第70話 祐紀・殿と老中への説得 6

文字数 3,090文字

 沈黙のなか、祐紀が荒い息をしながら殿に話しかける。

 「殿様・・、堀田様は神の怒りにふれてしまいました。」
 「う・・、む。」
 「残念です。」
 「そう・・じゃな、彼奴は優秀な奴だった。惜しい臣下を失ってしまった。」

 殿はそういうと一度目を瞑った。
暫く瞑目すると、ゆっくりと目を開き、祐紀をじっと見つめた。

 「のう・・祐紀よ。」
 「なんで御座いましょう?」
 「先ほどの地龍は一体なんなのだ?」
 「あれは地龍が結界に閉じ込められる前の様子です。」
 「?」
 「私は神様に地龍が存在する事を示すようお願いをしたのです。」
 「・・・。」
 「幸いにも神様は応えて下さりました。」
 「そうか・・、大義であった。」
 「いいえ、神様の御心のままでございます。」

 殿はまた瞑目する。
家臣である堀田を失ったのが(こた)えたようだ。
顔に苦渋の色が見える。

 そして家老達は、もう祐紀の言葉に反論する気力もない。
地龍を見せられ、堀田に天罰が下るのを目の前にしたのだ。
祐紀の言を信じざるを得ない。

 土岐(とき)が殿の疲れた様子を見て進言をする。

 「殿、今日はこれにてお止め下され。」
 「いや・・、地龍の件は片付けよう。」
 「・・・御意。」

 土岐は殿の意向を汲み続けることを渋々了承した。
そして廊下で倒れている堀田の亡骸を横目で見て殿にお伺いを立てる。

 「殿、続ける前に堀田殿を家族に帰そうかと思いまするが?」
 「うむ、そうじゃな、そうせい。」
 「では、人を呼んで参りまする。」

 そういうと土岐は立ち上がり、控えの間に消えた。
暫くすると数人を従えて戻って来た。

 「こ、これは!」
 「ええい、狼狽(うろた)えるでない!」
 「はっ!」
 「堀田殿を屋敷まで送り届けよ。」
 「ははっ!」
 「そして堀田家には、後日、詳細を知らせると申せ。」
 「御意。」

 そういうと連れてこられた者達は、堀田の亡骸を運び出した。
土岐は自分の席に戻った。

 殿は疲れた顔で祐紀に話しかける。

 「先ほど見せられた地龍は、本当にあのような姿で、あのような事をしたのか?」

 祐紀は荒い息をなんとか治めようとしたが収まらない。
脂汗が(あご)を伝い、ポツリと畳に落ちる。
なんとか答えようとするが、口がぱくぱくするだけだった。
やがて片手を前について、上半身を支える。
その様子を見て、殿は心配そうに祐紀を見て声をかけた。

 「慌てずともよい、ゆっくりと答えよ。」

 祐紀はゆっくりと深呼吸をし、片手を突いた姿勢で答える。

 「す・・済みませぬが、この姿勢でよろしいでしょうか?」
 「うむ、構わぬ。」
 「あ・・ありがとう・・ございます。」
 
 祐紀は、片手をついた上体で暫し、呼吸を整えるのに専念する。
四半刻ほど(30分ほど)して、やっと呼吸が落ち着いてきた。
しかし、片手をつかないと、どうしても倒れそうになる。
仕方なく、そのままの姿勢で殿に話し始めた。

 「先ほどの地龍は、神々が天界から地龍を見ていた姿です。」
 「神が見た姿じゃと?」
 「はい。」
 「そうか・・、怖ろしいのう、地龍は。」
 「はい。」

 殿は改めて地龍の怖ろしさを確認するかのように深く息を吐いた。
そして昔、殿が調べた伝記に、地龍は天からの使いとあったことを思い出す。

 「祐紀よ、地龍は天の使いであったと伝記にあるが?」
 「はい、そのようです。」
 「理由はどうこうあれ、天の使いであった地龍を閉じ込め続けてよいのか?」
 「先日、私も疑問に思い、神様にお伺いを立てました。」
 「なんと・・、神は祐紀の問いかけに応えてくれるものなのか?」
 「いえ、神は人の問いに応えてくれるものでは有りません。」
 「?」
 「人の(ことわり)と違う世界の方々です。」
 「ならば、今回は応えてくれたということか?」
 「はい。神様が必要と思って下さったからかと思います。」
 「そうであったか・・。」
 「はい。」

