第169話 それぞれの思い・最高司祭 その5
文字数 1,997文字
道場の束脩 (入門料)など道場通いの費用は要らないという師範代の言葉に、神一郎 は困惑する。
「そういう訳には・・・」
「ごちゃごちゃ言うな!儂 が良いといっておるのだ!」
「は、はぁ・・、有り難う御座います。」
「お前は道場に通えるのであろうな?」
「え、えぇ、まぁ、武者修行の期限は特にないのですが・・。」
「が?・・」
「あの・・・。」
「なんじゃ?」
「私が師匠と同じ実力になるのに、いかほどの修行が必要で御座いましょう。」
「そうじゃな・・、まあ3年もあれば大丈夫じゃろ。」
「さ、三年! そ、それは、さ ん ね ん です!」
「ん?さ ん ね ん です?」
「あ、間違えました、残念です!」
師範代を含め門弟 達がガクリ、と、肩を落とした。
「あの、数ヶ月なら路銀 で足りるのですが・・。」
「数ヶ月では無理じゃな。天才だとしても1年は必要であろう・・。」
「やはりそうですよね・・、それならば・・また時期をあらためて参ります。」
神一郎は、路銀の都合から弟子入りをあきらめたのだ。
家出し不法入国をしてここにて来ている身だ。
一度戻ってまたこの国に来るなど、そうできるものではない。
それに父から道場通いの費用と留学費用など頼めるわけがない。
またの機会などあるはずがないのだ。
師範代は非情に残念そうな顔をした。
叢雲 は神一郎が弟子入りを諦めると聞き、思わず師範代に声をかけてしまった。
「師範代! 神一郎は私のところで預かります。」
「叢雲か・・」
「教会なら神に仕える者として、宿泊、食事は無料で滞在できます。
まぁ、そのかわり掃除など、雑用と礼拝は義務づけられますが・・。」
「そうか・・、確かに宮司の息子なら居候させてもらえそうだな・・。
ならば神一郎よ、そうさせてもらえ。
道場に通 えば要人警護などの小遣い稼ぎも偶 に舞い込むし何とかなろう。」
こうして神一郎は、叢雲の教会で預かることとなった。
叢雲は神一郎の素性を隠すわけにもいかず、素直に最高司祭である父に全てを話した。
不法入国して来た者を相談無しに勝手に引き受けた事を、父から延々と長い説教があった。
それは今でこそ良い思い出だが、かなり後悔をした事であった。
そして神一郎は一年、道場で修行をした。
そう・・たった一年だ。
それで師範代より強くなってしまったのだ。
師範代は叢雲 に一度だけボヤいた事があった。
彼奴 は天才だ、と。
そして頭もよく切れるとも。
できれば、この国にいて欲しい人材だ言って残念がった。
言い忘れたが神一郎が教会に住むようになり、叢雲と神一郎が竹馬の友のように仲良くなっあのは言うまでも無い。
そして、叢雲は一歳年上の神一郎を師と呼ぶようになった。
神一郎は道場にいたことでこの国の要人とも接点を持った。
警護の者として重宝されたのだ。
やがて要人らは神一郎と親しくなり、政治、経済の情勢などを彼と語るようになる。
神一郎はというと、要人と話すうちに政治、経済面の教養を身につけてしまったようだ。
それも要人からアドバイスをお願いされる程に。
ある日、要人が道場に押しかけてきた。
神一郎を自分に寄越せと道場主に掛け合いにきたのだ。
道場主らは、初めて要人らの相談役になっていた事をこれで知ったのだ。
だが、神一郎は陰の国の者だ。
そのことを要人らは知らなかったのだ。
道場にいるので無条件に信頼をしていたようで、師範代も呆れていた。
この件で道場主と師範代は頭を抱えた。
この国の政治経済の裏事情をそうとは知らず他国の者に話してしまったのだ。
神一郎はただでは済まない。
とはいえ神一郎は知り得たこの国の情報を、自国の者に話す気は全くないようだった。
一番簡単な解決手段は、神一郎が陽の国の者になる事であった。
師範代も、道場主も、叢雲の父もそれを望 んだ。
だが、神一郎は政治、経済や権威、お金などにまったく興味がなかった。
そして武芸を極めるのも、単に己がどの程度の武芸を身につけられるかという事だけであったのだ。
道場主らは、結局は要人に異国人であることを話さずに断りを入れたのである。
まだ免許皆伝もしてない身であることを理由に。
だが神一郎は免許皆伝を言い渡されたとたん、免状を辞退し道場をとっとと出て武者修行に出てしまった。
道場主らは、神一郎が道場を出る時に止めたが諦めたようだ。
ただ、武者修行中は出自をごまかし偽名を使うということを条件に。
そして武者修行に出た神一郎は、やがて自分以上に強い者がこの国にいないとわかると武芸に興味を無くしてしまった。
そして神一郎は、いちど道場に戻ってきた。
自分の国に帰ると、別れを言いに来たのだ。
そして引き留める間もなく国に帰り、一神社のしがない宮司としての生活に戻ってしまう。
それから彼と叢雲は会うことは無かった。
ただ、手紙でのやり取りはいまだに続いている。
そう、これが神一郎との若かりし時の叢雲の思い出である。
「そういう訳には・・・」
「ごちゃごちゃ言うな!
