第196話 祐紀・養父の言霊を聞く

文字数 1,998文字

 祐紀(ゆうき)は神社で不在となっている養父の代わりに社務所で業務を行っていた。
筆に墨をつけ書類に書こうとしたときだった。

 「祐紀・・。」

 突然、耳元で養父の囁き声が聞こえた。

 「えっ!!」

 祐紀は筆をポロリと落とし、目を見開いた。
側で仕事をしていた兵衛(ひょうえ)は突然声を上げた祐紀を怪訝な顔でみる。

 「祐紀様、どうされた?」
 「・・・。」
 「祐紀様?」
 「今、養父様が・・・。」
 「え?」

 「行かなければ!!」

 そう言って祐紀は立ち上がって、社務所から飛びだそうとした。
そんな祐紀を社務所内にいた亀三(かめぞう)が、俊敏に動き祐紀を取り押さえた。

 「離せ! 亀三!!」
 「落ち着きなされ!」
 「亀三!! 離せ!」

 亀三は暴れまくる祐紀を押さえ込みながら首を軽く絞めた。

 「か、亀三!」

 祐紀は掠れた声でそう呟き気を失った。
亀三は絞め技を祐紀にかけたのだ。

 くたりとした祐紀を亀三は抱き上げた。
兵衛は祐紀を抱き上げている亀三に駆け寄り声をかける。

 「いったい何が起きた?」

 兵衛の言葉に亀三は首を横に振る。

 「分かりませぬ。 ですが、こうせねば・・。」
 「ああ、分かっている、ご苦労であった。」

 亀三は社務所の隅にある畳敷きの休憩場所に祐紀を運び横たえた。

 「兵衛様、祐紀様は暫くしたら目を覚ますでしょう。」
 「そうか・・。」
 「兵衛様は先ほどの祐紀様の様子、どう思いますか?」
 「お前には心当たりがないのだな?」
 「はい。」
 「・・・。」

 押し黙り考え込む兵衛に亀三は当惑する。
亀三は恐る恐る兵衛の名を呼んだ。

 「兵衛様?」
 「え?・・・ああ済まぬ・・。」
 「兵衛様には心当たりでも?・・・。」
 「そうだな、おそらくだが・・。」
 「・・・。」

 「二つの事が考えられるのだが・・。」
 「それは?」
 「一つは神薙(かんなぎ)巫女(みこ)の事で精神が疲労し白昼夢を見たのではないか、と。」
 「え? でも先ほどは神薙の巫女様とは言っておりませんが?」

 「精神的に参っているときは、人はよからぬ事を考えるものだ。
祐紀は養父に陽の国に連れて行ってもらい、神薙の巫女様に逢おうとしている。
それも一刻も早く。
だが養父である神一郎はなかなか帰って来ぬ。
もしや養父に何かあったかと不安になって白昼夢を見ても不思議はない。」

 その言葉を聞いて亀三は目を見開いた。
そして・・・。

 「兵衛様は、宮司様に陽の国に連れて行ってくれるよう祐紀様が頼むと?」

 「(わし)はこれでも祐紀の叔父ぞ。
それに兄・神一郎の事をよく理解してもおる。
寺社奉行の佐伯殿も何かと濁してこちらに祐紀の事を伝えてくるが、儂とて中央の高官とそれなりの(つて)はある。
いくつかの情報をつなぎ合わせると、兄と祐紀様が何を考えどう行動をするかは分かる。」

 「そう・・ですか・・。」
 「亀三、お前もだ。」
 「え?!」
 「お前、兄が何処に行ったか知っておろう。」
 「・・・。」

 亀三は一瞬言葉に詰まった。
だが表情は変えず、普通にみたら何を言っているか分からないという顔だ。
しかし・・

 「兄は陽の国に行ったのであろう?
そしてお前にここに残り祐紀様の警護でも頼んだのではないのか?」

 亀三は兵衛の目をじっと見て何も言わなかった。
だが、しばらくして首肯した。

 「さすがは兵衛様です。
伊達に神社を宮司様の代理として預かっているわけではありませんね。
恐れ入りました。」

 それを聞いて兵衛は、フン! と、鼻で笑い亀三をじっと見つめる。

 「兄が長い放浪から帰ってきて、しばらくしてからお前がこの神社に勤めたいと言ってきた。
その時、儂はお前が兄の武術の弟子だとすぐ分かったわ。
兄はとぼけていたが、儂の目はごまかせん。
まあ、兄の様子がなければお前のとぼけた態度に儂はだまされていたであろうな。」

 「なるほど・・、仲のよいご兄弟ならばですな。」
 「仲は良くない!」
 「そうですか、それはそれは・・。」

 そう言って亀三は目を細め口角を上げた。
兵衛は気まずそうに目を背けた。

 「ところで兵衛様、祐紀様の先ほどの様子でもう一つの考えられる要因とは?」
 「・・考えたくはないが、兄の・・宮司様の言霊を受け取ったのであろう。」
 「え?!」

 その時であった・・
祐紀が(まぶた)をヒクつかせ、やがて目をゆっくりと()けた。

 「ここは・・・。」

 祐紀のその言葉に兵衛と亀三は話を中断した。
そして兵衛は祐紀に答える。

 「ここは社務所だ。」

 兵衛の言葉に祐紀は、ゆっくりと瞬きを二回ほどし・・

 「養父様!!」

 そういうと同時に突然、上体を起こした。

 「落ちつけ祐紀!!」

 兵衛は祐紀の肩を押さえつけた。
いつも冷静沈着な兵衛が、祐紀に様付けをせずに怒鳴って落ち着かせるのは異例であった。

 祐紀は、兵衛に怒鳴られハッとして体の力を抜く。

 「祐紀、いったいどうしたというのだ?」
 「養父様が!・・、養父様が!」
 「落ち着け、ゆっくりと話せ!」

 祐紀は再び怒鳴られ、ビクリとした。
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