第234話 陽の国・これから・・・ その3

文字数 2,515文字

 裕紀(ゆうき)猪座(いのざ)が御神託(しんたく)について偏見がない事を聞きホッとした。
そして猪座の目を見つめ、(おもむろ)に話し始める。

 「本来、御神託はあまり人に話すべき事ではありませぬ。」
 「ええ、それは聞いたことがあります。」

 「ですが、私は貴方に話そうと思います。」
 「え?!」

 猪座は裕紀の言葉に驚いた。
だが、そんな猪座の様子にお構いなしに裕紀は話しを続ける。

 「神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様と私に同じご神託がおりております。」
 「え?! 同じ、ですか?」
 「はい、普通はあり得ないご神託です。」
 「・・・。」

 「御神託がおりたからには、私はこの御神託に従うだけです。
そのため、私は神薙の巫女様の協力をしにこの国に来たかったのです。」

 「・・来たかった?」
 「ええ、そのつもりだったのです。」
 「どういう意味ですか?」

 「この国の国主(こくしゅ)様は、私の協力を(こば)んだからです。」
 「何ですって!!」
 「事実です。」
 「!・・・。」

 「ただ、私の国にもある事情があり、神薙の巫女様のお力添えが欲しかった事があります。」
 「?」

 「神薙の巫女様に協力を求めたのです。
ただ、その協力をしてもらうためには我が国に来てもらう必要がありました。
それも国主様により(ことわ)られました。」

 「・・・。」

 「これは、おそらく先ほどの噂が関与しているように思えます。
我が国への協力をさせないために流したのでは、と。
おそらく姫御子様から一介の巫女様に引きずり落としたのもそのためかと。」

 「まさか・・、そのような事は・・。」
 「無いと思いますか?」
 「・・・。」

 「ただ、私には分からないのです。
姫御子様を巫女に降格させる意図(いと)が。
単に私の国に来させないためにしては、あまりにも手が込んでいます。
そのような事をして、何か利益がある者がいるのでしょうか?」

 「利益ですか・・、調べなければ何とも言えませぬな、それは。」

 そういって猪座は腕を組んで(しば)し考え込んだ。

 「猪座様・・。」
 「ん?」
 「私への誤解は、この話しによりとかれましたか?」
 「え?」
 「神薙の巫女様を我が国に連れさるという誤解です。」
 「・・・え?、あ、まぁ・・そうですね。」

 罰が悪そうに猪座は(うなず)いた。
すこしの間、だれも口を開かなかった。
やがて神一郎(しんいちろう)が口を開いた。

 「さて、話しは落ち着いたかな?」

 裕紀と猪座は首肯(しゅこう)する。

 「では、猪座、お前に一つお願いしたいことがある。」
 「委細承知、ここで話した内容は他言無用、という事でござりましょう?」
 「そういう事だ・・。」 

 猪座と神一郎は互いに頷きあった。
そして二人はホッとしたのか、あるいは納得したためか手に茶碗をとりお茶を飲み始める。

 暫くして裕紀が神一郎に話しかけてきた。

 「養父様、先ほどの件で確認したい事があります。」
 「なんじゃ。」
 「姫御子(ひめみこ)、いや、神薙の巫女様の窮地を救ったというのは間違いないのですね?」
 「・・・そうだ。」

 その言葉を聞いて裕紀が小声でポツリと呟いた。

 「そうか・・、それならあの言霊(ことだま)は・・、解消されたんだ。」

 「ん? 裕紀、何か言ったか?」
 「え? いや、何でもありません!」
 「何を隠しておる?」
 「いえ、何も。」

 「・・・正直に言いなさい、裕紀。」

 「いやです。」
 「へ?」
 「養父様だって、この陽の国に来た経緯など話してくれないではないですか。
ですから、私も話す気はありません。」

 「それは、(わし)には儂の事情があってだな・・・。」
 「では、私には私の事情があります。」
 「それは屁理屈(へりくつ)というものだ。」

 「いえ、もし私の事が知りたければ、最初に養父様が話して下さい。」

 裕紀の言葉に神一郎は、一瞬ポカンとした。
だが、その直後ニヤリとした。

 「そうか、なら儂はお前の事は聞かぬ。
話さなくても良い。
どうせ、神薙の巫女様の言霊でも聞いたのであろう。」

 「え!?」

 「聞かずもがなだな。」
 「う!・・・。」

 これで話しは終わりとばかりに亀三(かめぞう)に声をかける。

 「亀三、では明日にでも帰るか?」

 だが、亀三はそれに対し首を横に振った。

 「宮司(ぐうじ)様、それはおよしなされ!」
 「え? 何故?」

 「リハビリをしている最中に(ころ)んでしまう人が帰れるわけがありませぬ。」
 「え? それをなんで知っている!」

 「猪座様の話や、宮司様が今日だけ寝ている事。
それらの事柄から分かります。
どうせリハビリで歩き回り、何も無い平地のような場所で転んだのでしょ?
そんな人を明日になど連れて帰れるとでも?」

 「亀三、それは誤解だ。
もう、儂は大丈夫だ! 歩けるぞ!
そ、それにだ! あれはたまたまだ。
そう! たまたまだっただけだ。
うん! そう、たまたまの偶然だ。
あんなところに石があるのが悪いのだ。
そんな石に(つまず)いて転んだのだ。
儂が悪いのではないのだ。
な、そうであろう?
儂はもう回復しておる!
それにだ、寝るのには飽きた。
一年くらい寝なくても良いくらいだぞ。
ほれ、この通りピンピンしておろう?
だから儂は帰れる、いや帰る!」

 亀三はそれをじっと聞いていた。
神一郎が言い終わるのを聞いてため息を一つ吐く。
そして、あきれた声で神一郎に言う。

 「子供ですか、貴方(あなた)様は・・・。」
 「こ、子供?! 子供とはなんだ!」

 「何処の世界に大の大人が、帰りたいのでリハビリなどしないと言うんですか?」
 「うぐっ!」

 「良いですか、リハビリをきちんとなさいませ。
帰るのはまともに歩けるようになってからです。」

 その言葉に神一郎はそっぽを向く。

 「宮司様! お返事は!」
 「ううぬ! 亀三、儂は宮司ぞ! お前より偉いのだ!」
 「だから何ですか? 偉ければリハビリなど無用とでも?」
 「うううう・・、お前という奴は!」

 「ご返事は?」
 「・・・。」
 「ご・へ・ん・じ、は?」
 「・・・分かった! やれば良いのだろう、リハビリを!」
 「はい、大変よろしいご返事でした。」

 裕紀はぐうの()もでない神一郎を見て、ほくそ()んだ。
神一郎はそれを見逃さなかった。
裕紀を(にら)みつける。
裕紀は目をそらせ、ごまかすかのようにお茶を一口飲んだ。
亀三は肩をすくめて、この親子は・・、という顔をする。

 猪座は何も言えず、ただただ三者三様の様子を見守るしか無かった。
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