第152話 小泉神官の来訪 その4

文字数 2,018文字

  神薙(かんなぎ)巫女(みこ)が出て行ったドアを、小泉神官は(にら)み続けた。
やがて視線を正面に戻した時である・・・。
そこに助左がいた。
神薙の巫女の座っていたソファーの後ろで立ったままの状態である。

 どうやら神薙の巫女について出て行きそびれたようだ。
オロオロとしている。

 こいつめ、儂と神薙の巫女のやり取りに震えておったのか?
こんな奴が神薙の巫女の護衛とはな、笑わせてくれる。
それにしても神薙の巫女と一緒に部屋を出るということに気が回らないとはな。
なんて愚鈍でバカな奴だ。
こやつを教会に置いておく神父も知れたもんだな。
こんな神父が儂の派閥とは・・。

 それにしても早く部屋を出ていかんか! と、冷徹な目で助左を小泉神官は見ていた。
だが助左はいつまで経っても閉まったドアをただオロオロしながら見ているだけだった。

 小泉神官はしびれを切らせた。

 「出て行かんか、この馬鹿が!!」

 その大声に、助左は ビクン! とした。
その様子はまるでヘビに睨まれた蛙が我に返ったようだ。
すると突然声を上げた。

 「み、巫女さま! お、置いていかないでくんろ!!」

 助左はそう叫ぶと同時に、ドアに向け一目散に走り出した。
だが、その直後助左に悲劇が襲った。

    ゴン!

 ドアに顔から突っ込んだのだ。
足を滑らせて。

 「痛ってぇ!! な、なんて固いんだ! 酷い奴だ()()()さんは!!」

 そう言って助左はドアを思いっきり蹴とばす。

   ガン!

 それと同時に助左の悲鳴があがった。

 「ぎゃああぁ! 痛ってぇ!!」

 助左は蹴った右足を抱えて座り込み、涙目でドアに怒鳴る。

 「こんのバカぁ! 人間様に向かってなんてことすんだぁ!!」

 こんなやりとりをドアとする助左に小泉神官はあきれた。
尚且つ、いつまで立っても部屋を出ていかない助左に腹をたてた。

 「出て行け! 今すぐだ!!」
 「ひぃ~っ! す、すんませんですだ!!」

 「敬語を使わんか、バカもの!」
 「ひぇぃ!! すんませんですだです! あ、あれぇ?! すまんこっちゃとだです!!」

 そう叫びながら助左は涙目でドアを勢いよく開け、飛び出していった。

 「ふん、田舎者が!」

 小泉神官はそう毒づく。
そして・・。

 「・・・あの阿呆、ドアを開けっ放しで行きやがった!」

 しかたなくドアを閉めに立とうとしたとき、神父が静かに部屋に入ってきてドアを閉めた。

 「何事ですか、小泉神官?」
 「それは儂が言いたいわ!!」
 「?」
 「なんなんだ、いったい彼奴(あいつ)は!」
 「・・・?」
 「ドアと一人で喧嘩して負けておったわ!」
 「はぁ?」

 神父がなんともいえない顔をしたことに小泉神官は気がついた。

 「ゴホン!」

 「助左が何か失礼でも?」
 「あ、いや・・神薙の巫女について出るのを忘れただけだ。」
 「?」
 「そして足を滑らせ顔をドアにぶつけ、それをドアのせいにした。」
 「・・・。」
 「で、その腹いせにドアを蹴って足をいため、またドアを(ののし)った。」
 「・・・助左・・まったく何をしている・・。」
 「神父、彼奴は大丈夫なのか?」

 その言葉に神父は失笑した。
そして小泉神官はというと助左がまったく役に立たない()()()()であると思い込んだのだった。

 神父は小泉神官の話を聞きあることを考えていた・・・。
敵を欺く(あざむく)ためとはいえ、そこまでするとは思っていなかった。
そして思う。
助左の噂には、そういえばもう一つ渾名(あだな)があったな、と・・・。
確か「知の悪魔」。
神父は遠い目をした。


 ------

 小泉神官のいた神父の部屋を出た神薙の巫女は、徐々に早足となり建物の外に飛び出した。
そして人目につかぬ場所まで来ると、そこでしゃがみ込む。
肩が小刻みに震えていた。
やがて自分の肩を両手で抱きしめ(うずくま)った。

 しばらくして助左が神薙の巫女を見つけ近づいてきた。
そして神薙の巫女の後ろに(たたず)み、そっと声をかける。

 「立派でしたよ。」
 「・・・いぇ、立派などと・・。」

 消え入るような震える声で神薙の巫女は答える。
助左はそっと後ろから神薙の巫女の震える左肩に手を優しくのせた。

 「一度怖い思いをした相手に対峙(たいじ)するのは勇気がいります。立派でしたよ。」
 「立派などと・・い、今、わ、私は、震えています・・。」

 その答えに助左は優しい声で答える。

 「今は震えていてよいのです。
泣いても、(わめ)いてもいいんです。
ただ覚えておいて下さい。
この経験が貴方を強くするのです。
けっして怖がったり泣いたりした自分を恥ずかしがってはいけません。
恐怖に毅然と(あがら)らった自分に誇りを持ちなさい。
いいですね?」

 「・・・・はぃ・・。」

 助左はその返事を聞くと、神薙の巫女の震える肩を優しく何度か叩いてその場を立ち去った。
今は一人にしておこう。
ここなら一人で泣いても叫んでも気づく者はいないだろう。
それにこの場所なら一人でいても危険はなさそうだ。

 神薙の巫女から離れながら、助左はある予感がしていた。
小泉神官が近いうちに何か仕掛けてくる、と・・・。
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