第113話 牛頭馬頭とは?・・ 2

文字数 2,545文字

 帝釈天(たいしゃくてん)阿修羅(あしゅら)は声をかけた。 

 「おい、なんでお前が俺の家にいる?」
 「静養が必要だと言われたからな。」
 「自分の家で静養しろ。」
 「いや、ここの方が落ち着くからな。」

 この言葉を聞いた阿修羅は目を細めた。
だが動揺や、怒った様子がない。
まるでこうなることを見越していたかのようだ。

 「で、静養中のお前が何を飲んでいる?」
 「ん? 酒だけど?」
 「・・・」

 「お前も飲むか?」
 「・・・その前に、その酒はどこにあった?」
 「ん? そこにあった酒だ。」

 帝釈天は酒瓶(さけびん)が飾ってある棚ではなく、何故か本棚を差す。

 「そこって・・、本で隠されていたはずだが?」
 「ああ、お前は変な趣味があるな。
 酒を本棚に置くなんてさ。」

 「普通、人の家に上がり込んで隠してある酒を飲むか?」
 「ん?
 良い酒だから隠したんだろう? 飲まれないように。
 で、美味い酒だから飲みたくなるだろう、普通?
 だから飲んでいる。」

 「お前、普通は酒を探したり、その酒を飲んだりしないだろう?」
 「そうか? まあ酒の隠し方がへたなお前が悪い。」
 「・・・。」

 「まあ、入れよ。」
 「・・・。」

 阿修羅は帝釈天の言葉にうんざりした顔をする。
だが、リビングに入ろうとはしなかった。

 「遠慮するな、入ってきてお前も飲めよ。」
 「俺の酒だ、お前に勧められる謂われはない。」
 「そうか? お前の者は俺の物、俺の物は俺の物だと思っているが。」

 「お前なぁ・・、まあいい、体調は?」
 「うん? 大丈夫かな。 静養しろと言われてはいるがな。」
 「静養中に酒なんか飲んでいいとでも思っているのか?
 しかも、解毒を先ほど施したばかりであろう?」

 「ああ、だから酒でさらに解毒をしているだろう?」

 そう帝釈天が言った時だ。
阿修羅の後ろから若い女性の声がした。

 「ほんにお前は・・・。」

 その声を聞いて帝釈天は飛び上がった。

 「げっ! 母上!」
 「何が母上じゃ、この大馬鹿者!」

 そういうと母である奪衣婆(だつえば)が、阿修羅の後ろから姿を現した。
帝釈天は驚きのあまり、ソファーから転がり落ちる。
そして後頭部を床にぶつけた。

 ゴン!

 「痛ててててて・・・。」

 その様子を奪衣婆は、ただただ(あき)れた様子で見る。
阿修羅はというと、顔色一つ変えずにいた。
いや、少し冷笑を浮かべているようだ。

 奪衣婆は、床にへたりこんでいる帝釈天の側に行き腰を落とした。
帝釈天はあわてて正座をする。
奪衣婆は綺麗(きれい)な姿勢で正座し、帝釈天と目を合わせた。

 「母がここに来たわけは分かりますね?」

 帝釈天は、その言葉を聞いて目が泳ぐ。
だが、やがて目を母に向け、深々と頭を下げた。

 「ご心配をかけ申し訳ありません。」
 「其方(そなた)、本当にそう思っておるのか?」

 帝釈天は無言のまま、頭を下げ続ける。

 「母の気持ちを分かれとはいわん。
 だがな・・。
 お前を心配している者がおる。
 お前がよくても周りはそうではない。
 周りに心配をかけるでない。
 それを忘れるな。
 よいか。」

 「はい・・・。」
 「ほんにお前は・・。」

 そう言った言葉は震えていた。
やがて床に音も無く(しずく)が落ちた。
一つ・・二つ・・・。
帝釈天は目の前に落ちてくる滴をじっと見つめる。
何も言えなかった。

 「無事でよかった。」

 そう言って奪衣婆は震える声とともに帝釈天を抱いた。
帝釈天は柔らかな母の感触と、懐かしい臭いに包まれる。
言葉が出ない・・・。

 しばらく奪衣婆は無言で帝釈天を抱いていた。
やがて(おもむろ)に帝釈天への抱擁をとく。
それと同時に母が涙を(ぬぐ)う気配がする。

 奪衣婆は震えが収まりつつある声で帝釈天に声をかける。

 「お前の無事を確かめてホッとした。
 では、私は帰る。」

 その言葉に帝釈天は思わず顔を上げ母を見た。

 「母上・・・。」

 奪衣婆は優しい目で帝釈天を見つめていた。
帝釈天が何か言おうと口を動かそうとしたとき・・

 「あまり無茶はするでないぞ?
 母との約束より、其方(そなた)が無事なのが一番じゃ。
 よいな?」

 「・・・はい。」

 帝釈天の返事を聞くと、奪衣婆はゆっくりと(きびす)を返し部屋を出て行った。

 阿修羅はしばらく何も言わなかった。
帝釈天が正座したまま微動だにしない様子を見て溜息を一つ吐く。
そして帝釈天に聞こえるか、聞こえないかの声で呟く。

 「充分に反省したようだな・・。」

 帝釈天はノロノロと立ち上がり、そしてソファーにドカリと腰をおろす。
そして阿修羅にゆっくりと顔を向け・・

 「ああ、充分に反省したさ・・。」
 「よし、なら毒の件は許そう。」
 「なあ、すこしお仕置きがきつくないか?」
 「いや、お前には丁度いいくらいだ。」
 「・・・・。」

 阿修羅は帝釈天の向かいのソファーに腰掛ける。
そして顔つきを変えた。
仕事をする時の顔だ。
帝釈天はそれを見て姿勢を正す。

 「仕事の話しだ。
 体調は大丈夫か?」

 「ああ、だが酒は飲ませろ。」
 「・・・まぁ、いいだろう。」
 「お前も付き合うか?」
 「俺の酒なんだが・・。」
 「そうだな、で、飲むのか?」
 「・・・飲むにきまっているだろう。
 高い酒なんだぞ、それ。
 それをクイクイと空けやがって!
 俺でさえあまり飲んでいないというのに。」

 「まあ、そうけち臭いことを言うな。」
 「この!・」

 阿修羅が怒鳴ろうとしたとき、帝釈天は小さい声で呟いた。

 「母には怒鳴られた方が気が楽だったのに・・。」

 阿修羅はその言葉を聞いて、怒りを収めた。
そして溜息を一つ吐く。
(うつむ)き加減の帝釈天を見て、声をかけた。

 「・・・身にしみたか?」
 「・・・。」

 帝釈天は阿修羅の前に置いたコップに無言で酒を注いだ。
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