第248話 緋の国・白龍 その10

文字数 2,416文字

 バリスは宰相(さいしょう)に地龍捕獲のため城中への出勤の免除を申し出て受理された。
バリスにとって己を身を挺して守ってくれる部下がいる邸宅の方が安全であったからだ。
宰相にとっては、己が巻き込まれたくないという事から簡単に許可を出したのである。

 バリスは自分の邸宅に閉じこもり、地龍である白眉が姿を現すのを待っていた。
だが地龍がなかなか姿を現さず、少し()れていた。

 バリスは執務机の呼び鈴を鳴らす。
すぐにクロードと、テンスが執務室に現れた。

 クロードが口を開く。

 「なんで御座いましょう?」
 「市中での、地龍の同行は掴めたか?」

 「それが一向につかめておりません。
本当に地龍は城下に居るのでしょうか?」

 「宰相がそう言っておるのだ、間違いはないだろう。」
 「そうですか・・・。」

 「何度も聞くが、罠に抜かりはあるまいな?」
 「ええ、万全です。」
 「宰相から借り受けた武芸者はどうだ?」

 これにテンスが答える。

 「腕は確かなようです。」
 「そうか、宰相の用心棒であるので鵜呑みにしていたがお前より確かか?」
 「バリス様、私とあの者達では比べる土俵が異なりますよ。」

 「分かって居る。
だが聞いておきたいのだ。
暗殺ではなく正面から戦ったなら、どちらが勝つ?」

 「そうですね、真剣勝負で正面から戦って引き分け、というところでしょうか・・。」
 「そうか・・、あまり頼もしくはないのう。」
 「ですが、その腕の者を三人用意できたのですから・・。」
 「地龍を甘く見るでない、テンス。」
 「・・・・・。」

 クロウドが口を挟んできた。

 「確かに地龍なれば油断はできませぬでしょう。
ですが長年、結界に閉じ込められ弱っている地龍です。
それを宰相の武芸者3人と、私ども二人がバリス様を警護するのです。
ご安心下さい。」

 「うむ・・、そうだな。
今更、じたばたしても始まらぬしな。
で、地龍の髭を手に入れたあとの手はずはどうなっておる。」

 「船旅で二日ほど、陸路で1日半という逃走経路を安全に確保しました。
検問所の役人は賄賂で買収し、賄賂を受け取らない者は始末しております。
賄賂を受けない同僚が突然いなくなったことで、役人も身の危険を感じ言うがままです。
船も他国の船を襲い手に入れてありますので、いつでも出向可能です。」

 「そうか、で、一族の者は?」

 「我ら一族、といっても私ら以外で12人ほどですが・・・。
バリス様を国外の仮りの邸宅にてお待ちしております。」

 「そうか・・・、なら良い。」

 バリスはそう言うと目を瞑った。
そして二人に声をかける。

 「下がってよい。」
 「「御意。」」

 二人が執務室から出てしばらくすると目を開け天上を睨む。

 「なんとしても、地龍の髭はもらい受ける。
そして地龍とは後腐れが無いように始末をつけてやる。
そうせねば、子孫が狙われるであろうからのう・・。」

 そう呟き、再び目を瞑った。

 ------

 白眉はその頃、(くれ)の国にある霊山にいた。

 霊峰・白雪山(はくせつざん)
頂上は氷河で(おお)われ、中腹より上は人が踏み入れたことがない。
いや、踏み入れられないのである。
氷河は厚さ50m以上あり、夏場でも氷河の上は雪で覆われている。
クレバスが至る所にあり、それを雪が隠している。
それに気がつかず、人がクレバスの上を歩いたなら生きて帰れない。
つまり、クレバスによりこの山は人を寄せ付けないのだ。

 その山へ、人目につかない場所で白眉は龍の姿に戻りひとっ飛びしたのである。

 白雪山は霊峰と崇められており、この山に住もうという人はいない。
だが、例外があった。
一件の山小屋が、中腹に立っているのである。

 時刻は午前10時頃、その山小屋の前に白眉は人の姿になり立っていた。

 白眉が小屋の入り口で(おとな)うと、巫女装束(みこしょうぞく)の老婆が顔を出す。

 「(わし)が分かるか?」

 白眉がそう声をかけると、巫女は目を見開いた。

 「こ、これは! は、白眉様でございますか!?」
 「そうだ、分かるのだな。」

 「何をおっしゃいます!
貴方様に仕える一族は、貴方様を忘れるわけがございませぬ。
ようこそお越し下さいました。
このような小屋で御座いますが、どうぞお入り下さいまし!」

 白眉はニコリと笑い、その小屋に入った。

 この一族は白龍が人の血を飲まされ、自分を見失うすこし前に接触した一族だ。
この老婆は、それから何世代目になるかはわからない。

 では面識のない老婆は何故白眉だとわかったのか・・。
それはこの老婆が地上の眷属の能力を継いでおり、白眉が地龍である事が分かったのだ。

 白眉は囲炉裏に案内され、赤々と燃えている炭火を囲う。
そして白眉は巫女に話しかけた。

 「お前と合うのは初めてだのう・・。」
 「はい。」
 「昔、お前の先祖に天からの伝言を伝えたきりであったな。」

 「はい。我が一族にとってはたいへん光栄な事でございました。
他の一族からも羨望の目で見られましたとか。
聞けばご先祖様も80年以上・・、お目にかかれた一族がいないと言って大騒ぎをしたとか。」

 「そうであったか・・。
まぁ天界は、人にあまり介入しない事にしたからのう。」

 「何か飲まれますか・・・。
と言っても、地龍様が何を召し上がるか分からぬのですが・・。」

 「ふふふふふ、気にするでない。
それより儂は既に天界を追われたのだ。
それは知って居るか?」

 「・・・はい。」
 「怖くはないのか?」

 「白眉様から邪悪な波長を感じませぬ。
それに天界を追われたとはいえ、聖獣様です。
怖くなる理由がございません。」

 「そうか・・。
だが天界から追われた儂はもはや聖獣ではないぞ。」

 「存じております。
ですが、私達祖先は貴方様を尊敬し崇拝しております。
今が聖獣様でなかろうと、私どもにとって貴方様は聖獣様なのです。」
 
 「そうか・・、礼を申す。」
 「礼などと、恐れ多い。」
 「うむ・・。」

 「で、何か私にして欲しいことがあるのでしょうか?」
 「実はな・・・。」

 白眉は囲炉裏を囲んで巫女と話し始めた。
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