第47話 祐紀・奪衣婆に再び呼び戻される。

文字数 3,255文字

 「う・・うん・・」

 祐紀は居心地の良い枕の感触で目覚め、薄目を開けた。
しかし心地よい暖かさに、また目を(つむ)る。
このまま、もう少し・・寝て・・
?!
はっとして、一気に目が覚める。

 そして目を見開き、ここが何処か確認しようとした。
しかし、何故かピントが合わず目の前に何があるか分からない。
そのため、目を何度か(しばたたか)かせた。

 落ち着いて見ると、目の前に何かある。
あまりに近くにあるから、ピントが合わないことに気がついた。
目の焦点を近くのものに、ゆっくりと合わせる。

 すると目の前には、白い着物があった。
よくみると豊かな胸を包んだ着物のようだった。
視線をその(ふく)らみから少しずらす。
すると妖艶な女性の顔が見えた。

 ビックリして、思わず上体を起こそうとしたが、女性に額を手で押さえられた。
起き上がることができず、また頭を元の位置に戻した。

 「起きたか?」

 優しい声に思わず返事をする。

 「あ・・はい・・、貴方は?」
 「お、そうであった。」

 そういうと女性は右手の人差し指で、コツンと祐紀の(ひたい)を軽く叩いた。
その瞬間、映像が祐紀の頭の中になだれ込んできた。

 「ううう! 気持ち悪い!」
 「少しの辛抱じゃ、我慢せい・・。」

 (しばら)くすると、頭の中に流れ込んでいた画像が止る。
それと同時に自分が何者であったか思い出した。

 「どうじゃ、思い出したか?」
 「ええ・・。」
 「気持ちよかろう、母の膝枕は?」
 「母上、この歳でさすがに膝枕は・・。」
 「何を恥ずかしがる。やらせてくれねば寂しいではないか・・。」
 「母上・・。」

 帝釈天は母である奪衣婆の悲しそうな顔を見て溜息(ためいき)()いた。

 「母上、そろそろ解放してもらえませんか?」
 「何をいう。其方と触れ合うことが少ないのじゃ、よいであろう?」
 「はぁ・・、仕方ない母上ですね。」
 「うむ、そのままでおれ。」

 帝釈天は、優しい母の顔を見せる奪衣婆を見つめた。
諦めて、少しの間、このままで居ようと目を閉じた。
母の膝の柔らかさと、暖かさに気持ちが安らぐ。

 「そういえば、何時いらいでしょうね、膝枕は・・。」
 「ふふふふ、其方が7才くらいまでかのう。」
 「そうでしたか?」
 「うむ、それ以降は子供では無いと絶対にさせてはくれなんだ。」
 「・・・、まあ私も()の子ですから。」
 「私は寂しかったぞ?」

 母のその言葉を聞き帝釈天は横を向く。
恥ずかしさと嬉しさ、そしてほんの少し鬱陶(うっとう)しいと感じたからだ。

 「ところで私を天界に呼び戻した訳は?」
 「もう、その話しになるのか、もう少し・。」
 「母上、母上も仕事は暇ではないでしょう?」
 「・・・つれないのう・・。」

 帝釈天は体を起こし、奪衣婆の正面に座り直す。
座り直すとき、少し当たりを見回した。
ここはどうやら母の居間だ。
すこし子供の頃を思い出し、懐かしく感じた。
たぶん、母の臭いが記憶を呼び覚ますのだろう。
大人(おとな)になろうとも、やはり母は母だ。

 膝枕をしてもらったこともあり、すこし照れくさい。
照れ隠しをしながら母に聞く。

 「ところで、まだ、人間界に行ったことを怒っていますか?」
 「当たり前です。私に何も言わずに転生してしまうなんて!」
 「・・・。」
 「どれほど母が心配して探したことか!」