 「腰を折ってすまなんだ。で、地龍を閉じ込めて問題はないのか?」
 「はい。」
 「そうか、ならばよい。」

 殿は祐紀の回答にすこし考えて、それから祐紀にまた質問をした。

 「のう祐紀よ・・。」
 「はい。」
 「神様に地龍を退治するなり、天に返し地上に戻さないようにお願いできぬか?」
 「できません。」
 「・・・なぜじゃ?」
 「地龍をあのように人を襲うようにしてしまったのは人です。」
 「・・・。」
 「しかも、人により汚され、地龍は神の使いではいられなくなってしまったのです。」
 「う・・む・・」
 「人の愚かな行いが全てを招いてたのです。」
 「・・・。」

 殿はその話しを聞いて複雑な顔をする。
その様子を見ながら祐紀は話しを続けた。

 「神は地龍を哀れみこそすれ、汚れた地龍を天界に入れることはできませぬ。」
 「む・・。」
 「人により汚された地龍と、地龍を汚した子孫に神は不介入を決めたのです。」
 「どういう意味じゃ?」
 「地龍が人をどうしようが、人が地龍をどうしようが自然の摂理の一部と見なしたのです。」
 「な、なんじゃと!」

 殿は神から見放されたと解釈したようだ。
地龍は元々、神の使いであった。
それを汚されたからと言って、人にどうしようもない生き物を放置するのかと・・。

 「神は、神は人が地龍を成敗できないと知っているのであろう?」
 「はい。」
 「そ、それは、あまりに無責任ではないか!」
 「無責任でしょうか?」
 「?!」

 「人は動物を食べるため殺します。 そうしないと生きていけません。」
 「・・・。」
 「では地龍が人を襲うのはどうでしょう?」
 「いや、まて、祐紀よ、地龍は人を食べないのではないのか?」
 「はい。」
 「では可笑しいではないか、その考えは?」
 「いえ、今の地龍は怨念で動いております。」
 「?」
 「怨念を晴らさないと、精神的な空腹が満たされないのです。」
 「!」
 「ですから、そう言う意味での地龍は捕食者なのです。」

 殿は押し黙った。
間をおいて、ボソリと独り言を呟いた。

 「・・・ご先祖様は、大変な罪を犯したのだな。」

 その独り言に誰も答えることはできなかった。

 やがて、殿は老中を見回した。
老中は姿勢を正した。

 「その方等(ほうら)姫御子(ひめみこ)様を呼ぶ件と、祐紀を()の国に向わせること、どう考える。」

 土岐は殿の問いかけに肯く(うなずく)と、他の家老を見て自分の意見を言う。

 「儂は、祐紀を陽の国に向わせることは苦渋の判断であるが認めよう・・。」
その言葉に他の家老達は、互いの顔を見る。
そして土岐の意見に賛成した。
その様子を見て殿は頷いた。

 殿は祐紀と佐伯(さえき)の顔を順に見たあと、祐紀に声をかける。

 「祐紀、姫御子様と、其方の陽の国への件、許す。」
 「ありがとうございます。」
 「して、佐伯。」
 「はい。」
 「この件、すべてお前に任すがよいか?」
 「御意。」

 それを聞いて祐紀はホッとした。
ホッとしたとき、視線がぐらつく。
そう感じたと思ったら意識を失った。
片手をついた姿勢から横倒しになる。

 佐伯や家老らが、慌てふためいたのは言うまでも無い。
いずれにせよ、祐紀が思ったように事は動くこととなった。
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