第5話 強制待機

文字数 1,252文字

 
 奪衣婆(だつえば)見習いは、すこし機嫌斜めな様子で腕を組んで暫し考えた。 
そして、祐紀を見ながら独り言のように話す。

 「さて、君をどうしようかな・・。」
 「? どうしようかって、皆と同じで輪廻転生でしょ?」
 「そうもいかないんだよね・・。」
 「?」

 意味不明の顔をしていたのだろう・・
巫女装束の子(奪衣婆見習い)は、ため息を一つ吐いて話し始めた。

 「あのね、輪廻転生をするには三途の川に素直に流され黄泉に行くことが条件。
それ以外は、御臨終時に三途の川に流されなければ解脱とみなされる。
君は、どちらでもないんだよ、自覚しなよ。
だから扱いに困るんだよ。」

 「・・そう言われても、ね。
川なんか見えなかったし、流されるのを心で止まれと念じたら流されなかっただけだよ?」
 「そう、それが問題。」
 「? 何が?」
 「普通は、止まれと思っても止まれないの。」
 「えっ! そうなの?」

 「そういうこと・・私の手に余る事態だね。
閻魔様に緊急面会して君の処分を相談ないとね。」
 「しょ、処分! なにそれ、俺、罪人かよ!」
 「まぁ、そんなもんかな?」

 「ちょ、ちょっと待った、俺、罪なんか犯してないぞ!
生きていたときは動植物を食べていたけど、それって普通だろう!」
 「ああああああ、五月蠅い!」
 「五月蠅いも糞もあるか!」
 「もう、面倒!」

 巫女はそう言って印を組むと「えぃっ!」と叫んだ。

 巫女装束の子がそう叫ぶと、俺はなぜか高い山の山頂に居た。
山頂といっても、畳み三畳ほどの平らな山頂で、山は断崖絶壁。
山の斜度は・・たぶん80度くらい・・そして降りる道など無い。
遙か下に雲が見える。
要は絶対にこの山は降りられない。ロッククライマーでも困難ではないだろうか?
風は全く無く、寒くも暑くも無い。

 呆然としていると声だけが聞こえた。あの巫女装束の子の声だ。

 「そこで待機!」

 そう言われ、反論をしたが一切答えてくれない。
どうやら放置されたようだ。

 なんとなく此処(ここ)は人間社会でいう牢獄の個人部屋なのではないだろうか?
トイレはない。
まあ死人にトイレはいらないか。
食事は・・・
それも死んでいるからいらないか・・水も・・。
でも、コーヒーは飲みたいな・・。

 そう思ったとたん、目の前にコーヒーカップがソーサーにのってテーブルと椅子とともに現れた。

 唖然とした。

 しばし呆気にとられたが、すぐに我に返った。
コーヒーを出してくれるなんて、罪人とか言っていたが待遇が良いのはなぜだ?
まあ、考えても始まらない。コーヒーが出されたのは素直に嬉しい。
けど狭っ!
三畳に机と椅子だもの・・
山頂から落ちないように、慎重に椅子に座る・・怖い・・。

 一口、カップに口をつけ味見をした。
ブルマンか・・美味いな、これ・・
しばし何か考えることをやめ、コーヒーを味わった。
世間ではこれを現実逃避と言うらしい。
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