 奪衣婆は頬を膨らませ、そっぽを向く。
良い歳をして・・と、帝釈天は思う。
しかし、その反面、美貌の母が拗ねる様子は可愛いとも思ってしまう。

 とはいえ、拗ねた母の機嫌が直らねば話しが進まない。

 「はぁ・・、母上、本当に済みません。降参です。」
 「本当に反省しているのですか?」
 「はい。」
 「嘘です!」
 「・・母上。」

 このように母が拗ねてしまえば、お手上げである。
なんとか機嫌を取り戻そうと帝釈天は努力を始めた。
あの手、この手で、謝り、感謝をし、褒める。

 そして帝釈天が、ほとほと困った顔をした頃、ようやく母が許してくれた。
母も仕事をあまりサボる訳にもいかなかったのであろう。
ただ、まだ甘えたりない雰囲気がダダ漏れであった。
それを帝釈天は見てみない振りをした。

 「ところで其方(そなた)、あの世界で殿なる者にお目通りが(かな)いそうか?」
 「あ~・・・、いえ。もしかして見ていたのですか?」
 「当たり前です!」
 「まあ、その・・、正直言うと困っております。」

 その言葉を聞くと、待ってましたとばかりに奪衣婆は微笑む。

 「ふふふふふふ。」
 「母上?」
 「私が助けてあげます。」
 「?」
 「殿に会えるよう御神託を授けます。」
 「え! ちょ、ちょと待って下さい、それは不味いのでは?」
 「大丈夫です。」

 「しかし、祐紀として個人の問題に御神託など・・。」
 「既に上からの許可も取ってあります。」
 「えっ?・・、お手数をかけました。」
 「何を他人行儀な。私は其方の母ですよ!」
 「はぁ・・、有り難とうございます。」

 そう言うと奪衣婆はまた拗ね始めた。

 「なんですか、その御礼は?」
 「あ、いや・・その・・。」
 「もう! 母がどれだけ苦労して許可を取ったかわかりますか!」
 「え? はぁ・・。」
 「嬉しいなら、もっと喜んだ笑顔を母に見せなさい!」
 「・・いや、そう言われても、驚く方が大きくて・・。」
 「もう貴方という子は!」
 「いや、母上、感謝しております! この通りです!」

 帝釈天は頭を深く下げる。
感謝の気持ちを込めて。

 その様子を見て拗ねていた奪衣婆は、しばしポカンとした。
そして満面の笑みになる。

 「うん、よし、喜んでくれたなら。」
 「ありがとうございます。」

 帝釈天は顔を上げ、奪衣婆の顔をみると微笑んだ。
そして二人して、照れ笑いをする。

 「それで母上、御神託とは?」
 「教えません。」
 「え?」
 「すこし()らしてから教えます。」
 「・・・母上、私で遊ぶのは・・、その・・。」
 「まだ、足りません。」
 「母上・・・。」
 「あ、それと、あちらに戻れば帝釈天の記憶と能力は封印します。」
 「またですか・・。」
 「当たり前です。市が解脱するのにズルをさせません。」
 「あ、バレてました?」
 「誰の母だと思っているのですか!」
 「・・・分かりました、では戻りますね。」
 「もう、戻るのですか?」
 「母上、後ろを見てから言って下さい。」

 母は後ろを見た。
母の側に仕える者が、困った顔をして先ほどからジッと待っている。

 「申し訳御座いません、奪衣婆様、あの、そろそろ・・。」
 「はぁ・・仕方ありませんね、今、いきます。」
 「だめです、今、ご一緒に。」
 「いや、直ぐに行きますから。」
 「だめです。」

 「そんな、せっかく息子が来ているのですよ?」
 「またの機会にして下さいませ。」
 「ケチ!」
 「いかように仰って下さって結構ですよ。」
 「・・・。」

 側仕え(そばつかえ)の言葉に負けて、奪衣婆(だつえば)帝釈天(たいしゃくてん)の方を向いた・・が・・。
帝釈天はもう居なかった。

 「あ! 逃げた!」

 奪衣婆は、そう言って一瞬怒ったが、直ぐに笑顔になる。

 「まったくあの子は・・仕方ないか・・。」

 そう言うと奪衣婆は印を結んで、何やら呟いた。
そして、立ち上がりながらボソリと呟いた。

 「帝釈天としての記憶と能力は使えなくしました。
 頼みましたよ(いち)を・・。」

 奪衣婆は(きびす)を返すと、溜息(ためいき)()きながら仕事に戻っていった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み