「は、はぁ・・、有り難う御座います。」
「お前は道場に通えるのであろうな?」
「え、えぇ、まぁ、武者修行の期限は特にないのですが・・。」
「が?・・」
「あの・・・。」
「なんじゃ?」
「私が師匠と同じ実力になるのに、いかほどの修行が必要で御座いましょう。」
「そうじゃな・・、まあ3年もあれば大丈夫じゃろ。」
「さ、三年! そ、それは、
「ん?
「あ、間違えました、残念です!」
師範代を含め
「あの、数ヶ月なら
「数ヶ月では無理じゃな。天才だとしても1年は必要であろう・・。」
「やはりそうですよね・・、それならば・・また時期をあらためて参ります。」
神一郎は、路銀の都合から弟子入りをあきらめたのだ。
家出し不法入国をしてここにて来ている身だ。
一度戻ってまたこの国に来るなど、そうできるものではない。
それに父から道場通いの費用と留学費用など頼めるわけがない。
またの機会などあるはずがないのだ。
師範代は非情に残念そうな顔をした。
「師範代! 神一郎は私のところで預かります。」
「叢雲か・・」
「教会なら神に仕える者として、宿泊、食事は無料で滞在できます。
まぁ、そのかわり掃除など、雑用と礼拝は義務づけられますが・・。」
「そうか・・、確かに宮司の息子なら居候させてもらえそうだな・・。
ならば神一郎よ、そうさせてもらえ。
道場に
こうして神一郎は、叢雲の教会で預かることとなった。
叢雲は神一郎の素性を隠すわけにもいかず、素直に最高司祭である父に全てを話した。
不法入国して来た者を相談無しに勝手に引き受けた事を、父から延々と長い説教があった。
それは今でこそ良い思い出だが、かなり後悔をした事であった。
そして神一郎は一年、道場で修行をした。
そう・・たった一年だ。
それで師範代より強くなってしまったのだ。
師範代は
そして頭もよく切れるとも。
できれば、この国にいて欲しい人材だ言って残念がった。
言い忘れたが神一郎が教会に住むようになり、叢雲と神一郎が竹馬の友のように仲良くなっあのは言うまでも無い。
そして、叢雲は一歳年上の神一郎を師と呼ぶようになった。
神一郎は道場にいたことでこの国の要人とも接点を持った。
警護の者として重宝されたのだ。
やがて要人らは神一郎と親しくなり、政治、経済の情勢などを彼と語るようになる。
神一郎はというと、要人と話すうちに政治、経済面の教養を身につけてしまったようだ。
それも要人からアドバイスをお願いされる程に。
ある日、要人が道場に押しかけてきた。
神一郎を自分に寄越せと道場主に掛け合いにきたのだ。
道場主らは、初めて要人らの相談役になっていた事をこれで知ったのだ。
だが、神一郎は陰の国の者だ。
そのことを要人らは知らなかったのだ。
道場にいるので無条件に信頼をしていたようで、師範代も呆れていた。
この件で道場主と師範代は頭を抱えた。
この国の政治経済の裏事情をそうとは知らず他国の者に話してしまったのだ。
神一郎はただでは済まない。
とはいえ神一郎は知り得たこの国の情報を、自国の者に話す気は全くないようだった。
一番簡単な解決手段は、神一郎が陽の国の者になる事であった。
師範代も、道場主も、叢雲の父もそれを
だが、神一郎は政治、経済や権威、お金などにまったく興味がなかった。
そして武芸を極めるのも、単に己がどの程度の武芸を身につけられるかという事だけであったのだ。
道場主らは、結局は要人に異国人であることを話さずに断りを入れたのである。
まだ免許皆伝もしてない身であることを理由に。
だが神一郎は免許皆伝を言い渡されたとたん、免状を辞退し道場をとっとと出て武者修行に出てしまった。
道場主らは、神一郎が道場を出る時に止めたが諦めたようだ。
ただ、武者修行中は出自をごまかし偽名を使うということを条件に。
そして武者修行に出た神一郎は、やがて自分以上に強い者がこの国にいないとわかると武芸に興味を無くしてしまった。
そして神一郎は、いちど道場に戻ってきた。
自分の国に帰ると、別れを言いに来たのだ。
そして引き留める間もなく国に帰り、一神社のしがない宮司としての生活に戻ってしまう。
それから彼と叢雲は会うことは無かった。
ただ、手紙でのやり取りはいまだに続いている。
そう、これが神一郎との若かりし時の叢雲の思い出である。