第195話 祐紀の養父・襲撃される 目撃者 その2

文字数 2,020文字

 矢が町人風の男の肩に刺さった。

 その時、侍の二人は目を見張った。
矢を受けた町人の動きが異常だったからだ。
町人は肩に刺さった矢を肩の近くで即座にへし折り、すぐさま近くの藪に逃げ込んだのだ。

 見事というほかはない。

 突然矢に襲われればパニックになる。
もしならなかったとしても、その場に膝をついて動けなくなるのが普通だ。
武家ならば自分の後ろにあった木を盾にするため、木の後ろに逃げ込んだであろう。

 だが、この者は(やぶ)に逃げ込んだのだ。
間者(かんじゃ)なら藪に飛び込み、藪に隠れながら逃げる手段を選ぶ可能性はあるのだが・・。

 だが・・、間者とは思えない。

 かと言って町人が、矢がささると同時に冷静に矢を抜かずにへし折り、藪に逃げるなどそうできるものではない。

 矢を抜くと出血により動けなくなる。
かといって矢をそのままにして逃げると、刺さった矢が邪魔をする。
それを瞬時に判断をして行動をしたのだ。
なまじっかできるものではない。

 襲撃した者はどうするのかと見ていると、やがて木から飛び降りてきた。
だが、逃げ去った町人を追う気はないようだ。
町人の逃げ去った方向を見て微笑んでいた。

 「何故、彼奴は追わぬのだ?」
 「・・・矢に毒が塗ってあったのであろう。」

 「そうか・・、こんな山奥で毒矢を受けたなら逃げても意味はないか。
医者などいるわけもなく、動けば動くほど毒が回るからな。」

 「まあ、理由はわからぬが暗殺が目的だった事は確かだ。」
 「では、彼奴に聞くとするか。」
 「ああ、そうしよう。」

 二人が襲撃者に気づかれないように移動しようとした時だ。
襲撃者の背後から近づくものがあった。
背後の雑木林の合間から、まるでそよ風のようにフワリと・・。

 襲撃者は背後に気がついたのか振り向いた。
それと同時に、背後の者はごく自然の動作で短刀を襲撃者の胸に刺したのだ。

 「おい! あ、あれは!」
 「ああ、先ほどの町人だ。」
 「逃げたのではないのか!」

 「逃げた振りをしたのであろうな・・・。」
 「なんていう奴だ!」
 「それにあの一撃・・、すごいな・・。」
 「ああ・・、流れるように自然体で行うとはな。恐ろしい奴だ。」

 二人は顔を見合わせた。

 だが、その町人は襲撃者を倒した後、よろめきながら後退し、そのまま後ろの木に背中をぶつけてしゃがみ込んだ。

 「どうしたのだ彼奴は?」
 「おそらく毒が回ったのであろう・・・。
毒矢を受けたあと迂回して彼奴の後ろに回り込んだのだ、動けば毒も回る。無理もあるまい。」
 「そうか・・、じゃあ・・口を割らせるのは無理だな、死んでしまっては。」

 「いや、おそらくこれほど動けたのだ、遅延性の毒であろう。
手当をすれば助かるやもしれん。」
 「・・・助けるのか?」
 「どうしたものか・・。」

 「五体満足で歩けるなら口を割らせるために連行はするが・・。
彼奴を担いで医者になど連れて行く義理はない。
捨て置こう。」
 「そうだな・・。」

 「じゃあ、見回りを続けるぞ。」
 「その前に、彼奴の顔を拝んでおこう。」
 「ん? 何故だ?」
 「いや、あの身のこなしが少し気になってな・・。」
 「まあ、よかろう。」

 二人は倒れた町人風の男・神一郎に近づいた。
二人が近づくと、神一郎の俯いた顔がほんのわずかだけ動いた。

 「おや、此奴、まだ意識が多少はあるようだ。」

 そう言った時、神一郎の頭がカクリとなった。

 「意識を手放したか・・。」
 「すごい精神力よのう・・・、意識を保っていたとはたいしたものだ。」
 「それにしても怖ろしい奴だ。
毒矢を喰らいながらも、襲撃者に気がつかれないように後ろに回り込むなどと。
敵に回したくない奴だ。」
 「ああ、そうだな・・・。」

 「では、顔を拝もうか。」

 そういって神一郎の髪をつかんで俯いていた顔を上げる。

 「こ、此奴は!!」
 「ん?! 知り合いか?」
 「いや、まさか?!・・」
 「?」
 「間違いない、神雷鬼(じんらいき)ではないか!」
 「え?! 何だと! あの神雷鬼か!」
 「そうだ!」

 「いや、まて、神雷鬼は姿を消してからだいぶ立つ。
噂では死んだと聞いている。
いや・・、そもそもだ、なんでお前は神雷鬼を知っているのだ?!」

 「つっ! お、俺の通っていた道場は神雷鬼に倒されたことがあるんだ!」
 「はぁ? そうか・・、お前、あの有名道場に通っていたんだよな・・。」
 「ああ、俺はまだ道場に入ったばかりの頃に、此奴が道場に手合わせを願いでてきたことがある。」

 「おい! じゃあ、聞くが、あの噂は本当か?」
 「噂? ああ、噂ねぇ、あれは噂ではない。」
 「そ、そうなのか?」
 「道場の師範代も誰も、手も足も出ない、本当に人間とは思えなかった・・。」
 「そうなのか・・、やはり化け物か。」
 「ああ、絶対に対峙したくはない相手だ。」
 「で、・・・どうする?」
 「このまま放置しておくべきか・・?」
 「ああ、それの方がなにかと波風は立たんぞ。」

 そう言って、二人は顔を見合わせた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み