第136話 結界から抜け出した龍

文字数 2,771文字

 佐伯(さえき)は落雷が続く城下町を、冷静に観察し続けた。

 城下では落雷による火災が発生している場所が数カ所ある。
だが長雨が続いていて家屋が湿っていた事、そして今も雨が続いているのが幸いしていた。
火災はそれほど勢いはなく、延焼をするほどでは無さそうに見える。
消火活動さえすれば、大災害とはならないだろう。

 心配なのは町民達が消火活動をできるかどうかだ。
落雷を恐れ消化活動をしないと問題だ。

 その落雷だが、数が多いとは言え同じ場所に何度も落ちているわけではない。
場所を変えて落ちており、一度落ちた場所の周辺に落ちる様子はない。
また、落雷は高い建物や高い木に落ちているようにみえる。
これなら高い場所にいない限り、落雷することはないであろう。
ならば、注意して消火活動すれば問題はないように見える。
それに民が気がつくかどうかが問題だ。

 そう思い佐伯は火災が発生しているある場所を注意深く見た。
するとタイミングよく稲光が火災現場付近を照らす。
その周辺の道には多くの人影があった。
どうやら落雷を怖れ家に引きこもっているわけではなそうだ。
なにやら慌ただしく動いているようすから、消火活動をしていると判断した。
これなら火災も直ぐに鎮火するだろう。
佐伯は安堵した。

 それと同時に、佐伯は山を下りる決心をする。
それは水害の様子が把握でき、これ以上深刻になることはないと判断したからだ。

 確かに水害はそれなりに大きかった。
堤防は決壊し洪水が田畑と一部の村を襲った。
だが川に流れている水の勢いも少しずつ収まりつつある今、水害はほぼ想定内に収まりそうである。
川の上流で雨が収まってきているのであろう。
それさえ確認できれば、ここに居る必要は無い。

 今心配するのは、水害が想定されておらず安全だと思っていた城下である。
直ぐにでも異常な落雷により被害が発生している城下に戻り対策すべきだ。
そう考えたのだ。

 ただ山を下りるとき、自分達への落雷の心配がある。
部下達を危険な目にさらすわけにはいかない。
しかし、先ほどから現在いる山での落雷は鳴りをひそめている。
先ほどの身近でおきた落雷が嘘のようだ。
今なら、山の中を歩いても問題はなさそうに思えた。

 あとは山を下りてから城下へと続く道の安全だ。
確かに、城下での落雷は頻繁に発生しており城下に向かい歩くのは危険そうに見える。
だが、ここから見ている限り道に落ちる落雷は一つもない。
道に面した家に希に落雷するだけで、道に落ちることはなかった。

 ならば早く山を下りて町奉行所と協力して災害状況を把握後、城にいる老中達に報告して今後の対策を練るべきだ。

 そう思い佐伯は山を下りる前に何か危険を見落としていないか、もう一度城下を見回す。
問題はなさそうだ。
次に城下から外れた地龍を閉じ込めたといわれる閻魔(えんま)堂があった場所を見る。
暫くそこを見ていたが変化は無い。
もう地龍が出ることはないだろう。
祐紀(ゆうき)御神託(ごしんたく)が外れたのだ。
佐伯は安堵し天を仰ぐ。
陣笠で防がれていた雨粒が顔にあたり、地龍への警戒心が冷たい雨に流されていく。

 佐伯はゆっくりと、視線を地上に戻した。

 だが視線を戻した佐伯は、目を(しばたた)かせた。
閻魔堂のあった辺りの水面が、ほの暗く光っていたからだ。

 「ん? 稲光の残像か?」

 そう思い目を(つむ)る。
だが残像らしきものは見えない。
再び目を開いてみたが、その光は存在した。
なんども目を(しばたた)かせる。
だが、やはり光は消えることはなかった。

 「なんじゃ、あの光は?」

 そう言って佐伯は、ほの暗い光をじっと見つめた。
ほの暗い光はやがて天に向け柱が地上から生えてくるかのように徐々に伸び始める。
そしてある程度の長さまで伸びると、その光は成長するのを止めた。

 やがてそれは朧気(おぼろげ)な光を発しながら、くねりと揺れ始める。
しばらくユックリと

続けた後、その揺れが突然止まった。
止まると同時に、その光の柱は地上から離れ始める。
やがてその光の柱はまた微妙に揺れはじめ天を目指す。

 その光の柱に突然雷が当たり轟音を響かせるとともに、強烈な光が辺り一面を真っ白に染めた。
おもわず佐伯は片腕で目を隠し目を瞑った。

 佐伯は目をユックリと開く。
すると光の柱があったところに龍がおり天を目指している。
そう、あの光の柱が龍に変身したのだ。

 「地龍!!!」

 佐伯は思わず大声で叫んだ。
部下達はというと、地龍の姿を見て恐怖で固まっていた。

 多数の稲光が光る中、地龍はゆっくと天に向かう。
やがて漆黒の渦巻く雲の中心付近に辿り着いた。
すると水平に向きを変え、ゆっくりと円を描くかのように周りはじめた。
まるで地上を観察しているかのようだ。

 遠くにいる地龍だが、なぜかはっきりと見える。
巨大なせいもあるが、それだけではないように思えた。

 地龍はうねりながら雲の中に入ったり出たりしながら浮遊する。
地龍の発する光は、決して眩しい光ではない。
だが、真っ暗な闇の中で暗黒の雲から現れては消える龍は眩く(まばゆく)見えた。

 地龍が空中を彷徨う(さまよう)様は、神々(こうごう)しくもあり、禍々(まがまが)しくもあった。

 佐伯は地龍を仰ぎ見ながら、これからのことを考える。
遠くからでも、あの大きさだ。
こんな地龍を人が相手になどできるのだろうか?
だが、(あがら)わねば人は滅ぼされる。

 佐伯は地龍について調べた古文書の記述が頭にちらついた。
それは龍の鱗は固く、槍や刀などでは傷をつけることはできないという記述だ。
佐伯はその記述を否定したくなった。
古い時代に書かれたもので、刀は進化している。
もしかしたら現代の槍や刀で対処できるのではないか?
そう思おうとした。

 だが、すぐに佐伯は首を左右に振った。
儂が冷静さを欠いてどうする・・。
刀など昔も今も切れ味など、そう変わるまい。
おそらく鉄砲でも通用しないだろう。
ならば後は大砲か。
だがあのように動くものなど標的になどできん。
ましてや空中を飛び回るのだ。
そんな龍をどうしろというのだ。
だが敵わないからといって何もしないで滅ぼされるわけにはいかない。

 祐紀には地龍が出たときに考えればよいような事を考えるなと言った自分が笑える。
実際に地龍が出てしまった今、自分達に何ができるというのだ。
あのようなものを見てしまった今、自分の力、いや人の力の無さを思い知らされる。
佐伯は乾いた笑いを漏らした。
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