第92話 依頼を受ける前に・・説得してもらおうじゃないか その3

文字数 2,461文字

 奪衣婆(だつえば)閻魔(えんま)大王の言葉に引っかかりを覚えた。

(わし)の処遇などで済めばそれでよい。』という言葉が頭の中で木霊(こだま)する。
帝釈天(たいしゃくてん)も同様に、この言葉に違和感を覚えた。

 奪衣婆は閻魔大王に質問をした。

 「閻魔大王様、反乱を起こした者の名前は?」
 「・・・・。」

 閻魔大王は、すこし思いあぐねているようだ。

 帝釈天は眉を(ひそ)めた。
自分には首謀者の名前をあっさりと告げたのに何故だ?
そう思ったが口には出さない。

 閻魔大王は帝釈天をちらりと見たが、何も言わなかった。

 「私に言えない者ですか?」
 「・・・牛頭(ごず)馬頭(めず)だ。」
 「なっ!?」

 奪衣婆は息を呑んだ。
帝釈天には、母である奪衣婆の驚いた様子に当惑する。

 牛頭馬頭の二人は、地獄界で有名な破落戸(ならずもの)だ。
それを聞いたからといって、驚くことだろうか?
違和感が頭をもたげるが、静観をすることにした。

 奪衣婆は目を伏せ、閻魔大王に語りかけた。

 「そうですか・・、あの二人が反乱を・・。」
 「・・・。」

 「で、閻魔大王様、貴方がそれを(かば)うのですね。」
 「・・・。」

 奪衣婆は、もの悲しそうな顔をした。
そして(うつむ)く。

 沈黙が三人の間に流れた。
やがて口を開いたのは、奪衣婆だった。

 「帝釈天、牛頭馬頭の反乱を阻止(そし)しなさい。」
 「えっ?」

 予想外の展開だった。
母のことだ、閻魔大王を(しか)り飛ばし無視するかと思った。
それが、何故?

 ポカンとする帝釈天にさらに奪衣婆は注文をする。

 「よいですか、できれば内密に反乱を(おさ)めなさい。」
 「内密に・・、ですか?」
 「そうじゃ。」
 「それは・・」

 理由を聞こうとしたが、母から真剣な眼差しで見つめられた。

 「分かりました。」
 「・・・理由は聞かないのですね。」
 「はい。」
 「ありがとう、息子よ。」

 ふと見ると閻魔大王が帝釈天に頭を下げていた。
帝釈天は唖然(あぜん)とした。

 たしかに閻魔大王とは軽口を叩いたり、喧嘩をする。
だが、それは気心のしれた伯父のような存在だからだ。
だから、軽く頭を下げてくることはあった。
しかし、この様子は違う・・・。

 帝釈天は天井を仰ぎ、溜息を吐く。
そして母に向き直る。

 「場合により牛頭馬頭とは果たし合いになります。」
 「そうであろうな・・。」
 「その場合は・・。」
 「・・・できれば命だけは助けて欲しい。」

 その時、閻魔大王が口を挟む。

 「あの者達は強い。
 場合により、命を取ることは許す。」

 「閻魔大王!!」

 奪衣婆が悲痛な声を上げる。

 「よいのじゃ。
 帝釈天に無理をさせたくない。
 怪我でもしたらどうする?
 奪衣婆、お前の悲しむ顔は見たくない。
 それに、市(姫御子)の件もあるであろう?」

 「・・・。」

 奪衣婆は目を見開き、何か言おうとした。
だが、閻魔大王がこのように言うということは・・。
牛頭馬頭は帝釈天一人では手に負えない可能性があるということだ。
息子に怪我をさせたい母親などいるわけがない。
奪衣婆は押し黙った。

 帝釈天は閻魔大王に話しかけた。

 「閻魔大王様、まあ、なんとかしてみます。」
 「何とか? できるのか?」
 「さて、どうでしょうね・・。」

 そう言って帝釈天は笑顔を向けた。

 奪衣婆はその言葉を聞くと、帝釈天に近づいた。
そして右手で帝釈天の頬にそっと触れる。

 「帝釈天よ、無理はいかんぞ?」
 「わかっていますよ、母上。」

 奪衣婆は、そっと帝釈天を抱きしめた。
帝釈天はジッと母に抱かれ、好きなようにさせた。
そして思う。

 母の匂いだ。
やはり母に抱かれるとホットする・・。
まあ、そんな事を言ったら調子に乗るから言わないが・・。
一度、うっかり言ってしまい膝枕をされた事があった。
そんな事を思い出し、すこし苦笑いをしてしまう。
少し感傷に(した)りながら、(しば)し母の(ぬく)もりを堪能(たんのう)した。

 5分ほど経過した頃だろうか・・

 「ゴホン!」

 閻魔大王が、わざとらしく(せき)をした。
奪衣婆は、無視をする。
しかたなさそうに、閻魔はまた黙った。

 それから暫くして閻魔大王は、(しび)れを切らしたようだ。

 「あ~、なんだ・・親子水入らずの所をすまんが・・
 それは他の場所に行ってやってくれんかな?」

 その言葉に奪衣婆は、ようやく帝釈天から離れた。
そして閻魔大王を(にら)む。

 「閻魔大王様、我が息子がこれから危険を(おか)すのです。
 別れを惜しんでいる親子を見て、貴方様は邪魔をするんですね?」

 「あ、いや、あの、なんだ・・その・・済まん!!」
 「何が済まんですか!」
 「だ、だから謝っているだろう?」
 「いえ、貴方様の謝り方には誠意が感じられません!」
 「そ、そのような事はない!」
 
 「「・・・。」」

 突然、喧嘩をしていたはずの二人が押し黙る。
そして、奪衣婆がポツリと(つぶや)く。

 「・・・行ったわね・・。」
 「ああ、悪いな奪衣婆よ。」

 帝釈天が部屋から消えたのだ。
おそらく二人が喧嘩しはじめたので、安心したのだろう。
二人が何時もの調子に戻ったのを見て、そっと部屋を抜け出したのだ。

 奪衣婆は思う。
 優しい子だ、と。

 閻魔大王は、帝釈天に頼るより仕方ない現状が歯がゆかった。
しかし、他に信頼して頼れる者がいない。
帝釈天なら・・と思い、依頼したのだ。
茶番のように依頼したのは、断ってもよいようにするためだった。
だが、引き受けてくれたのだ。
本当に済まんと思い、心の中で頭を再び下げた。
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