるのですか?」
 「其方(そなた)の神社と都を挟んで対をなす地龍神社(ちりゅうじんじゃ)を知っておるか?」
 「ええ、まあ名前だけは・・。」
 「そこの宮司が、殿にそうするよう直訴(じきそ)したためじゃ。」
 「直訴、ですか・・、それではその神官は?」
 「直訴の怖さを知っておろう?」
 「では、やはり命と引き替えにしてまで・・。」
 「そういうことじゃ。」
 「・・・。」

 「ただ、伝承の年数など命を犠牲にしてまで行うことかと城では大騒ぎだったようじゃ。」
 「そう・・ですか・・。」

 「だが、宮司が命をかけてまで行った事が民の不安を(あお)り、閻魔堂の信仰が戻る切っ掛けにもなっておる。」
 「まさか、その宮司様はそのことも考えての直訴ですか?」
 「おそらくな。」

 「でも、その宮司は何故に閻魔堂の信仰を復活させたかったのでしょうか?」
 「実直な宮司で先祖代々、閻魔堂の信仰を見守ってきたためとしか思えん。」
 「信仰、ですか?」
 「ああ、そうじゃ・・。信仰というより祈りであろうな・・。」
 「祈り?」
 「うむ、簡単にいうと祈らなければ、この世に(わざわ)いが降りかかるということじゃ。」
 「・・・。」
 「そのことを信じ、自分の命を捧げたということになる。」

 「その・・災いと、祈りの関係がよく分からないのですが?」
 「うむ、災いなのじゃがな・・、
 これは宮司の言うておることじゃ。
 災いをもたらす物の怪(もののけ)が閻魔堂に閉じ込められておるらしい。」

 「え? 物の怪ですか?」
 「地龍神社では、そう言っておる。」
 「・・・・。」

 「そして閻魔堂に祈りを捧げねば、物の怪が閻魔堂から抜け出すそうじゃ。
 するとその物の怪がこの世に災いをもたらすらしい。」

 「祈りとは、物の怪の封印のためのものということですか?」
 「簡単にいうとそういうことじゃな。」

 「しかし、封印は神主の、いや、霊能力者のすることでは?」
 「では聞く、どこにその者がおる?」
 「あ・・。」
 「じゃから民の祈りを封印の力に地龍神社の宮司が変えておったのじゃろう。」
 「なるほど、そういう事でしたか。」
 「うむ。」
 「ただ、今、宮司はいないのですよね?」
 「娘が宮司の後を継いでおる。」
 「なるほど・・。」

 「宮司は、民を守るために祈りを捧げるように仕向けたということじゃ。
 それも己の命と引き替えにしてまでもな。」
 「すごい宮司だったんですね。」
 「うむ。殺すには惜しいという意見も多かったが、法律は法律じゃからな。」
 「・・・はい。」

 「では、儂が調べた閻魔堂の伝承について話そう。」
 「はい。お願いします。」

 「祐紀よ、地龍とはどういうものか知っておるか?」
 「いえ・・、知りません。」
 「龍はこの地上と天界を行き来するとされている。」
 「はい。」
 「神々に地上で起きた出来事を伝えるために地上と天界を行き来する。」
 「・・・。」
 「そして地上にいるとき、地龍と呼ばれる。」
 「はい。」

 「しかし、一説によると龍は神々が地上に天罰を与えるための使いとも言われる。」
 「天罰・・ですか?」
 「うむ、例えば人が神の意に反した場合、人をこの地上から一掃するような天罰だ。」
 「・・・怖ろしい使いなのですね。」
 「そうじゃな・・。」

 「なにか、人が神の意に反したのでしょうか?」
 「?」
 「閻魔堂の話しで地龍の事を話すということは、天に報告をしに行く地龍を閻魔堂が阻止しているのかと・・。」
 「ほう、そのように考えたか。」
 「違うのですか?」
 「うむ、外れておる。」
 「?」

 「そもそも、本来の地龍は人の祈り程度では天へ行くのを阻止できん。」
 「本来の地龍?」
 「そうじゃ。 地龍は天の使いだ、そのようなものに人など太刀打ちはできん。」
 「そう・・ですね、すみません。」
 「何故、(あやま)る?」
 「いえ、私はてっきり閻魔堂が地龍を押さえているのかと。
 早とちりをして、佐伯様の話の腰を折ってしまいました。」

 「いや、閻魔堂は地龍と関係しておる。」
 「え? でも、人では地龍を押さえられないのでは?」
 「先ほど本来の地龍なら、と、そう申したであろう?」

 祐紀は混乱した。
地龍に本来も何もないのではないだろうか?
地龍は地龍なのでは、と。
人知(じんち)がおよばない地龍に、閻魔堂の祈り程度では意味がない。
そう思った。

 「地龍に人知が及ばないのは、神の使いとして清らかな聖獣の場合だ。」
 「・・・。」
 「今、この地におる地龍は聖獣ではない。」
 「え?」
 「じゃから閻魔堂の祈りにより、地龍は封印されておる。」
 「ふ、封印なのですか!」
 「そうじゃ。」
 「そんな・・? 天の使いを封印するなどと・・・。」
 「そうじゃな、普通ならば天の怒りを買い、天罰がこの国、いや人全てに下るだろう。」
 「・・・。」
 「なぜ、地龍が聖獣でなくなったか、そして天罰が下らないのかだが・・」
 「・・・。」
 「これは、あくまでも伝承で語られ、古文書に示されたものじゃ。」
 「はい。」
 「真実かどうかはわからぬ・・。」
 「はい。」
 「これから話すのは伝承と調査した結果、そして儂の主観もすこし入っておる。」
 「・・・。」
 「話し半分で聞くことじゃ。」
 「わかりました。」

 そういうと佐伯は伝承を話し始めた。
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